シェラだとて、デザインもすれば縫製もする。
デザイナーという仕事は、何もヴァンツァーだけの専売特許ではない。
当然、シェラはセンスだって良いし、相手に似合う服を見立てる眼もしっかり持っている。
「……何だ、それは」
本日何度目になるか分からない台詞。
差し出された服を一目見たヴァンツァーは思わず座り込みたくなってしまった。
現在彼──もとい、『彼女』は、男のときに着ていた服をシェラに手直ししてもらい、身に着けていた。
袖やら裾やら肩幅やら、直さなければならないところはかなりあったのだが、そこはさすがにシェラである。
あっという間に仕上げてしまった。
その手際を見たヴァンツァーは、「だったら別に買いに行かなくても……」と思いはしたが、大乗り気な家族三人に向かってそんなことを言う勇気はなかったのだ。
また、年末でこの頃忙しかったこともあり、いつもより家族でいる時間を取ることができなかった、という反省もある。
クリスマス前後にはしっかりと休みを取ってセントラル・ホテルへ宿泊に行くが、だからといって家族と過ごす時間を疎かにして良い理由にはならない。
ある種の家族サービスだ、と割り切り、自らエア・カーを運転してブランド店ひしめく三番街へとやってきたのである。
「まずはコートだ。その服はアウターで隠してしまえばいい」
さすがに急ぎの仕事なだけあって細部までこだわることができず、シェラはヴァンツァーに服を渡したとき少々不服そうだった。
ウィンドウに飾られていたコートを見たシェラは、「よし」と気合を入れるとヴァンツァーの手を引いた。
無言でそれに従うヴァンツァー。
隠せばいいのならコートだけを買って帰ろう、とも、もちろん思っていても口に出せない。
──そもそも、自分たちは何か大事なことを忘れている気がするのだが……。
「ねぇえ、シェラ? それ、絶対に似合うけど、でも豹柄はどうかと思うの……」
ソナタが、シェラの見繕った毛皮のコートを目にして困った顔になった。
カノンも便乗する。
「うん、ぼくもそう思う。絶対似合うけど、何もこんな女豹みたいな人が、わざわざ着るものまで豹でなくてもいいと思うよ?」
両脇からそう言われたシェラは、「そぉう?」と首を傾げた。
「背高いから、絶対似合うと思うんだけど……」
「「うん。絶対似合うけど、真っ昼間からそれはやめて」」
「……ふたりがそう言うなら……」
声を揃えられ、シェラは渋々コートを店員に渡した。
もちろん、ヴァンツァーの意見などまったく聞かない。
聞くつもりもない。
「──じゃあ。これならいい?」
ほんの少し心配気に、しかし目をきらきらさせて伺いを立てるのは、双子の子どもたちに対してなのだから。
「黒も悪くないけど……あ、これは? こっちの紫のミンク、可愛いよ」
「あ、それいいね! わぁ。こっちのセーブルもいいなぁ」
「ロングもいいけど、ショート丈も可愛いね」
「今、流行りだからね」
「これこれ! このうさぎのボレロ、すぅごい手触り気持ちいいの!」
「あ~、これは癖になる!」
「それ、ソナタに似合いそう」
「これなんか、シェラに似合うんじゃないかな?」
「……でも、派手じゃない?」
「大丈夫だよ。この黒のマントも、可愛いと思うなぁ」
きゃっきゃとはしゃいでいる三つ子のような家族を尻目に、ヴァンツァーは店内に設えられたソファに腰を下ろしていた。
下手に口出しをしない方が賢明だ、と判断した彼──彼女に、上品なスーツに身を包んだ店員が話しかけてきた。
「妹さんたちでいらっしゃいますか?」
「……えぇ、まぁ」
「皆さんお綺麗で。何を着ても似合いそうですわね」
「騒がしくして申し訳ない」
「とんでもない! 店が活気付きますわ」
そこへ、品定めを終えたらしい三人が戻ってきた。
「これと、これ」
差し出されたのは、丈の短い紫のミンクと、セーブルのロングコートだ。
「二着?」
「だって、これから行く店で可愛いスカートが見つかったら、やっぱり丈の短い上着の方がいいじゃないか」
「ス──はくのか……? 俺が……?」
「脚長くて綺麗なんだから」
「いや、そういう問題では……」
「……嫌なのか……?」
「……」
嫌に決まっているが、シェラは今にも泣きそうな顔をしている。
「……私の選んだ服じゃ、気に入らないのか?」
「……」
分かっている、演技だ。
「私の見立てた服を着ているお前と、街を歩きたいのに……」
「……」
間違いなく、演技だ。
こんな可愛いことを言っていたって、宝石のような瞳を潤ませていたって、絶対に演技なのだ。
一流の行者であったシェラが、この程度の演技もできないわけがない。
「あ~、シェラのこと泣かせた~」
「うわぁ。それってどうなの? シェラが珍しくお願いしてるのにさ」
「……」
どうして自分がここまで責められなければならないのかまったく分からなかったが、とりあえず泣かれるのは嫌だった。
──まぁ、コートくらいなら。
シェラも子どもたちも、自分が本気で嫌がれば無理やりスカートをはくことを強要したりはすまい。
「……分かったよ」
降参のポーズを取るヴァンツァーに、「やった~」と声を揃える三人。
シェラはけろりとした顔で笑っている。
思わず苦笑してしまったヴァンツァーだ。
予想通りだとしても、やはり笑っていてくれる方がいい。
立ち上がり、支払いをしようとしたヴァンツァーは、シェラに止められた。
「私が払う」
「なぜ?」
「なぜって、女性に払わせるわけにいかないだろう?」
至極真面目な顔をしていて──それが、やけに男らしくて、ヴァンツァーは軽く目を瞠った。
「それに、たぶん今のお前じゃ、カードは使えない」
「……」
キャッシュカードには、別人が使用することを防ぐために生体情報を登録してある。
実際にまだ使っていないからどんな結果が出るかは分からないが、偽造したり盗んだカードを使用した瞬間、警報が鳴り響いて警官が駆けつける。
そんな危険を冒してまで試すようなことではない。
「いつももらってばかりだからな。──私からの、クリスマスプレゼントだ」
にっこりと笑うシェラに、ヴァンツァーは「ありがとう」と返した。
──そうして今回は珍しく、ヴァンツァーがシェラからのプレゼント攻めに遭うのであった。
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