二月十四日が土曜日というのは、都合が良い人もいれば悪い人もいる。
もちろん、全然関係ない人もいる。
逆に、ものすごい当事者になっている人もいる。
ここカイン校の校則はさほど厳しくないので、ヴァレンタインともなればチョコの匂いが教室の中に溢れることになる。
当日手渡し出来ないまでも──そこには休日ということや恥ずかしさなど様々な理由があるのだが──意中の人にチョコレートを贈りたいという気持ちでいる女の子は多い。
そして、古今東西、チョコやラヴレターを当人に気づかれないように贈る手立ては、割と共通である。
──ザバァッ!
とある男子生徒が、靴箱を開けたときに発生した音だ。
「……参ったな」
本当に困った顔になって頭を掻いているのは、高校生とは思えない長身の少年──しかも、かなりの美少年だ。
一年生ながら男子バスケットボール部のエースを務めるアリス・キニアンである。
ちょっと愛想は悪いが、周囲の男子より頭ひとつ分以上背が高く、顔も申し分のない彼は、実によくモテる。
長身・美形・運動部──高校生くらいまでの男子がモテるための必須条件である。
茶色の頭を掻きながら、靴箱から溢れかえった包みや手紙らしきものを眼下に収め、軽くため息を吐く。
嬉しくないわけではない。
キニアンだとて健全な男子なので、好意を表されれば、悪い気はしない──それが、自分に宛てられたものならば。
「……半分、ってとこか」
そう、彼の靴箱に入っていた贈り物のうちの半分は、別の人物へ宛てられたものなのであった。
「──うわぁ、キニアンすごーい!」
明るくはきはきとした大きな声が背後で聞こえて、キニアンはびっくりして振り返った。
まったく人の気配も、足音もしなかったからだ。
しかし、彼女にそんなことを言っても無駄である。
「……ファロット」
そこにいたのは、黒髪に藍色の瞳のとびきりの美少女だ。
この学校にいる生徒で、背中まで届く真っ直ぐな長い髪の美少女のことを知らない生徒はほとんどいない。
「ソナタでいいのに」
「……お前をそう呼ぶと、一部の女子と男子にものすごい目で睨まれるんだよ」
小声で呟かれた言葉に首を傾げたソナタに、キニアンは首を振った。
細かいことを気にしない性格の少女は、話題を靴箱から落ちたプレゼントの山に戻した。
「すごいね。それ、全部ヴァレンタインのプレゼント?」
「たぶん──って、お前のそれは? 誰かにやるのか?」
ソナタがずいぶん大きな紙袋を持っていることに気づいたキニアンはそう訊ねたのだが、ソナタは明るく笑って首を振った。
「もらったの」
「──は? もらった?」
「うん」
「男に?」
「ううん、女の子」
「……」
何とも言えない表情になるキニアンに、ソナタはまたもや楽しそうに笑った。
「知らない? 最近、『友チョコ』流行ってるの」
「『友チョコ』?」
「うん。女の子どうしとか、お友達にあげるの」
「へぇ……にしては、だいぶ数が多いみたいだな」
「キニアンほどじゃないと思うけど?」
不思議そうな顔になった少女に、少年は肩をすくめた。
「いいところに来た。その袋、まだ入るよな」
「入るけど」
「これ、カノンに渡してくれ」
これ、と言って示されたのは靴箱から溢れかえったプレゼントのうちの一部だ。
ソナタは、きょとん、とした顔で首を傾げた。
「確かにカノン甘いもの好きだけど、さすがに他の人宛てのはもらってくれないと思うよ?」
「違う、違う。こっちはお前の兄貴宛だ」
「──へ?」
「たぶん、あいつの靴箱はもっとすごいことになってるんじゃないか? 入りきらなかったんだろうよ」
ははぁ、と納得したソナタだ。
本人に直接渡す勇気はない、けれどチョコはあげたい。
靴箱に入れようと思ったら、他にもわんさか同じことを考えている女子がいた。
「それ、キニアンが食べちゃってもいいと思うよ」
「は?」
「だってさ、失礼でしょ。本人に直接渡せないから靴箱。それもダメなら他の人に頼む──っていうか、キニアン頼まれてもいないし」
「……それはそうだけどさ」
ソナタが意外にさっぱりした考え方をすることに驚いたキニアンである。
