恋つづり 夢まどい

シェラがその美貌をさらに輝かせて店員に用意させたのは、ボルドーのワンピースとケープだった。
ウールとカシミヤの混合布地は少し光沢があり、軽くて暖かいのが特徴の上質なものだ。
ワンピースは膝が少し出る程度の丈で、ウエストから胸部分までを黒い太めのリボンで編み上げてある。
そのリボンの両脇は、細かく薔薇の刺繍がしてある。
ケープは短めの丈で、黒い薔薇のコサージュとリボンで結んで留めるようになっている。
襟と裾に襞を持たせているのが華やかで可愛らしい。
──そう、非常に可愛らしい。
ヴァンツァーが青くなったのも頷けるというもの。

「お客様、ヘッドドレスはいかがいたしますか?」
「もちろん下さい!」
「かしこまりました」
「ちょっ──」

ヴァンツァーが止めようとした店員は、シェラの了承をもらうや、風の如く店の奥へ消えていった。
そうしてすぐさま、その手にはしごレースのヘッドドレスを携えて戻ってきた。
布地はワンピースと同じボルドーのレースで、両脇についている薔薇のコサージュと、顎で結ぶリボンが黒だ。

「……」

本当に、眩暈を起こしそうなほど可愛らしい組み合わせに、ヴァンツァーは固まってしまって動けなくなった。

「うわぁ、可愛い!!」
「うん。絶対似合うよ」

そんなわけあるか、と言いたかったに違いないヴァンツァーなど無視して、シェラは「でしょう?」とにこにこ顔だ。

「あえて黒で纏めないで深めのボルドー、ってのがいいわ」
「そうそう。意外と赤系統似合うよね」
「私もそう思うんだ。──あ」

シェラは思い出したように店員に訊ねた。

「オーバーニーソックスと、ブーツってありますか?」
「ご用意してございます」

そう言ったときには、別の店員がずらり、とそれらを並べてくる用意の良さだ。
シェラと双子はきゃっきゃ言って喜んでいる。
その間に割って入るのはとても勇気がいることだったが、ヴァンツァーはどうにか己を鼓舞して三人に話しかけた──そうしないと、二度と立ち直れなくなりそうだったのだ。

「……それは、お前が着た方がいい」

ソックスとブーツの吟味を始めた三人は、かけられた言葉にきょとんとした目を向けた。

「いくら何でも、それは着て歩けないぞ」

そう、シェラならばいい。
きっとよく似合うだろう。
誰もが振り返る美少女の出来上がりだ。

「パパ?」

青い顔をした父に、ソナタは不思議そうな目を向けた。

「それなら、まださっきの黒いドレスの方が……」

珍しく、冷や汗を流すほどに動揺しているヴァンツァーを見て、シェラはようやく得心がいった。

「何言ってるんだ。──これは、私の」
「……なに?」
「お前が着るのは、あっちだ」

シェラが指差した先には、女性の体型に合わせて作られたタキシードがあった。
ワンピースと同じくウィンドウに飾られていたのだが、気づかなかった。
ボルドーのワンピースと違ってやはり華やかさには欠けるものの、慣れ親しんだタイプの服と言えた。
とはいえ、傾国の美女と化したヴァンツァーが着るのでは、目立つな、という方が無理だろうが。
それでも明らかに安堵するヴァンツァーを見て、シェラは呆れ返ってしまった。

「さすがに、これをお前に着させるほど鬼じゃないぞ、私は」
「……」

さっきはピンクのドレスを着させようとしていたくせに、とは間違っても言わない。
余計な好奇心を持たれると厄介だ。

「やだもうパパったら~。いくら美人でも、これはパパには似合わないわよ」
「逆に美人すぎて似合わないよ」

ソナタもカノンも、始めから分かっていたらしい。
やはりシェラの腹から生まれてきたからだろうか、この三人はとても気が合うらしい。
時々、こういうところで疎外感を感じる。
だからといって、何でも分かっていなければ嫌だ、などと言う気は毛頭ない。
そんな非現実的なことは考えない。
ただ、ほんの少し、寂しさを感じるだけ。

「ほらほら。何ぼーっとしてるんだ。私も着替えるんだから、お前も着替えろ」

履くものの品定めを終えたらしいシェラが、今度は店員にタキシードを用意させてヴァンツァーを促した。
さすがに、今までで一番まともな服とはいえ、休日の街をこんな格好で歩いたらかなり目立つのではないか、と躊躇するヴァンツァーを見て、シェラはため息を吐いた。
そうして、つかつかと歩み寄ってきて、くいっ、と相手の袖を引いた。

「──お願い」

小首を傾げて、上目遣いになる。
今日何度もヴァンツァーを頷かせてきた、最強のおねだり攻撃だ。
普段は頼んだってこんな顔をしてはくれないから、ヴァンツァーには免疫というものがない。
たとえあったとしても、もちろん断ることはしない。

