クリスマスプレゼント

兄の持つアルバムを覗き込みながら、ソナタは訊ねるともなしに呟いた。

「……赤ちゃん、できないのかなぁ……」

自分たちができたあとも、両親に『夫婦の営み』があったことは間違いなく、結婚式の日も『初夜』を迎えたはずなのだ。
それから現在まで十年ほど月日は流れたわけだが、シェラが懐妊する兆しはない。

「なぁに。弟か妹が欲しいの?」

くすくすと笑うカノンに、ソナタは小首を傾げた。

「私じゃなくて……」

どう言えばいいのか、頭の中で考えを纏める。

「この間一緒にお風呂に入ったときね、シェラ言ってたの」

──ヴァンツァーは、家族を与えてくれた。

「もっともっと家族が増えたら、シェラ嬉しいのかな、って……」

こてん、とカノンの肩に頭を乗せる。
成長期のカノンはソナタより長身で、もたれかかるには丁度いいのだ。
カノンは、ソナタの頭の上に軽く自分の頭を乗せた。

「う~ん、どうかなぁ」
「え?」
「これ以上増えたら、困るかも」

カノンの言葉に、ソナタの藍色の瞳は傷ついた色を浮かべる。

「あー、ごめんごめん。もう、そんな顔しないで」

泣きそうな顔をした妹の頬を撫でて、額にキスをする。

「変な意味じゃなくて……今のソナタがいい例だけど、たとえば女の子ができたらお嫁になんて出したがらないでしょう?」
「……うん……」

それは常々シェラに言われていることなので、素直に頷くソナタ。

「でもさ、いつかは結婚するかも知れないよね」
「……」

よく分からないので曖昧に首を傾げてみた。

「──そうしたら、シェラ、たくさん泣くと思うんだ」

もちろん嬉しさもあるのだろうけど、それ以上に寂しくて、会えなくなるわけではないのに悲しくて……。
娘の幸福を願うからこそ、その寂しさを表に出さないかも知れない。
それはきっと、カノンの場合でも同じこと。

「ぼくね、ぼくたちの知らないところで声を殺して泣くシェラなんて、嫌なんだ」

いつでも笑っていて欲しいし、泣くなら喜びの涙を流して欲しい。
悲しそうなシェラの顔を見たくないから、ちいさい頃からシェラの言いつけはきちんと守ってきた。

「そういうときはきっと父さんが慰めるんだろうけど、でも、さ……」
「うん……分かる」

こくん、と頷く妹に、カノンは微笑みを返した。

「私、結婚なんかしなくてもいいし、シェラが望むならずっとシェラの傍で暮らしたい」
「ぼくも」

にっこりと笑顔を取り戻したソナタに、カノンも同調する。

「だからね、シェラは男の人なんだし、普通子どもなんて産まないんだから、それでいいんじゃないかな?」
「……そう、かな」
「逆に、ぼくたちが『弟か妹欲しい』って言ったら、シェラ困っちゃうよ。普通妊娠しないんだからさ」

茶化すようなカノンの物言いに、ソナタはふふっと笑った。

「良かったぁ。ちっちゃい頃、クリスマスとか誕生日のプレゼントにそう言わなくて」
「あはは、確かに」

パタン、とアルバムを閉じ、「さてと」とカノンは呟いた。

「プレゼント、買いに行こうか」

もちろんシェラへの、だ。
そのためにソナタが自分の元へ来たことは分かっている。

「うん」

天使の笑顔で頷いたソナタだったが、僅かに柳眉を顰めた。

「──でも、シェラったら困っちゃうわよね」
「うん?」

コートに袖を通し、エアカーの鍵を手にするカノン。
敷地内では父に教わって乗り回していたエアカーだが、去年ようやく免許を取れる歳になったのだ。
大して難しい試験でもなかったのに、シェラが「合格祝い」だと言って新品のエアカーを買ってくれたので、ときどき妹とドライブに出かけたりもする。