同じ女どうしのことだから、気前良く引き受けてくれるものと思っていたのだが。
「それに、キニアン一応カノンの彼氏だし」
「まぁ……」
参ったな、と胸中呟き嘆息したキニアンは、靴箱の陰からひょっこり覗いた銀色の頭に気づいた。
「どうしたの、ふたりして?」
「いいところに来た。カノン、これ持って帰れ」
「え?」
これ、とキニアンが指差したのは、溢れかえったプレゼント。
それをじっと見ていたカノンは、顔を上げるとキニアンに訊ねた。
「これ、ヴァレンタインのプレゼント?」
「たぶんな」
「アリスがもらったの?」
「俺の靴箱に入ってたけど、お前宛だ」
「ぼく?」
「お前のところに入らなかったんだろう。渡してくれって書いてある」
中にはその『お願い』の手紙すらなく、カノンの名前だけが入ったものまである。
自分の分はとりあえず鞄にしまおうとキニアンが手を伸ばすと、カノンにその手を取られた。
眉を上げて頭ひとつ分ほど下にある美貌を見下ろすと、『天使』だの『王子』だのと呼ばれている少年はにっこりと笑った。
「それ、受け取るの?」
「え?」
「アリス宛の、受け取るの?」
「……受け取るっていうか、持って帰らないとここで腐ってくだけだろう?」
「持って帰るの? それ、欲しいんだ?」
「は?」
「じゃあぼくのもあげる。それ、全部持って帰っていいから」
「おい、何言って」
「良かったね、たくさんもらえて」
「……」
にこにこと微笑んでいる美少年に、キニアンはちょっと考えてから訊ねてみた。
「……お前、何か怒ってるか?」
「ぼくが? 何で?」
「いや、何となく」
「全然。怒ってるように見えるのかな?」
「だから、何となくだよ」
「あ、そう」
それだけ言うと、カノンはキニアンとソナタに背中を向けた。
これどうするんだよ、とキニアンが追いかけて行くと、カノンは自分の靴箱を開けていた。
キニアンのところ同様、可愛くラッピングされた包みが散乱していた。
毎年こうなのだろう、カノンは鞄の中から紙袋を取り出すと、プレゼントを全部そこへ詰め込んだ。
用意がいいな、と思っているキニアンに向かって、カノンはまたもやにっこりと微笑んだ。
そうして、ずいっ、とチョコで溢れた紙袋を差し出したのである。
目を丸くしているキニアンに、カノンは言った。
「あげる。ぼくからのヴァレンタインのプレゼント」
「──は?」
「キニアンが甘いもの好きだとは知らなかった。良かったね、たくさんあって」
「……お前、絶対怒ってるだろう」
「何で?」
「また呼び方変わってる」
「そう? どうでも良くない、そんなこと?」
「……」
何も言い返せないでいるキニアンに紙袋を押し付けると、カノンはソナタに微笑みかけた。
「帰ろう」
スタスタと行ってしまったカノンの背中を見送るふたり。
ソナタは、キニアンに耳打ちした。
「だからカノンに言わないで持って帰っちゃえば良かったのに」
「……何で怒ってるんだ、あいつ」
ソナタは「信じらんない!」と非難する顔つきになった。
「彼氏が他の女の子からのプレゼント持って帰る上に、自分にも持って帰れなんて言われたら、傷つくでしょ普通」
「そうか?」
「……パパ並みに空気読めない男の人に初めて会ったわ。パパは『あえて』だけど、キニアンの場合ホンモノだもんね」
「お前、ほんと歯に衣着せないよな……」
「正直だね、ってよく褒められるのー」
笑っていたソナタだが、ポン、とだいぶ上にある少年の肩を叩いて忠告してやった。
「とりあえず、明日はうちにいらっしゃい」
「明日は練習が」
「いいから、絶対来なさい」
藍色の瞳に殺気すら込めている美少女に、キニアンは若干たじろいだものの「何でだ」と訊いた。
ソナタはふぅ、と軽く眩暈を起こしたフリをした。
「明日は何日」
「十四日」
「二月十四日って、何の日」
「ヴァレンタインデーだろう?」
「知ってるならうちに来なさい」
「だから、何で」
「──明日がヴァレンタインだからよ!」
いいからつべこべ言わずに来い! と襟首掴まれたキニアンは、自分よりずっとちいさくて華奢な女の子がものすごい握力と腕力をしていることに感心してしまった。
