「──単刀直入に言おう」

少女のように見えてならない銀髪の美青年が、真剣なまなざしで口を開いた。

「私の子どもを産んでくれ」

言われた黒髪の美女は目を瞠り、

「ちょっ──」

口を開くと同時に、────シーツの波間に押し倒された。

恋つづり 夢まどい

「──っ」

とんでもない夢の内容に、ヴァンツァーは跳ね起きた。
心臓はやけに煽っているし、全身汗をかいている。
──とはいえ、ヴァンツァーには夜着を身につけて眠る習慣がないので、その冷や汗は服でなくシーツに吸い込まれていったわけだ。

「何だったんだ──」

口を開き、背筋が凍りついた。
ほんの僅かでも身体を動かすことが恐ろしくて、微動だにできないでいる。
その表情を端的に表すとするならば……──『またか』 といったところだろうか。
百メートルを七秒台で走っても息ひとつ乱さないというのに、今は懸命に深呼吸を繰り返している。
却ってそちらの方が過呼吸を誘発しそうだ。
しかし、それはヴァンツァーなりの、何とか落ち着こうという試みなのだ。
たっぷり五分は身を起こしたベッドの上で固まっていた。
視線ひとつ動かさなかったその間にも、幸か不幸か己の身体の変化はありありと感じていた。
それは、人体に精通した行者であったという過去と、デザイナーであるという現在とが絶妙に噛み合わさった結果と言うよりも、幾度かその身に起こった奇跡故の結果と言えた。

「……」

見たくはない、と思いつつも、ヴァンツァーは決死の覚悟で我が身を見下ろした。

「──……」

やはり、という思いと、冗談だろう、という思い。
そして、あの仕立て屋が生き返らせるときに何か妙な小細工でも仕掛けたのでは、という八つ当たりの気持ち。
さらに、ヴァンツァー・ファロットともあろうものが、最後には己の頬をつねったのである。
夢の内容が内容だっただけに、これも夢の続きか、と思ったのだろう。

「……」

痛いと言えば痛いし、こんなものは痛みのうちに入らない、と言えばそうなる。
──と、横でもぞもぞと人の動く気配。
寝返りを打ったシェラは、枕に頬を擦り寄せるようにして惰眠を貪っている。
その暢気な様子が羨ましくも、また腹立たしくもあった。
けれど、こんなに安心しきった顔は起きているときではなかなか見られない。
幸せそうな顔で、健やかな寝息を立てている。
同じベッドで眠るようになってもう何年も経つというのに、ただ自分の隣で眠っている、そんなシェラを見つめていることが、たとえようもなく幸せだった。

「……寝てしまおう」

ヴァンツァーはそう決めた。
これも夢かも知れないではないか。
あたたかいシェラの身体を抱いて、もう一度眠りに就いてしまおう。
どうせ今日は休日なのだから。
もしこれが現実なのだとしても、それはそれ。
またあとで考えればいい。
先ほどまでの動揺が嘘のように、ヴァンツァーは穏やかな表情で布団に潜り込んだ。
そうして、シェラの身体を引き寄せ、二、三度銀色の髪を撫でると瞼を閉じた。

「ん……」

僅かに身じろぎするシェラ。
眠りが浅くなっているのだろう。
まだ完全には起きていないようなので、ヴァンツァーはまた髪を撫でた。
こうしていれば、そのうちまた深い眠りに落ちるだろう。
寝ているときに髪を撫でると、頬を擦り寄せるようにして相手の存在を確かめるのが、シェラの癖だった。
今日もいつもと違わず、相手の腰に腕を回し、肩口に頬を寄せる。

「──え……?」

だが、いつもと違い、次の瞬間シェラは跳ね起きたのだ。
そして……。

「────……何の冗談だ、それは……?」

呟くシェラに、ヴァンツァーは深いため息を吐くことで返事に代えた。
曰く、

「そんなもの、俺が訊きたい……」

と──。   




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