「──分かったよ」

だが、とヴァンツァーはふと思いついて顎に手をあてた。

「この服だと、先ほど買ったセーブルもミンクも、合わない気がするのだが?」
「「「────おぉ!」」」

シェラと双子の声が綺麗に重なり、そして……。

──シェラはタキシードに合うコートと靴も、用意させたのである。


大量の買い物をして大満足のシェラと、シェラが笑っていればそれで満足なファロット一家の面々は、華やかないでたちで休日の大通りを歩いていた。
ソナタとカノンは特に新しい服に着替えたわけではなかったが、ヴァンツァーのデザインした服はさすがにふたりのためだけに作られたものなだけあって、双子の魅力を最大限に活かしていた。
そして、その双子が現在荷物持ちをかって出ている。
今度こそ自分が荷物を持つ、と切り出したヴァンツァーは、

「それじゃあ並んで歩けないじゃないか」

とシェラに止められたのだ。
それはシェラが持っていても同じことのような気がしたヴァンツァーだが、肩をすくめてこう言った。

「……落ち着かないんだよ」

シェラは目を丸くしたものである。

「お前とフェミニストという言葉は絶対に合わないんだけどなぁ」

やろうと思えばいくらでも紳士的に振舞うことのできるヴァンツァーだったし、内面から滲み出るような品格と優雅さのある彼だから、女性の扱いは丁寧だ、と思われがちだ。
しかし、それは大きな間違いである。
女嫌い、とまではいかないが、自分の容姿というものを自覚しているヴァンツァーは、少しでも欲望の含まれた視線を向けられると嫌気が差してしまうのだ。

「そんな格好をしたお前に、平気で持たせられるわけないだろうが」
「こんな格好していたって、私は男だぞ」
「あの店員たちだって、誰も男だと思っていなかった」
「でも──」

放っておけば言い合いを始めてしまいそうな両親の仲裁をしたのは、子どもたちだった。

「はいはい、喧嘩しないの。──っていうか、相手を思いやりすぎて喧嘩するって、どこのバカップルよ?」
「ぼくたちが持つから、ふたりは手を繋ぐなり、腕組むなりしてよ。──見ないフリしてあげるから」

双子の方がずっと大人である。
さっさと荷物を持って歩き出した子どもたちの後ろに、両親がつき従っている。

「で? このあとはどこ行く?」

カノンの質問にシェラが答える。

「とりあえず通り抜けるし、一度車に戻って荷物を置いて、食事にしようか」
「は~い、賛成~。もう、ソナタお腹ぺっこぺこ!」

よ~し、と大きな荷物を片手に三つも四つも提げているのに、そんなものはないかのように腕を上げるソナタ。
子どもたちは愛らしい外見とは違ってかなり力がある──何せ鍛え方が違う。

「でも、良かったよね」
「何が?」

カノンの言葉にソナタが訊ねる。

「ん? いや、父さんの車が使えてさ」
「あぁ。でも、あれ『使えた』っていうか、『誑し込んだ』って言うんじゃないかなぁ?」
「だね。感応頭脳まで誑し込んじゃうんだから、本物だよね」
「口の巧い男は信用しちゃいけません、ってシェラが教えてくれたんだったかしら? 外見と口説き文句に騙されちゃいけないよ、って」
「うわぁ、説得力ゼロだね。──あ、そういえば父さんも言ってたよ。機械より人間口説く方が楽だって」
「え~?! それが一緒に暮らしてた人と一線越えるのに四年もかけた人の台詞~?!」

わざと聞こえるように話している双子に、背後の両親は顔を見合わせた。

「……お前、子どもたちに何を吹き込んでいる」
「お前こそ」

子どもたちが元気で無邪気なのは何よりだが、無邪気さそのものに邪気があるような気がしてしまう両親だった。
ここまで来ると、自分たちは話題の種というよりも、笑いのネタにされている気までする。

「──あ、そうだ!!」

唐突に大きな声を出すソナタ。
立ち止まる彼女に合わせて、ファロット一家皆が足を止めた。

「どうしたの?」

話しかけるシェラは、誰が見ても四十超えた男性には見えない。
とびっきりの美少女だ。
その隣にいるヴァンツァーも、まだまだ二十代にしか見えない極上の男装の麗人だった。
そんな両親を見てにっこりと笑ったソナタ。
思わず笑みを返してしまった両親だが、ソナタがこういう可愛い顔をするときに口にすることは決まっている。

「せっかくだから、あとで写真館行って記念写真撮ってもらおうね!」

──シェラとカノンに否があろうはずもなく、民主的とは大嘘な数の暴力、多数決にて、勝敗は決した。  




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