「だってさ、プレゼント何もいらないって言うんだもん」

それは、ヴァンツァーが趣味なのではないかというくらい贈り物をしてくるせいもあるのだが。

「あぁ。──『ソナタとカノンが健康で素直に育ってくれるのが、一番のプレゼントだから』ってやつね」

くすっと笑みを浮かべるカノンに、「笑い事じゃないわ!」と頬を膨らませるソナタ。

「シェラは毎日美味しい食事とあたたかいベッドを用意してくれて、これでもかってくらい笑顔を振りまいてくれるのに……」

自分があげられるものが何もないのかと思うと、情けなくなる。

「いいんじゃない? 実際にあげるプレゼントはおまけみたいなものでさ。『大好き』って伝えてあげるのが、シェラの一番喜ぶプレゼントだと思うよ」
「そうなの?」
「きっとね」

聡明なカノンの言うことだからそうなのだろう、とソナタは満足気に頷いた。

「それなら誰にも負けない自信あるわ!」
「ぼくも」

ここで「自分の方がシェラを大事に思っている!」という言い合いに発展しないのが、この双子の良いところである。
それは幼少の頃からそう。

──みんな一番。

想いの形も、表現の仕方もみんな違う。
だから、それぞれが一番。

「……難しいのは、『おまけのプレゼント』にしたって、父さんがあげないようなもの考えないといけない、ってところだよね……」
「値段じゃ絶対勝てないわ……」

平気で一千万単位の金を使うヴァンツァーだ。
高校生の子どもたちに対抗する術などあるわけがない。

「キッチンは最新設備、ナイフ類は最高級品、鍋もフライパンも用途ごとにあるし、食材だって倉庫いっぱいにある……」
「ミシンも布も、針も糸もビーズ類だっていいの持ってるし……」

う~ん、と頭を悩ませる双子。
シェラが喜びそうなものといったら、キッチン回りか裁縫関係かといったところだ。

「服や宝石なんか、パパが山ほどあげてるし……」
「お酒も、父さんが用意するものより上等なものなんて用意できそうもないし」
「っていうか、一緒に飲めないのにお酒あげるなんて嫌」

きっぱりと言い切る妹に、カノンは苦笑を返した。

「確かに。──あぁ、じゃあぼくたちも一緒に楽しめるようなものをあげればいいのか。上手くいけば、父さん出し抜けるかも」
「──それ、なぁに?」

ソナタが興味津々、といった感じで身を乗り出す。
カノンは、にっと口端を吊り上げた。

「いつもはホテルのシェフに頼んでるけど、今年はぼくたちがケーキを焼こう」

ぽん、と手を打ったソナタである。

「パパ、甘いの苦手だから絶対思いつかないわ! それいい!!」

思いつかないだけでなく食べることもまずしないので、ちょっとしたイジメのような気がしないでもないが、双子はノリノリである。

「シェラに教わるとバレちゃうから、ルウに作り方訊こうか」
「うん。材料は倉庫にあるだろうけど、どうする?」
「新しく買った方が秘密にしておけるだろうね」
「じゃあ、早くルウに連絡しなくちゃ!」

うきうきとした調子でソナタからの連絡を受け取ったルウは、快く子どもたちの企みを了承してくれ、最上の材料片手に双子の元へとやってきた。
正面からではシェラに気付かれてしまうので、ほんのちょっと、魔法を使って。
こういうとき、家がたくさんある家庭は便利だなぁ、と双子は思った。
カノンの私物と化している家で、三人は仲良く楽しくケーキを焼いたのだ。

明日はシェラの誕生日。
明後日は自分たちの誕生日。
父の誕生日はまだ先だけど、きっとその日も楽しく過ごすに違いない。
とりあえず、十二月二十三日。
ケーキに花束を添えて、こう言おう。

──シェラ、生まれてきてくれて、ありがとう。

それから。

──産んでくれて、ありがとう。ずっとずっと、大好きだよ。  




END.

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