For you・・・

双子は、いつになく深刻な顔をして頭を抱えていた。

「あーもう! 何も思いつかないよ!」

珍しく大きな声を出す双子の兄に、妹は「ほんとよ、まったく!!」と大きく頷いた。
現在ふたりは、広大なファロット邸にある、ちいさな洋館にいた。
近くには小川の流れる静かな場所であり、昔から内緒話をするときにはふたりは必ずここに来ていた。

「……それもこれも、みんな父さんが……」

悔しげに──むしろ忌々しげに──眉を寄せるカノン。
父のことはとても尊敬しているし、目標にしている部分もある。
しかし、ある人物に関することになると、カノンはすべてを切り捨てる。

「可愛いピアスとか指輪見つけたって、絶対パパが買ってくるものの方がグレード高いし。服だって、山ほど持ってるし──っていうか、持ってないものないだろうし、あったとしても全部パパが買っちゃうし……」
「──腹立つよね。ちょっとお金持ってると思って……」

そのおかげで自分たちは何不自由ない暮らしをさせてもらえているのだし、普段ならば感謝しても憤ることなどあり得ない。

「この家だってそうだよ。何軒立ててるんだか……」
「あー、これ、あれよ。絶対、シェラがどんな家が好みでもいいように、片っ端から建てていったのよ」
「ぼくもそう思う」
「ホント、節操ないわよねぇ~」
「余裕もないよ。──心狭いし」
「ちょっと悪戯すると、すぐシェラのこと取り上げるぞ、って脅してくるし」
「人としてどうなんだろうね、ああいうの」
「あ~、私、自分の将来がものすごく不安」
「ぼくも。顔がこれだけ似てるんだから、性格まで似ないとも限らないし」

顔を見合わせた双子は、はぁぁ、と大きなため息を吐いた。

「……じゃあ、ぼくちょっとそれとなくシェラに探り入れてみるよ」
「よろしく。私はとりあえず、何件か適当にお店回ってみる」
「ひとりで平気?」
「ちょっと寂しいけど……でもシェラのためだもん!」

よしっ、と気合を入れる妹に、カノンは微笑んだ。

「うん。よろしく」


ソナタが出かけてからもしばらく悩んでいたカノンだが、こうしていても仕方ない、と母屋に帰った。
そうして、出迎えてくれたシェラと言葉を交わすのもそこそこに、リビングのソファに座って頭を抱えた。
探りを入れると言ったって、どうすればいいものか。

「……どうかした?」
「──え?」

いつの間にか、シェラが隣に座っている。
足音をさせないのはいつものことだが、消してもいない気配に気づけなかったのだから、余程自分の思考に入り込んでしまっていたのだろう。
いつまでも若々しい美貌が心配そうに歪んでいて、カノンはぎょっとした。
こっちこそ、どうかしたのか訊きたいくらいだ。

「何か、難しい顔してる……嫌なこととか、あった……?」

世を覆うような気概の持ち主であるシェラがこんな風に瞳を揺らすことなど、数少ない身内に対してのみだ。
そうしてカノンは、シェラにこんな不安そうな顔をさせないことを至上命題と己に課していた。

「ち、ちょっ……何もないよ!」
「……ほんとう……? カノン、ひとりで帰ってきたし……」
「本当だよ! ぼくがシェラに嘘吐けないの知ってるでしょう?」

だからこそ、どう探りを入れるかで悩んでいるのだというのに。
声が裏返りそうになっていて、シェラは「うん……」と呟きはしたものの、納得はしていないようだった。
どうしよう、どうしよう、と半ばパニックに陥っているカノンに、シェラは困ったように笑った。

「……ごめん」
「いや、何でシェラが謝るの?」
「んー……カノンはやさしい子だから、きっと私がこんな顔していたら、心配するんだろうな、って思って」

──……あー、もう、抱きしめちゃってもいいですか?

