──Side ライソナ
「ライアンって、こういうお店によく来るの?」
真っ白いケープで雪うさぎのようだったソナタは、今は藍色のドレスが華やかなちょっぴり大人の女性へと変身していた。
目の前に座るスーパーモデル体型の美女にしか見えない青年も、平素のカジュアルな服とは違ってスーツを身に纏っている。
赤いシャツに黒いネクタイ、白いジャケット。
おいそれとは着られないような色味の服を、厭味でなく着こなしてしまうあたり、さすが美術に造詣が深いだけのことはある。
「ん~、美味しいところならどこでも」
クリスマス・イヴであり可愛い恋人の誕生日でもあるからか、ライアンがソナタを伴ったのは普段のデートならば行かないようなホテルのレストランだった。
現在ふたりはコース料理に舌鼓を打っている。
カジュアルなフレンチだが、素材の味を活かした調理方法にはふたりとも大満足だった。
「……でも、こういうところって高くない?」
ちょっと心配になったソナタだ。
良い材料を腕のいいシェフが調理すれば、それだけでそれなりの値段はしてしまうのである。
ソナタは、ライアンとのデートのときに財布を出したことがない。
出させてくれないのだ。
それなりに裕福な家だから、お小遣いだってもらっている。
それでも、この青年は首を縦に振らない。
「いいんだよ、そんなこと気にしなくて」
「でも」
「美味しくない?」
「すごく美味しい」
「なら良かった」
ソナタのグラスにはジュースだが、ライアンのそれには現在白ワインが注がれている。
ひと口飲んだ青年はにこっと笑って言ったものである。
「デートのときは、女の子のバッグの中は口紅とハンカチだけ入ってればいいの」
「──……」
あとは最高の笑顔だね、と臆面もなく言い切った。
外見からしてモテるに違いない、とは思っていたが、二十歳そこそこでこんなことを言えてしまうほどとは思っていなかった。
常日頃は突拍子もないことを言って笑わせてくれる青年だが、実は父なんかよりも余程デキる男なのではないか、と思う瞬間だ。
「ん~、満足」
デザートの盛り合わせも完食し、ソナタは言葉通り満足そうな笑みを浮かべた。
「良かった」
「ありがとう、ライアン」
「どういたしまして──さて、と」
ひとつ息を吐いた青年に、もう帰るのかな、と思ってしまったソナタである。
まだ夜の八時前だ。
もうちょっと一緒にいたいな、と思ってしまうのは当然だろう。
「じゃあ、ソナタちゃんに、誕生日プレゼント」
「──え? さっきもらったよ」
現在左手に嵌められているピンクゴールドの指輪。
さっき会ったときにもらったものだ。
「それはクリスマスプレゼント」
「え……?」
「誕生日プレゼントは、──こっち」
言ってテーブルの上を滑らせたのは、一枚のカード──カードキーだ。
「受け取ってもらえるかな?」
「……」
「ダメなら、シェラさんたちのところに送っていく」
「……」
「おれは、ソナタちゃんと一緒にいたいな」
笑みとともに告げられた言葉に、ソナタはちいさく頷いた。
──Side カノキニ
「──カノン?」
チェロを車に置いて──無論、セキュリティ面は万全の駐車場だ──昼食に向かった後、カノンとキニアンは街を歩いていた。
あまりこういったデートもしないので、これはこれで新鮮だ、と思いながら歩いていたキニアンだったが、カノンがとある店の前で脚を止めたので一緒に立ち止まった。
宝飾店なのだが、そこのウィンドウに飾ってあるちいさなリングが二連になったネックレスが気になるらしい。
「欲しいの?」
声を掛ければ、こちらがびっくりするくらい大きく肩を揺らして振り返った。
「ち……違うよ。こういうの……ソナタに似合いそうだな、って……」
思っただけ、と言うカノンだったが、ほんの少し瞳が揺れている。
そのネックレスはピンクゴールドとホワイトゴールドのちいさなリングに、これまたちいさなクリスタルが二、三石ずつ嵌められたもので、とても可愛らしい。
確かにソナタも好きそうだとは思うのだが、鈍感だのKYだの言われているキニアンにだって分かる。
「お前にも似合いそうだけどな」
「──え?」
そう言って、キニアンはカノンの手を引いて店の中に入った。
「ちょっ!」
「すみません。ウィンドウのところにあるネックレス、見せて下さい」
「アリス」
「あ、どうも」
「ちょっと」
「後ろ向け」
「でも」
「いいから」
「…………」
仕方なく、といった感じで背中を向けたカノンの首に、ネックレスを宛がう。
「色白いから、似合うよ」
「…………」
背後の店員も「お似合いですわ~」とか「素敵ですね~」といったようなことを口にして賞賛しているらしかったが、カノンは俯いた。
「……いい」
「何で?」
「いいよ」
「こういうのは自信ないけど、似合うと思うぞ」
「いいの!」
いつもなら「当然でしょ?」くらいのことは言うのに、何か様子が変だ。
「カノン?」
努めて穏やかに訊ねれば、唇を尖らせた女王様がいる。
「……だって、何か、やだ……買ってくれって、ねだってるみたいだ」
これには呆れてしまったキニアンだ。
だから、とりあえず訊いてみた。
「気に入ったの? 気に入らないの?」
「……可愛い」
「じゃあそれでいいじゃん」
あっさりそう言うと、「これ下さい」と店員にネックレスを渡した。
「アリス! ぼくの言うこと聞いてた?」
「聞いてたよ。気に入ったんだろ?」
一応返事はしているものの、キニアンは店員相手に会計を済ませようとしていた。
「プレゼント用に包装して下さい」とか言っている彼氏に、カノンはどこか泣きそうな表情になった。
「いいって言ってるのに!」
「──あのさ」
だいぶ頭上から銀色の頭を見下ろしたキニアンは、軽くため息を吐いて言った。
「お前は、俺相手に遠慮する必要なんてないんだよ」
「──……」
「お前が喜んだら俺が嬉しいんだから、買わせておけ」
「……」
すっかり包装の済んだちいさな手提げを渡されると、キニアンは「行くぞ」とだけ告げて店を出た。
追いかけたカノンは、彼氏のコートの裾を引いて呟いた。
「……ありがとう」
その顔が真っ赤だったことは、見ないことにしたキニアンだったのだ。
Merry Christmas・・・