恋つづり 夢まどい

買い物と少し早めの夕食を済ませると、ファロット一家はソナタの宣言通り写真館へ向かった。
連邦大学惑星は撮影機器の持ち込みは非常に厳しく取り締まられているため、専門の写真館へ行かないとほとんど撮影というものができないのだ。
もちろん、携帯電話にも撮影機能などついていない。
その分客に手間を取らせることはせず、光学式の立体映像写真も、アナログなパネル写真も、その場で受け取ることができるのだ。
写真館の主人には店先に飾らせて欲しい、と懇願されたが、目立つのも、人目に晒されるのも困るので丁重に断った。
だが、その主人の気持ちが分からなくもないほど、ファロット一家を写した映像と写真は美しかったのだ。
家族写真を撮ると、彼らは真っ直ぐ家路についた。
ヴァンツァー以外はまだまだ元気いっぱいだったが、さすがに突然女性になってしまって戸惑い、疲れているだろう人間で遊びすぎた──とは誰も思っておらず、ただ単に家に帰ってもう一度じっくりファッションショーをしたかっただけなのだ。
正直勘弁してくれ、と言いたかったに違いないヴァンツァーだが、半日女物の服を次から次へと着せられていたからか、もうどうでも良くなってきていた。
──慣れとは恐ろしいものである。
ただ、ヴァンツァーがどうしても慣れることができなかったのが、女物の下着である。
なぜ世の女性たちがあんなにも窮屈で息苦しいものを、平気な顔で着けていられるのかまったく理解に苦しんだ。
それに関しては、シェラの方が一枚上手だ。

「この程度、コルセットに比べればまだ可愛いものだぞ?」

仕事をするからには、完璧を期すのがファロットだ。
女装だとて例外ではない。
あちらの世界でも、こちらの世界でも、シェラは女物の服を着るときには必ず下着も女物を身に着けた。
当然、女性のようなふくらみのない胸だから、詰めものもする。
それでも、自分のものを買いに行くのは平気なのに、ソナタのときには少々戸惑ったものだ。
だが、それで耐性がついたのか、今回ヴァンツァー用の下着を買いに行ったときには平然とした顔をしていた。
こんなところに入れるか、という顔をしたヴァンツァーを、「本人がいないと意味ないだろうが」と、またも半ば以上無理やりランジェリーショップに引きずり込んだ。
その頃カノンとソナタは別の店を見ていたのでいなかったが、カノンも割りと平気な顔で入ることができそうだ。

「家にいるときはいいが、外出するときはきちんと着けるのが礼儀だ」

と、もっともらしいことを言っているシェラだが、「あ~、これ可愛い!」とか、「やっぱり黒かな? いや、赤もいいな……意外と清楚な白も悪くないかも……」とぶつぶつ言いながら吟味しているところを見ると、楽しんでいるだけなのかも知れない。

「……そんなに好きなら、お前用にいくらでもデザインしてやるぞ」

投げやりな口調でそう言ったヴァンツァーに、シェラは微かに頬を染めた。

「……じゃあ、ベビードールも一緒にデザインしてくれる……?」

衝撃だった。
結婚十六年目にして初めて知った事実だった。
シェラはベビードールが好きらしい。
もっと早くに言ってくれれば、いくらでも作ったというのに。
遠慮などしなくても良かったのか。