思った直後には、彼は実行に移していた。
ぎゅっと抱きついてくる、もう自分の身長を追い越した息子に軽く目を瞠りつつ、シェラは背中を抱き返した。

「……どうしたの……?」
「──可愛すぎ」

生真面目な声で大真面目に返された言葉に、シェラはちいさく笑った。

「何それ」
「……反則だよ。むしろ犯罪」
「え~……」

あんまり嬉しくない、と拗ねれば、内心で「……喰っちまうぞ」と呟いたカノンが額を合わせてくる。
されるがままになっているシェラに、同じ色彩を持った息子は忠告してやった。

「……あのね、ぼくだって男なんだからね」
「うん、私もだ。おそろいだね」
「いや、そういうことでなく……っていうか言葉の使い方おかしいし」
「ん? そう?」

きょとんとした顔で首を傾げられ、カノンは真剣に理性と戦うハメになった。
延々円周率を数えても、五桁、六桁の掛け算をしてみても、細い身体をソファに押し倒しそうになる自分を意識の外に追いやれない。
倫理や禁忌というものに対して常人よりかなり認識が甘いことは自覚しているが、それにしたってこれはないだろう。
無理やり女性を犯しておいて「合意の上だった!」と言い張る最低な男の気持ちがちょっと分かってしまって、カノンはかなりショックを受けた。

「カノン?」
「……ちょっとタイム」
「え?」
「ちょっと待ってて」
「うん……それはいいけど……」

大丈夫? と顔を覗き込んでくるのを、「大丈夫大丈夫平常心ぼくはいい子ぼくは天使」と念仏のように唱えて自分に納得させる。
しばらく深呼吸を繰り返して、ようやく気持ちを落ち着ける。

「……シェラ、本当に四十歳……?」
「──歳の割りに落ち着きがないってこと?」
「いや、落ち着きがないのはぼくの心臓くらいだよ……」
「え?」
「いい、いい……」

考えることを放棄したくなってひらひらと手を振ると、シェラはやはり悲しそうな顔をした。

「──っ、だから!」

普段滅多に聞かないカノンの大きな声に、シェラはびくり、と肩を揺らした。
しまった、と額を押さえる銀髪の美少年。

「……ごめん、大きな声出して」

頭を下げれば、ふるふると首が振られる。
でも、と呟くシェラ。

「……本当に、どうしたの? 私には、話したくないことなのかな……だったら、ヴァンツァーとか誰か他の人にでもいいから相談してね?──カノンたちがつらい思いをするのは、嫌だから……」

頬を撫でてくる手がやさしくて、カノンは罪悪感に駆られた。
喜んで欲しいだけなのだ。
シェラに、笑っていて欲しい。
それだけなのに、どうして自分は一番大事な人にこんな顔をさせているのだろう?

「……正直に、言う」

軽く、シェラの瞳が瞠られる。
そうして、すっと表情を引き締める。

「うん」
「あのね……──今、欲しいもの、ある?」
「──え?」
「欲しいもの。……ごめんね。ぼく、何も思いつかなくて……」
「……何の話?」
「いや、母の日……」

喜んでもらいたくて一生懸命考えたのだけど、何をあげようとしても『あの』父を出し抜くことなど出来そうもないのだ。
悩みすぎて禿げそう、とぼやくカノンに、シェラは目をぱちくりさせたあと、ちいさく笑った。

「シェラ?」
「──カノンは、私のこと……好き?」

思わず目を真ん丸にしたカノンだ。
何を今更そんなことを。

「──もちろん。大好きだよ」

にっこりと極上の笑顔を浮かべれば、シェラもふわりと微笑んだ。

「うん。私は、そうやって笑ってるカノンが好き」
「シェラ……」
「大好き、って言ってくれて、にこにこ笑ってくれていて、時々ぎゅって抱きしめてくれる、カノンが好きだよ」
「……」
「ありがとう。カノンが、何より素敵な贈り物だよ」
「……」

感極まった少年は、ガバッ、とシェラに抱きついた。

「カノン?」
「──……凶悪」

ボソッ、と呟かれた声に、シェラは苦笑した。

「……何か、さっきからあんまりいい評価じゃないなぁ……」
「めちゃくちゃ褒めてます」
「だって、まるで私が犯罪者みたいだ」
「それは仕方ない。シェラの可愛さは犯罪級だ」

それも、第一級犯罪の部類に入る──否、心臓を射抜く殺人的な可愛さながら計画性はないので、第一級ではないかも知れないが。

「あー、もう、可愛いし、抱き心地いいし、甘い匂いするし」
「よく分かったね。さっきクッキー焼いたの。食べる?」
「……違うから。そうじゃないから」
「え?」

これを計算ずくでやっているのだとしたら、父より余程腹黒い。
『天然』と呼ばれる人たちはこれだから。

「あのね、シェラ」
「はぁい?」
「あんまり、ぼくをドキドキさせないで下さい」
「……何か悪いこと言った?」
「違うの、可愛いの」
「……カノンは、可愛い私は嫌いなの?」
「~~~~~~~~っ!!」

