早いもので、双子が生まれて半年経った。
ソナタとカノンは二卵性の双子で、DNAも性別も違う。
もちろん顔かたちも違えば、性格も正反対だ。
ソナタは活発で、シェラが苦労するくらいよく動く。
動くといっても立ち歩けるわけではないが、ハイハイだって広い室内で止まることを知らなければ、目で追うのは大変なのだ。
逆にカノンは大人しく、あまり動き回らないので、その点は楽だった。
これでふたりともバタバタ這いずり回るようだったら、さすがのシェラでも目を回していたかも知れない。
だが、カノンが動かないからといって育児が楽かといったら、そんなことは決してない。
特に最近、カノンが非常に頑固であることが分かってきた。
たとえば──。
双子はヴァンツァーが順番に風呂に入れる。
シェラは受け取り、着替えさせることを担当している。
ひとりが風呂に入っている間はシェラが片方を見ているということができ、目の届かないところで危険が及ぶ心配をしなくて済む。
今日も今日とてソナタを先に風呂に入れていたヴァンツァーだったが、彼は苦笑していた。
何のことはない。
風呂場の外で、けたたましい泣き声が聞こえるのだ。
声の主はカノン。
どうやらソナタと一緒に風呂に入りたいらしい。
というか、自分の目にソナタの姿が映っていないと大泣きする。
そして、ここが双子のすごいところで、片方が泣くともう片方も泣くのだ。
現在、広い風呂場には赤ん坊の泣き声が反響している。
これは、カノンをソナタから引き離しても同じことだ。
たとえカノンがリビングにいて、ソナタには泣き声が聞こえないのだとしても、やはり泣き出すのだ。
これが共鳴というものだろうか、とヴァンツァーは双子の子育てについて調べたことを思い出していた。
泣き声だけでなく、カノンは着る物もソナタとまったく同じでないと嫌がる。
生まれてしばらくの間は双子が生まれる前に作っておいたおそろいの産着などを着させておいたから、その名残かも知れない。
おかげで、色の違う服は着させられない。
デザインが違うものもだめだ。
本当にまったく一緒でないと着てくれない。
もちろん無理に着替えさせることはできるのだが、同じ格好をしていることで安心するならば、と同じ服を与え続けている。
さすがにもっと大きくなれば、自然と違う服装をするようになるだろうから、特に問題はないはずだ。
それでも、こう泣かれたのでは参る。
不思議と煩いとは思わないし別段腹も立たないのだが、身体を洗っている時に暴れだすと危ないのだ。
今もソナタは手足をばたつかせていて、ベビーバスに溜めたお湯をばしゃばしゃ跳ねさせている。
「……」
思案顔になったヴァンツァーは、風呂場のドアを開けた。
「終わったのか?」
シェラがそう声を掛けてくる。
「カノンも連れて来い」
「え?」
「見えないから泣くなら、見えるところにいさせてやればいい」
「……なるほど」
そこでシェラもカノンを連れて風呂場に足を踏み入れた。
ピタリ、と泣き声が止んだ。
「おぉ」
ある種の感動を覚えたシェラだった。
「面白いなぁ」
新しい発見に目をキラキラさせているシェラを見て、ヴァンツァーは意味深に唇を吊り上げた。
「何だ?」
ソナタを洗っているヴァンツァーの隣にカノンを抱いてしゃがんだシェラは、その表情に気付いて訊ねた。
「面白いは面白いが、早いところこの癖を直さないと困ることになるぞ」
「何でだ?」
目をぱちくりさせるシェラ。
「ベビーバスで入れられないくらい大きくなったらどうなる?」
「どうなるって、普通に浴槽に入ればいいんじゃないか?」
一緒に湯船に浸かればいいではないか、ということだ。
「ひとりを洗っている時、もうひとりはどうしたらいいんだ?」
「え?」
「浴槽に残しておくのは危ないし、外に出せば身体が冷える」
「……」
「一緒に入るか?」
「────っ?!」
大きく目を瞠るシェラ。
やっとヴァンツァーの言いたいことが分かったのだ。
頬が熱いのは、風呂場の熱気のせいだけではないだろう。
「お、お前、それセクハラ!」
「だから、早く直さないと困ると言っただろうが」
シェラが、とは心中収めた言葉だ。
真っ赤な顔で口をパクパクさせていたシェラに、ヴァンツァーはソナタを差し出した。
「次」
服は脱がせてタオルでくるんでいたので、そのままカノンを渡し、ソナタを引き受ける。
着替えさせなければ、と風呂場から出ようとしたら、また大きな泣き声。
「……」
シェラがカノンに向かってソナタを差し出すと、ピタリと泣き止む。
クルッと背を向ければまた泣き出す。
「……」
「……」
両親は顔を見合わせた。
「……これ、分かってやってるんだったら、結構腹立つかも……」
「随分計算高い赤ん坊だな」
ヴァンツァーが苦笑すると、シェラはじっと相手の顔を見た。
「……何だ?」
「絶対お前の遺伝子だ」
「……」
目を丸くするヴァンツァーの前で、シェラは思い切り嘆いた。
「あああ、こんなに可愛いのに! あんなにおっとりしているのに! 腹黒いだなんてあんまりだ!!」
風呂場は音が大きく響くので、多少声は抑えている。
「……おい」
それは俺に対してあんまりな台詞なのではないか、と言う前にキッと睨まれた。
「これでカノンが天然の誑しだったらどうしてくれるんだ! 色は私そっくりだが、他はお前そっくりだ! 髪だってふわふわで可愛いし! 絶対女の子の視線を端から掻っ攫っていくんだ!!」
「……それは別に俺のせいではないだろうが……」
「お前と同じ顔じゃないか!」
憤然としているシェラを見て、ヴァンツァーはため息を吐いた。
「……どうでもいいが、どうせならもう少しまともにけなしてくれないか?」
「え?」
「今の台詞を聞いても、誰も俺に同情しないと思うぞ」
はっとするシェラ。
どこか愕然とした顔をしている。
本当に自分の言っていることに気付いていなかったらしい。
「俺としては、ソナタがお前にそっくりなことの方が心配だな」
「……何でだ」
それには答えず、ヴァンツァーはシェラが抱いている愛娘に目をやった。
「とりあえず着替えさせないと風邪をひく」
「カノンが……」
「今日は仕方ない。今度から風呂場に着替えを用意することにしよう」
「分かった」
頷き、母と娘は風呂場を出て行った。
やはり、息子は大泣きしたのである──。
END.