「あぁ。ベビードールでも、ガーターベルトでも」
「本当か?!」

どうやら本気で喜んでいるらしいシェラに、ヴァンツァーは目を丸くした。

「そんなに好きなら、言えば良かっただろう?」
「……だって、恥ずかしいじゃないか」
「何を今更」
「それに、お前が嫌いだったら、嫌だなぁ、と……」

ボソッ、とささやくような声にも、藍色の目を真ん丸にしてしまった。

「べ、別に私は女装癖があるわけじゃないし、お前だって、私が男だって分かっていて一緒にいてくれるわけだし……」

わざわざ女物を身に着けるのは、何だか憚られたのだ、と本当に今更告白するシェラ。
ため息も零したくなるというもの。

「嫌じゃないよ」

──他の男の前でそんな格好をされるのは冗談ではないが。
そうして、シェラの耳元で低くささやく。

「──可愛い格好をして、俺を誘ってくれるんだろう?」

今のヴァンツァーは女性だというのに、シェラは顔を真っ赤に染めた。
だが、直後『負けるものか』、と視線を強くした。

「その前に、お前が可愛い格好で私を誘ってみろ」

そう言って、シェラはずいっ、と選んだランジェリーの数々をヴァンツァーに向けて差し出した。


「これでしょ~、これでしょ~、これとこれと、あと、これも可愛かったの」

家に帰ると、早速シェラは広い室内に本日の戦利品を並べてみせた。
まずは下着から、ということで、現在十組近いランジェリーがお目見えしている。

「あ、この赤いの可愛い!」
「でしょう?! 蝶のモチーフが気に入っちゃった」
「うんうん。スワロフスキーのポイントも素敵!」
「そうそう! 見えないところにいかにこだわるかが、お洒落の極意だと思うんだ」
「──いつ見せてもいいように、ね」
「きゃっ。やだぁ、もう、カノンったら!!」

ひょっこりと顔を覗かせたカノンの背中を、ソナタが叩く。

「だって、シェラだってそういうつもりで選んだんでしょう?」
「えっ?! い、いや……私は、その……」
「うわぁ、これなんかキワドイなぁ」
「あ、そ、それは……」

自分で選んで披露しておいて、あたふたとするシェラを、双子は両側からぎゅっと抱きしめた。
そうして、こっそり耳打ちした。

「──相手は百戦錬磨の女豹だけど、シェラだって負けてないわ!」
「──あの手のタイプは、絶対年下の可愛い男の子が好きだから、シェラ、ストライクだよ」

こくこく頷きながら双子のアドバイスを聞いていたシェラは、よしっ、と気合を入れた。

「頑張る!」

何をだよ、と思いはしても、もはや突っ込む気にはなれず、ヴァンツァーはひとりソファに腰掛けて明後日の方向を向いていた。

「ソナタ、妹がいいな」
「あぁ。うん、ぼくも」
「そ、そんな……ふたりとも気が早いよ……」

照れてもじもじとしたシェラは、ちらり、とヴァンツァーの顔を窺い見た。
目が合うと恥ずかしそうに顔を隠してしまうシェラに、ヴァンツァーはぱちくりと瞬きを返した。
意を決してにじり寄るようにしてヴァンツァーの足元まで来たシェラは、男装の麗人の手を取ると、真剣な顔で言った。

「私はどっちでもいいんだ。──……丈夫な子を産んでくれ」
「──……」

今朝見た夢が思い出され、ヴァンツァーはくらり、と眩暈を感じた。

「……俺が?」
「大丈夫だ。不安なことはあるかも知れないけれど、一応私は先輩だし……」
「いや、そういうことでは──」
「あっ……もしかして、私の子どもなんて、欲しくない……?」

これには頭を抱えるしかない。

「……だから、そういうことでは」
「じゃあ何だ! 他に男でもできたのか?!」
「……」

どうしてこの銀色は、こう、とんでもないことを次から次に考えられるのだろうか。
もう、いっそ尊敬してしまう。

「黙ってないで、言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないか!」

気の強い、それでいて泣き虫な銀色は、眼下から涙の浮いた瞳で睨みつけてくる。
ぐいっ、と袖口で目許を拭う。
ちらっと見た子どもたちが何も言わないところを見ると、彼らが怒るようなことではないらしい。
ヴァンツァーが目線だけで自分の部屋へ行くように示せば、何も言わずにリビングを出ていった。
さすがに女の身体になると腕力が違うのか、いつものように抱き上げることはできず、ヴァンツァーはシェラの身体をソファの上に引き上げた。
隣に座らせ、頭を引き寄せる。

「嫌か?」
「……嫌じゃない」
「俺もだ」
「……」

しばらくそのままでいたふたりだが、不意にシェラが口を開いた。

「……当たってる」

胸が。
頭をほとんど押し付けるようにされているのだ。
やわらかな、それでいて弾力のある豊かな胸の感触とぬくもりを、頬に感じて何だか気恥ずかしくなる。

「気持ち良くないか?」
「──えっ?」
「こうされると、安心しないか?」
「……」

自分だって男の端くれなのに、まったく意識されていないのだろうか、と思うと切なくなってくる。
しかも、この男は実体験として知っているのだ──女の胸の中で安心する、ということを。

──むかっ。

気づいたら、シェラはヴァンツァーをソファに押し倒していた。
藍色の瞳が大きく瞠られる。

「──もっと、気持ち良いことをしようか」  




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