クリスマスプレゼント

ファロット邸は広い。
その邸宅内には山があり、小川が流れ、門から母屋まで徒歩十分というくらい広い。
敷地内には、一軒一軒でも大層見栄えのする家屋がいくつも建っている。
何が言いたいかといって、つまりは『人捜しが大変だ』ということなのだ。

十二月に入り、今年も残すところあと僅かとなったある日、ソナタは双子の兄を捜して敷地内を歩いていた。
真冬の寒さも何のその、ソナタは薄手のニットにキュロット、オーバーニーソックスにブーツという若さと可愛らしさを最大限に活かした服装をしている──むろん、ヴァンツァーがデザインしたものである。
シェラ譲りの美貌は、父譲りの影と相まって彼女にミステリアスな雰囲気を与えている。
男子生徒だけでなく、女生徒からも高い人気を誇る美貌とスタイルの持ち主だ。
広大な敷地内でたったひとりの人間を捜しているとはいえその足取りは淀みなく、兄がどこにいるか迷ってもいない。

「カノン」

果たして、彼女が狙いをつけた屋敷のひとつに、確かにカノンはいたのである。
高校生になっても寮に入ることなく自宅から通学している双子だったが、さすがに幼い頃のように四六時中一緒にいるわけではなくなってきた。
それでも仲が良いことに変わりはないし、家族揃って食事もすれば外出もする。
ただ、それぞれが互いのプライヴァシーを尊重して、時間を過ごしているのだ。
それぞれが気に入った建物を『個人用家屋』として扱っていることもあり、敷地は広大で各建物を行き来するのは大変なのだが、どこに誰がいるのかは大体分かるのである。

「――あぁ、ソナタ」

父によく似た顔でにっこりと微笑むカノン。
高校では『貴公子』とか『星の王子様』と呼ばれるほどの美貌は、銀と菫という鮮やかな色彩のおかげか、父のように人目を引く影はないがより華やかな印象がある。
彼はごく自然に、ソファの隣を妹に譲った。

「何見てるの?」
「ん? アルバム」

カノンの手元を覗き込むソナタ。

「あ、これ」

そこには、まだ幼い自分たちを抱いた両親がいた。

「うん。『クリスマスプレゼント』」

カノンがちいさく笑った。

「てっきり、シェラたちは結婚してるんだって思ってたのよね」
「まぁ、普通はしてるよね。実際、ぼくたちのために籍は入れてくれてたわけだし」
「懐かしいなぁ。──シェラ綺麗」

ソナタがほぅ、と息を吐く。

「そりゃあ、父さんのデザインだし」
「何より先に着せそうなのに」
「もったいなかったんじゃない?」
「着せるのが?」

カノンは首を振った。

「――他人に見せるのが」

ソナタはもう一度アルバムを見て、ゆっくり、大きく頷いたのである。


「――え?」

シェラは紫の目を真ん丸にした。
その膝の上には、目に入れても痛くないほど可愛い双子の子どもたち。
まだ四歳の幼稚園児が口にした言葉に、シェラは仰天してしまったのだ。

「みたいの! シェラのけっこんしきのしゃしん!」

ソナタがシェラの服を引っ張り懇願する。

「あー……」

困ってしまって、情けない顔を晒す美貌の天使。

「アンナちゃんのパパとママのけっこんしきのしゃしん、すごくすてきだったの! でも、ぜったいシェラとパパのほうがすてきだもの!」

興奮気味に鼻息を荒くする娘。
そう言ってもらえるのは嬉しいが、シェラはどうしようか迷ったのち、ゆっくり首を振った。

「……ないんだ」

ごめんね、とソナタの黒髪を撫でる。

「おしゃしんないの?」

カノンの不思議そうな問い掛けに、更に首を振った。

「写真がないだけじゃなくて、結婚式をしていないんだ」

これには双子の子どもたちもびっくりし、大きな目を見開いてしまった。

「……シェラとパパ、けっこんしてないの……?」

愕然としたソナタの呟きに、シェラは何と答えれば良いのか分からなかった。

「けっこんしてないのに、カノンたちうまれたの?」
「……」

何と利発で、また答えにくい質問をする息子だろう。
実際、結婚せずとも子どもを作れることは、ある程度の年になれば分かることだ。
しかし、幼稚園児にとっては、結婚するからこそ子どもが生まれるという図式になっているのだろう。

「……結婚はしてるんだけど、結婚式は挙げてないんだよ」

嘘ではない。
籍が入っていない事実上の夫婦の間にできた子どもは、戸籍上そのふたりの子として扱われない。
しかし、ソナタとカノンは、ちゃんとシェラとヴァンツァーの子ということで届け出をしている。
元々は籍など入れていなかったふたりだが、子どもが生まれるに当たり、その所属をはっきりさせるために届け出ようということになったのだ。
この世界、男性どうしの結婚を認めている手前、たとえば養子縁組した子でも『実子』として届け出ることが可能なのである──シェラたちの間にできた双子は実際実子なわけだが。
しかし、挙式する必要性は感じなかったために 、ソナタたちの望む写真はないのだ。