「お前、すごい力あるな」
だから正直にそう言っただけなのに、ソナタは絶望的な表情を浮かべた。
「……カノンの男を見る目って皆無だわ」
当の兄も、ソナタに対して同じことを思っているとは知る由もなかった。
男子バスケ部の先輩たちは、そのことごとくがカノンのことを『天使様』だと思っている。
しかも、信仰心はかなり篤い。
だから、キニアンが十三日の練習のあとで翌日はファロット邸に赴かなければならないため休ませて欲しい旨を告げると、ものすごく嫌そうな顔をしたあとで頷きを返した。
蛇足ながら、嫌そうな顔をした理由はキニアンが休むからではもちろんない。
彼がファロット邸に赴くということが、ひいては、カノンと休日にまで会えるということが羨ましくて許せないのである。
しかし、『天使様』のご意向には逆らえない。
ぺいっ、と部室を追い出されたキニアンは、その夜とりあえずカノンにメールを入れてみた。
『 妹から聞いてるかも知れないけど、明日行くから 』
実に簡潔なメールだったが、帰ってきたメールはもっと簡潔だった。
『 そ 』
それを見たキニアンは、このメールに対して返信をするべきなのか否か、一時間ほど悩んだ挙句に、「……ま、いいや」と結論付けて眠ってしまったのであった。
翌日、キニアンがファロット邸に着くと既に先客がいた。
「──あ、お兄ちゃん、彼氏来たよー」
相変わらず綺麗な骨だなぁ、とほくほく顔の金髪美人に迎えられたキニアンは、ファロット一家全員が揃っているリビングへと通された。
シェラとヴァンツァーにぺこり、とお辞儀をすると、シェラからは穏やかな微笑みが、ヴァンツァーからは目礼が返された。
「お兄ちゃんって呼ばないで、って言ってるでしょう」
「だって、ソナタちゃんのお兄ちゃんだもん」
ねー、と声を揃えて笑い合うライアンとソナタに、カノンはその天使の美貌を思い切り歪めた。
これを見たら先輩たちもカノンを天使だと言わないだろうに、と思ったキニアンである。
とりあえず、彼は気になったことを訊ねてみた。
「すごい匂いだな」
リビングへ来る途中でダイニングを抜けてきたわけだが、もう、家中に甘い匂いが立ち込めている。
訊かれたことに、カノンはやはり笑顔で答えた。
「好きなんでしょう、甘いの」
「いや、別に好きじゃ」
「昨日あんなにチョコもらってたじゃない」
「あれは……」
言いかけたキニアンは、持って来た紙袋を差し出した。
昨日、カノンに押し付けられたものである。
「返す」
「いらない」
「なら自分で処分しろよ」
「それ、もうキニアンにあげたものだから」
「だから、お前は何で怒ってるんだ」
「怒ってない」
「嘘吐け。怒ってないなら、何で名前で呼ばないんだよ」
「名前で呼んで欲しいわけ?」
「別にそういうわけじゃ」
「だったら良くない?」
「……」
取り付く島のないカノンに嘆息したキニアンは、ちらり、とシェラにSOSの視線を向けた。
当のシェラはくすくすと微笑んでいる。
その隣では、ヴァンツァーまでもが面白がるような顔をしている。
ソナタはきゃはは、と笑っているし、その隣にライアンは何を考えているのかよく分からないが常に笑みを浮かべている。
深くため息を吐いたキニアンだ。
「……お前の機嫌が直らないと、先輩たちにひどい目に遭わされるんだよ」
「ぼく関係ないし」
「大アリだ。あの人たちはお前のことを『天使』だと思ってるんだから」
「だから、そんなのぼくに関係ない。勝手に思ってればいいじゃない」
「あのなぁ」
「っていうかさ、何で今、先輩たちの話になるのかな」
「だから、お前の機嫌が」
「ぼくが言いたいのは、先輩たちじゃなくて、キニアンのこと」
「は? 俺?」
「ぼく、全然別に不機嫌でも何でもないけど、それでキニアン困るわけ?」
腕組みして顎を逸らしている銀髪の美少年に、キニアンはぱちくり、と瞬きをした。
「先輩たちがどうこうじゃなくて、キニアン、困るの?」
「いや……」
「困らないならいいでしょう」
「……」
