恋つづり 夢まどい

「──何て言うか……ゴージャスだね」

カノンが苦笑しながらそう呟いた。
シェラの懸念も何のその。
理解力と順応力が抜群に高い──高すぎる子どもたちは、性別の変わった父親を前にしてもあっさりと『それが事実なのだから』と受け入れてしまった。
ソナタなど、「パパがママで、ママがパパね」などと笑っていた。
ありがたいと言えばこの上もなくありがたいし、もう少し混乱してくれないと、そのうち「そのままでいいんじゃないの?」と言い出しそうで怖くもある。
さし当たって着替えのないヴァンツァーは、ずっとローブ一枚の姿でソファに腰掛けている。
そんな美女と隣に座るシェラを前にしたカノンは、とても難しい顔をしてこう言った。

「今の父さんとシェラを見たら、エマさんとレイチェルさんが鼻息荒くして着せ替え人形にするんだろうなぁ……」

シェラはもともとモデルもしているし、現在のヴァンツァーのプロポーションは完璧だ。
メリハリの効いた体型は言うまでもなく、身長が高い。
それについてはシェラが愚痴を零していた。

「……何で男の私より、女性のお前の方が背が高いんだ……」

さすがに男であったときよりは随分と小柄になり、身長差はほんの数センチだったが、そこは気になるところらしい。
これに対し、ヴァンツァーは首を傾げた。

「お前は、もとからそんなに長身ではないだろう?」
「……」

思わず拳を固めたシェラだった。
シェラは、行者であった頃、もちろん素人相手にひと目で男だと露見するようなヘマはしなかった。
骨格も、身長も、娘だという設定に無理のないものであったし、それを当然のことだとも、仕事がしやすくありがたいことだとも思っていた。
──しかし、だからといって、何も女性の身体になったヴァンツァーより低くなくてもいいと思うのだ。

「……全っ然、可愛くない」

ボソッと吐き捨てるシェラ。
そもそも、『可愛い』という表現からして現在のヴァンツァーにはそぐわないのだが、当のヴァンツァーは低く笑ったものである。
そうして、男であったときの仕草そのままに、シェラ側のソファの背に腕を置き、そっぽを向いているシェラの顎を取る。
組んだ長い脚をローブの裾から覗かせているのが、意図的な気がして仕方ない。
そうして、吐息が触れ合うほど顔を近づけ、それでも唇は重ねない。
ただ、じっと瞳の奥を覗く。
シェラがその視線に耐えられなくなる直前、ふ、と視線を逸らして唇を見つめたかと思ったら、その感触を楽しむかのように親指の腹で拭うように撫でる。
そうして、また瞳を覗き込んで目許を笑ませるのだ。
長い睫の奥の藍色の瞳が、妖しげな光を灯す。

──して、欲しいんだろう……?

そう、はっきりと語っている。

「──~~~~~~~っ!!」

顔を真っ赤にするシェラを見て、双子はぽかん、としてしまった。
そして、顔を見合わせて同時に呟いた。

「「────デキる……」」

久々に父を褒めた瞬間だった。


シェラが非常に面食いなのは知っている双子だったが、好きになる女性のタイプが『アレ』なのかと思うと、ちょっと不安にならなくもない。
シェラがいいと言うならそれでいいのだが、もうちょと、こう、人畜無害そうなタイプは選べないものなのだろうか? と思ってしまうわけだ。
大事な大事なシェラだからこそ、出来るだけ平穏無事に毎日を過ごして欲しいというのに。
──何を好き好んで、あんな『狩りをするために生まれてきました』みたいな『女性』に目を向けるのか。
多少の刺激は楽しく生きていくためのエッセンスだが、『アレ』が相手では普通の男では火傷どころでは済まない気がする。
──けれど、やはりシェラが幸せならそれでいいのだし、何より、もう少し『女性になった父』というものを遠くから眺めていたいのだ。
シェラは外見・内面ともに非常に女性的だが、実はかなり男らしいところがある。
どちらかといえば、父の方が女々しいくらいなのだ。
だから、現在の父とシェラがどのような会話をして、どのような関係を築くのか、とても興味深い──というのは建前で、実はただ単にどっちが狩られるのか、見物したいだけなのだ。

「──まずは、腹ごしらえだ」

手早くバランスの取れた朝食を作ったシェラは、現在妙齢の美女に似合う服を求めて、家の中を散策中だ。

「お前が着るように作った服を俺が着られるわけがないだろうが」

シェラは女性と言われても違和感のない体型なだけあって、男性にしてはかなり細身の部類に入る。
対してヴァンツァーは、均整のとれた体型をしているものの、非常にグラマラスと言えた。
ウエストのサイズが同じだとしても、シェラの服では腰が入らないだろうし、ましてや上着など着られるわけがない。
かといって、男のときの服では大きすぎるのだ。
この格好のどこに問題があるのだ、とでも言いたげな表情をしてバスローブを着たままでいるヴァンツァーに、シェラは柳眉を吊り上げた。

「何を考えているんだ、はしたない!!」
「……お前、俺を本当に女だと思っていないか?」
「ふん。そんな立派な胸と腰で言えた台詞か」
「……」
「もし今突然、人が訪ねて来たらどうするつもりだ」
「……何だ、そのたとえ話は」
「配送業の青年なんかが間違って来てみろ。そんな格好したお前が対応に出たら、荷物放り出して逃げ出すぞ?」
「……」
「──それか、鼻息を荒くして押し倒されるかどちらかだ」
「……だから、何なんだその飛躍した話は……」

ほとんど頭を抱えてしまっているヴァンツァーを尻目に、シェラは「──っもう!」と憤慨して腰に手をあてた。

「全然お前に合うサイズの服がないじゃないか!」
「……お前、人の話を聞いていたか?」
「こういうときのために、自分に合う服くらい作っておけ!」
「……」

とんでもないダメ出しをされて、ヴァンツァーは何だかぐったりしてしまった。
反論するのも億劫だ、と踵を返そうとしたヴァンツァー。
すぐ後ろにいた双子が、やけににこにこしているのが気になる。

「……何を」

企んでいる、と訊こうとしたヴァンツァーの横を通り抜け、双子はシェラに向かって声を揃えた。

「「──ないなら買いに行けばいいんだよ!!」」

──……玩具決定。  




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