「けっこんとけっこんしきって、ちがうの?」
「うん、違うよ」
「なにがちがうの?」
「結婚しました、っていうのをたくさんの人に知ってもらうために、結婚式をするんだよ」
「みんなにみてもらうの?」
「そう」
「どうして、シェラたちはしないの?」

返答に困ったシェラは、曖昧な笑みを浮かべた。

「うーん……ほら、ヴァンツァーはお仕事忙しいでしょう?」

だから時間が取れないのだ、ととりあえず逃げてみた。
この家に限っては、金銭的な心配などするわけもない。
ルウやリィなどは「やればいいのに」と言っていたのだが、ただでさえ精神的に疲労感を覚えているシェラを、結婚式のために振り回すことをヴァンツァーが嫌ったのだろう。

「じゃあ、パパがおしごとおやすみのときにけっこんしきしたら?」
「……」
「シェラがきれいなのみたいもの!」
「……」

『おねがい』と綺麗な瞳で見つめられて断れる人間がどれほどいるだろうか。
少なくとも、母性本能の塊のようなシェラにはできなかった。

「……ヴァンツァーに、訊いてみて」

それでも、ひとまず回答を保留することにしたのである。


カノンは、ふっと口許を綻ばせた。

「どうかした?」

妹の問いかけに、「いや」と返す。

「シェラも、父さんに訊いてみて、だなんて、結果分かりきってると思わない?」

自分たちを産んでくれたシェラのことは大好きなカノンだったが、あまりにも好きすぎて妹と同じように可愛がっている感がある。
今も、まるで自分が年長者であるかのような目をしている。
もちろんそれは優越感に浸るようなものではなく、情愛に満ちたものなのだけれど。

「あら。だって『他人に見せるのもったいない』んでしょう?」
「そうだけど、あの父さんだよ?」

やたら『あの』を強調する少年。
そこにどんな意図が含まれているか、ソナタには分かりきっていた。
どこか遠くを見る目で、ほぅ、と息を吐く。
そして、ちらりとアルバムに視線を落とした。

「──自分も最大限着飾ってシェラの隣に並んで、『羨ましいだろう』って顔するに決まってるわよね……」

カノンはこの年頃の少年には不似合いなくらい重々しく頷いた。

「ぼく父さんと同じ顔してるけど、絶対同じ格好したってこの写真みたいにはなれないよ」
「何か、もう、幸せっていうより、禍々しいくらいのオーラ出してるわよね」
「これくらいのレヴェルじゃないとシェラの隣に立つ資格はないんだぞ、みたいなね」

かなり勝手なことを言っているが、おそらくレティシアやルウはおろか、アトリエの職員たちに聞かせても否定しないに違いない。
それでもこの双子、父のことは大好きなのだ──からかうネタに尽きない、という理由がないとは言わないが。

「それにしたって……」

双子は大きなため息を吐いた。

「いくら女の子は愛されてる方が幸せって言っても、パパの愛情表現は過剰よね」
「あれだよ。インプリンティングってやつ」
「刷り込み現象?」
「そ。自分の世界に光をくれたひとを、無条件に慕ってる感じ」

あぁ、とソナタは頷いた。

「よくシェラに抱きついては『落ち着く』とか言ってるものね」
「ちょっとセクハラ入ってるけど」

苦笑するならまだしも、カノンは大真面目な顔で妹に賛同した。

「家の中だけならまだしも、外でもやるのよね、あれ」
「外だとシェラが怒れないからだよ」
「あら。家の中だって、シェラ怒れないわよ」
「──あぁ、そうか。抱きついてくる父さん拒否して、ぼくたちが甘えられなくなったらいけない、って思ってそうだもんね」
「そうそう。シェラ優しいから」
「でも、子どもに見せられないような内容になりかけたら、さすがに怒鳴るけど」
「けど、どうせ最後には情に絆されるのよ。何だかんだ言って、シェラも嫌いじゃないんだから」

兄としては、妹が口にした台詞が何を指しているのかが気に掛かるところだが、とりあえず会話に乗ってみた。

「そういえば、あったなぁ」

過去を懐かしむように、淡い笑みを浮かべるカノン。

「──父さんに可愛がられすぎたから朝起きられなくて、幼稚園の用意できないでヘコんでる日」

妹をどうこう言えるような発言を、カノンもしていないことだけは確かなようだ。

「小学校上がってからだってそうよ。そういう日は、私たちの好物が食卓に並ぶのよね~」
「罪滅ぼしみたいにね」

全然気にしてないのに、と愛しげに目を細めるカノン。

「シェラは気にしすぎなのよね。そういう日って間違いなくパパ機嫌いいし、朝起きられなくなるだろうって分かってやってるんだから誰も責めたりしないのに」
「シェラは本当に、自分に厳しいよね。そういうとこ、好きだけど」
「パパだって厳しいわよ?」

ソナタは、シェラに虐げられているのではないか、というくらい時々可哀想になる父の味方なのである。
カノンは妹の言葉に賛同するように頷いた。

「うん、そうだね。──でも、シェラが絡むと途端に自分に甘くなる」
「──……あー……」

これはさすがに否定できないソナタだった。

「でも、そんな父さんだから、ぼくたちはシェラの花嫁姿見られたんだけどね」  




NEXT

ページトップボタン