ふんっ、と鼻を鳴らす女王様に、キニアンは益々『どうしよう』という顔になってシェラに救いを求める視線を送った。
が、やはりシェラはおかしそうに笑っているだけ。
ソナタなど、膝を叩いて──ライアンの肩までバシバシ叩いて笑っている。
男性陣に視線を送っても、ヴァンツァーには肩をすくめられ、ライアンはやはり楽しそうに笑っているだけ。
──どうしろっていうんだ……。
と、どこにも居場所のない気分になったキニアンだった。
もう帰ろうかな、と思っていると、カノンがおもむろにダイニングの方へ向かった。
追いかけようかとも思ったキニアンだったが、「こっちへおいで」とばかりにシェラに誘われたので、ソファに座ることにした。
それでもやはり居心地の悪い思いをしていると、しばらくしてカノンが戻ってきた。
その手には、粉砂糖で薄化粧を施したガトーショコラ。
「きゃー、さすがカノン! ちょー美味しそう!!」
はしゃぐソナタの隣で、ライアンも「はやくちょーだい!」と碧眼をきらきらさせて尻尾を振って待っている。
「うん、上手に焼けたね」
シェラに太鼓判を押されたカノンは嬉しそうに微笑んだ。
こういう顔をしていれば可愛い天使なのにな、とこっそり思ったキニアンである。
ふんわりさっくり焼きあがったガトーショコラをカットしたカノンは、まずはソナタとシェラに緩く七分立てにした生クリームを添えて出してやった。
次に、あまり甘いものが得意ではない父にも、ちいさめにひと切れ。
そして、じっとこっちを見て「早く、早く」と訴えている金髪美人にひと言添えて出してやった。
「ソナタがどうしても、って言ったからなんだからね」
大雑把──もとい、おおらかな性格が災いしてか、あまり料理の得意でないソナタが、是非ライアンにも食べさせてあげてくれ、と頼んだのである。
当のライアンは、「何でもいいから早くちょーだい」と尻尾フリフリ餌を待っている状態だ。
それらの一連の流れを他人事のように見ていたキニアンだったが、カノンがこちらを振り返ったので思わず背筋を伸ばした。
菫の瞳が、じっと見つめてくる。
最後の審判を待つような気になってきたキニアンに、カノンは言った。
「──欲しい?」
「え?」
「ケーキ、欲しい?」
「……まぁ」
さして甘味は好まないが、みんなが食べているのにひとりだけ皿を持っていないというのも寂しいものがある。
「どうしても、欲しい?」
どうしてもというわけじゃ、と言おうとしたキニアンだったが、そこはぐっと堪えた。
なぜならば、シェラとソナタが同じ顔で揃って首を振っているからだ。
二対の瞳が、「言うな、思ってても言うな」と訴えているので、キニアンも目で「分かった」と返した。
よし、とばかりにシェラとソナタが親指を立てた。
どうやら応援されているらしい、と気づき、キニアンは座ったまま、立っているカノンを見上げて言った。
「……俺にももらえると、嬉しい」
「──嬉しい?」
「あぁ」
「本当に、嬉しい?」
「うん」
こっくりと頷くと、カノンはふふん、と鼻を鳴らした。
「ふぅん。どうしてもって言うなら、あげなくもないけど」
その頬が、ちょっと嬉しそうに緩んでいるのに気づいたシェラとソナタは「「よしっ」」とちいさくガッツポーズを決めた。
「言っておくけど、別にヴァレンタインのチョコ代わりってわけじゃないからね。たまたまケーキ焼いただけなんだから」
「……あー、うん」
「で、たまたまアリスがうちに来て、どうしても食べたい、って言うからあげるだけなんだからね」
「分かったよ」
キニアンが頷くと、カノンも「よし」とばかりに頷いた。
そうして、彼にもひと切れ差し出したのである。
いただきます、と言い添えてフォークを口に運んだキニアンは、おや、と眉を上げた。
「……結構ビターなんだな」
「父さん、甘いの苦手だから」
「ふぅん」
「美味しいの、美味しくないの?」
「美味いよ」
「あ、そう」
本当に美味しいのだろう。
甘いものは苦手だ、と言いながら、シェラが淹れてくれた紅茶と一緒に綺麗に平らげた。
ごちそうさまでした、とテーブルに皿を置くと、「美味かった」と告げる。
カノンは「当然」という顔をしている。