だからもう、どうしろと言うのだ。
何だ? 誘ってるのか? 押し倒して喰っていいなら、ご要望にお応えしますよ。
頭の中に数式を巡らせながら悶々としているカノンを、いま一歩のところで踏みとどまらせたのは、「ただいま~」という片割れの声だった。
大きな安堵と少しの残念さを胸に、カノンは「おかえり」と笑みを向けた。

「ただいま────あれ、クッキーの匂いだ」

相変わらずすごい嗅覚だ、と吹き出しそうになるのを堪え、「食べる?」と訊くシェラ。

「もっちろん! チョコチップとココアの枚数多めでお願いします」
「……リィかレオンかって感じの嗅覚だな」
「愛よ、愛。すべてはシェラに対する愛です」

呆れた顔になる兄に、ソナタは胸を張って言い切った。
そうして、三人揃ってダイニングへと移動する。
くすくすと笑いながらクッキーを盛った皿をテーブルへ置くシェラに、ソナタは小ぶりな手提げを差し出した。

「──なぁに?」
「シェラ、ネイルアート好きよね?」
「あぁ、うん。人にするのは好きだよ?」
「ソナタのことも、大好きよね」
「うん、大好き」

その返事に満足したソナタはにっこりと笑った。

「よし。じゃあやっぱり今年の母の日のプレゼントは、『ソナタさんの爪に可愛くネイルアートする権限』で決定ね」

カノンとシェラはしばらく笑顔の美少女を凝視したあと、──腹を抱えて笑った。

「え、何? 何で笑うの?」

本気で不思議そうな顔をしているので、余計におかしくなって笑い転げるふたり。
お腹が痛くて眦に滲んだ涙を拭い、カノンはソナタに伝えた。

「ぼくはね、もうあげちゃった」
「──えぇ?! さっきまで何も思い浮かばないって言ってたのに!!」

抜け駆け?! と頬を膨らませる妹に、困った顔を晒す兄。

「だって……シェラってば、ぼくがにこにこ笑ってて、時々抱きしめてくれると嬉しい、って言うんだもん」
「……何それ。何その可愛い台詞……」

明らかに、『カノンだけずるい』という感じの口調だ。

「ぼくも、あんまり可愛いから、抱きしめたまま押し倒しそうになって困ってたとこなんだよ」
「こらこら。──押し倒すなら私も入れてね、って言ったじゃない」
「うん。だから我慢してた」
「よろしい」

何だか不穏な会話が展開されている子どもたちにお茶を用意したシェラは、「気持ちだけで嬉しいんだよ」と微笑んだ。

「まったく、シェラったら無欲なんだから」
「そんなことないよ」
「そんなことあるって。──ま、これだけ父さんにパカパカ何でもプレゼントされてたら、自分からは欲しくなくなるのかも知れないけど」

肩をすくめるカノンに、シェラは曖昧な笑みを返した。
そんなことはない。
自分は、とても我が儘で強欲なのだから。

「……だって、男の私がふたりを授かったことが奇跡なんだから。ふたりが私の傍にいてくれる以上の贈り物なんて、ないんだよ」

もちろん、ソナタのプレゼントは楽しく使わせてもらうけどね、と笑う。
双子は、参った、という風に諸手を上げた。
自分たちはシェラが幸せであれば、それでいい。
いつまでも傍にいて欲しい、と言ってもらえるのならば、喜んでそうしよう。

「こうなると、パパが何を用意するのかが気になるわ」
「父さんって、王道で攻めてくるのに、えげつないくらいにやることすごいんだよなぁ」
「もの買うのに値段見ないし」
「そうそう。指輪一個でも安くて家一軒分とかするし」

あはは、と笑いあう双子を目の前に、がっくりと項垂れるシェラ。
そうなのだ。
そういう宝石の類ならば、家の中にごろごろしているのだ。
そんなにたくさん着ける機会もないし、無駄な金を使うなと言っているのに、「趣味だから」のひと言で済まされてしまう。

「まぁ、パパはシェラにプレゼントすることそのものが好きで、生き甲斐なんだから」
「いや、それがえげつないんだって。だって、父さんが自分のためにやっていることだったら、シェラ面と向かって断れないじゃない」
「──あぁ、シェラやさしいからね」
「そうそう。そこにつけ込んでるんだよ」

