君のための、何もかも~Another Side~

傍らで眠る、己の半身。
今宵もまた、悪夢にうなされるその姿を目に焼き付けるためだけに――闇に潜む。

闇に浮かぶ白磁の顔が苦痛に歪む。
額に浮かぶ汗が珠のようだ、と月明かりに目を細めた。
荒くなる呼吸。
それでも、――起こしはしない。
触れれば、――いや、自分が動けば、その気配だけで起こしてしまうことが分かっているからこそ。
――敢えて、動くことをしない。
やがて跳ね起き、小刻みに震えながら手を握り締める姿に、ゆっくりと呼吸を聞こえるように始め。
――静かに、声を押し出した。

「――シェラ」

すぐさま反応する細い身体に満足感すら覚えながら。

――ただ、――昏い悦びに、ため息を吐いた。

苦しんでいることは手に取るように分かっている。
考えることを放棄して、いっそこの手にかけられたいと希っていることすらも、承知の上で。
それが、―――己にしか望まれていないことに、生きている悦びを覚えるのだ。
この菫色が涙を零すのも。
見えない血を落とそうと指先を擦り合わせるのも。
その全ては、――己のため。
あの瞳が見つめる先には、己しか、映ってはいない。
抱き締めた腕の中の温もりは、生きとし生ける者の証。
揺るぎない、生物の証。
この手で殺められたからこそ、自分は――息をし、命を繋ぐことを、望める身へと転じ得たのだ。

「――私のいいように、だろう?」

そうやって、あたかも自分の望みだといわんばかりの表情を浮かべるのを。
それすらも、甘美な戒めだと、温もりを引き寄せて。
柔らかな蜘蛛の糸へと、自ら絡まった。

「――あぁ……お前の、いいように」

吐き出した声は、酷く……。
自分で聞いていても、 酷く、酷く甘かった。

恐らくは、半身であるシェラを見つめる時だけの、瞳のように──。  




END.

ページトップボタン