「愛情込めてるもんね~」とライアンが笑って言えば、「あなたのには込めてません!」とカノンが反論し、「「じゃあキニアンのには込めてるんだ~」」とシェラとソナタがきゃー、と声を揃える。
何事か抗弁しようと思ったらしいカノンだったが、疲れたように嘆息して肩を落とした。
ちらっ、とキニアンの顔を伺う。
何だ、という風に首が傾げられたので、ふんっ、と鼻を鳴らして顔を背けてやった。
一体何なんだ、とため息を零すキニアンに、幸せそうにケーキを頬張っていたライアンが言った。
「良かったねぇ、こんなに美味しいケーキが食べ放題で」
「……はぁ」
絶対餌付けされてるこの人、と若干気の毒に思ったキニアンに、横から声が掛けられた。
「ねぇ、ねぇ、で、どっちが告白したの?!」
興味津々に身を乗り出したのはシェラである。
カノンは口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになり、反射的に飲み込んだものだから激しくむせている。
そんなカノンを尻目に、キニアンは珍しくにっこりと微笑むと逆に訊ねた。
「シェラさんのところは、どうだったんです?」
「──え?!」
びくっ、と肩を震わせ、頬を染める少女のような四十路男は、急にそわそわし出した。
「わ、私じゃないからな! 絶対、絶対、私じゃないんだからな!」
そうだよな?! とヴァンツァーに確認を取ると、いくつになっても妖艶な美貌を誇る男は口許に薄っすらと笑みを浮かべた。
「いいよ、俺が先で」
「何だその言い方! 何でお前が妥協してるみたいな言い方になるんだ!」
「ひと目惚れしたくせに」
「なっ──ちがっ! あれは、ただ単にお前の顔は綺麗だな、って思っただけで、別に惚れてない!!」
「だから、そういうことにしておいていいよ」
「ちがーう! 絶対違う! 私じゃない!!」
「はいはい」
実際どちらでも構わないと思っているヴァンツァーだから、こうしてシェラがあたふたするのを見て楽しんでいるのである。
それを知っているだけに双子の子どもたちは顔を見合わせて肩をすくめ、ライアンはケーキのおかわりをもらい──勝手に取ったが正解だが──、キニアンはじっとカノンの顔を見ていた。
その視線に気づいたカノンは、なに、と視線で問うた。
「いや、別に」
「言いたいことあるなら言ったら?」
その口調に、キニアンはちいさく笑って答えた。
「──お前、シェラさん似なんだな」
──三月十三日。
「はい」
教室でそれだけ言って手渡された包みを、カノンは不思議そうな顔で眺めた。
きょとん、としている間に、キニアンは「俺、部活だから」とさっさと行ってしまった。
未だにちいさな手提げ袋に入れられたものが何なのか分からないカノンだったが、割と有名な洋菓子店のものであることは分かった。
ソナタに「帰ろう」と言われて帰路につき、その道中ふたりで中身を覗いて目を丸くした。
透明な円筒型のケースに入っているのはマカロンだ。
ころん、とした形の色とりどりのパステルカラーが、きっちりと詰められている。
「わー、可愛いね」
ソナタはそう言ったが、カノンは袋を持った手をぷるぷる震わせていた。
そして、家に着くまでの間、珍しく彼はずっと喋っていた。
内容としては……
「っていうかさ、あり得なくない? 何でさっさと渡して自分部活行っちゃうわけ? 何かさ、ホワイトデーって、もっと、こう、演出とかあってもいいんじゃないの? ぼくらがシェラにあげるときだってそれなりのこと考えるしさ。付き合って最初のホワイトデーだよ? 何なの? マカロンは可愛いよ。美味しいから好きだよ。でもさ、『はい』って手渡して『じゃあさよなら』みたいなのってなくない? ないよね? 絶対ないよ、そんなの」
といった感じのことを延々口にしていたわけだが、ソナタはうんうん頷いて大人しく耳を傾けながら心の中で思った。
──あー、カノンって、嬉しくてテンパると口数多くなるんだわぁ~。可愛い。
顔はシェラ似のソナタだったが、中身はカノンがシェラに似たんだなぁ、と実感した日なのだった。
END.