そういう自分もシェラに甘えきっているのだが、『自分はいいのだ』と思っている辺り、この父と息子は実はとてもよく似ているのだ。

「あ~、楽しみだなぁ。パパ、早く帰って来ないかな~」
「そういえば、父さんどこ行ってるの? 休日に仕事したらシェラに怒られるから、仕事じゃないんでしょう?」

ソナタに訊ねても首を傾げるばかりなので、双子はじっとシェラの顔を見た。
思わずたじろぐシェラ。

「い、いや……私も、知らないんだ」
「夕飯には帰ってくるんでしょう?」
「そのはずだけど……」

どうなんだろう? とシェラが呟いたそのとき、玄関の開く気配がして三人の意識が動く。
噂をすれば何とやら。
どうやら、この家の大黒柱のお帰りらしい。

「「おかえり」」

双子の声に、ダイニングへ入ってきたヴァンツァーはにこやかに「ただいま」と返した。

「おかえり……」
「ただいま」

言いながら、ヴァンツァーはシェラに手にしていたものを渡した。

「────うっわぁ……」
「そう来たか……」

驚きに藍色の瞳を瞠って口を押さえるソナタと、『やられた』という表情のカノン。
シェラはといえば、ただただ菫の瞳をぱちくりさせている。
その腕には、真っ白な──本当に、混じり気のない純白の薔薇の花束。
青い薔薇の品種改良はだいぶ昔に成功していたが、純粋な白薔薇だけは実現出来ないでいた。
どうしても、多少の赤みや黄みは入ってしまうのだ。
それが現在、完璧に真っ白い薔薇の花が、シェラの両腕いっぱいにあるのだ。

「これ……」

まだ呆然としているシェラは、ゆっくりとヴァンツァーに向かって顔を上げた。

「やっと出来たと、連絡が入ったからな。ちょうど良かった」
「これ……」

プレゼント? と訊ねるともなしに訊いてくるシェラに、ヴァンツァーは当然のような顔をして頷いた。

「嫌いか?」
「いや……」

緩く首を振る。
素晴らしい芳香に、眩しいくらいの白い花。
思わず目を細める。
この薔薇の品種改良にだって、途方もない数の人間の苦労と費用が掛かっている。
それなのに、どうしてだろう。
高価な宝石より、ずっと素直に笑顔が浮かぶ。

「……ありがとう」

贈り物をされるときはいつでも、真っ先にこの言葉を言いたいのだ。
けれど、何だか恥ずかしくて、躊躇ってしまう。
結果的に、まず文句を言ってからでないと受け取れないようになってしまった。

「──で、パパ?」

呼ばれて振り返る。

「今回のコンセプトは?」

娘の問いに、微笑する。

「抱えきれないくらいの花束と────……受け止めきれないくらいの、愛情」

そうささやいて、シェラの唇を吸い上げる。
見慣れた行為とはいえ、その瞬間双子は行儀良く視線を外していたが、ふと顔を見合わせると大きなため息を吐いて肩をすくめた。
大人の腕でひと抱えもある薔薇の花束を持っているから、腰を抱かれるままになっているシェラ。
その頬と言わず、耳と言わず、白い肌が赤く染まっている。

「……ほら、ね」

ポツリ、とカノンがぼやく。

「父さんは、王道なのに、えげつないんだ」

ソナタもしっかり頷いた。

「シェラに与えているのは愛情のはずなのに、見ている人間には容赦なくダメージ与えてる辺り、えげつない──むしろ大人気ない」
「それはいつものことじゃない」
「そうだけど……」

でもね、とソナタは少し困った顔になった。

「──今回に限っては、ちょっと素敵だなぁ、って……思っちゃったもの」

確かに、とカノンも賛同した。
何はともあれ、双子の天使は、シェラが幸せそうに笑っていてくれるのならば、何でもいいのだ。
──それに、ちゃんと知っている。
自分たちの前にいるときよりも、ヴァンツァー・ファロットという人間の前にいるときの方が、シェラはたくさんの表情を浮かべるのだ、ということを。
それは、『母』として、『恋人』として、『同胞』として──また、過去のある時点においては『敵』として。
どう頑張っても、双子はシェラの敵に回ることは出来ない。
好きだから、出来ない。
けれど、ヴァンツァーは違う。
憎んでいたわけではない──それでも、剣を闘わせた日々があった。
──だからこそ、今ふたりは一緒にいるのだ、と。
分かっているから、自分たちの前にいるシェラが笑っているなら、それでいい。
悔しいけれど、他の表情は父に譲ってやろうと思う。
そうしてもいいかな、と思う程度には、双子は父のこともちゃんと好きなのだから──。 




END.

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