クリスマス・イヴ(朝)

祈るのは、ただひとつ。

──あなたが、幸せでありますように。

「シェラ、こんな感じで大丈夫ですか?」
「んー? あぁ、うん、いい感じ」

にっこりと微笑んで見上げてくる聖母に、キニアンも笑みを返した。
毎年恒例のセントラルホテルでのクリスマス。
今年は双子の彼氏たちも呼ばれ、賑やかなクリスマスの予定だ。
そして、わざわざホテルでの滞在だというのに、シェラとキニアンは現在キッチンで小麦粉や卵や砂糖と格闘していた。
いや、主に奮闘しているのはキニアンだ。
クリスマス兼双子の誕生日ケーキを作っているのである。
苺が大好きな双子のために、真っ赤に熟れた大粒の苺をたくさん用意した。
これはライアンの実家から取り寄せたものだ。
そのまま食べるのに向いているもの、ケーキの中に入れるのに向いているもの、少し酸味が強く、ソースとして使うのに向いているものなど様々だ。
ホイップも苺のピューレを入れたピンク色にする予定で、今からカノンが大喜びする顔が目に浮かんで、キニアンは口許を綻ばせた。
とりあえず、先ほど朝一番で『おめでとう』は言った。
夜にはプレゼントを渡す予定なのだが、喜んでくれるだろうか。

「あー、苺だ」

タイミングよくカノンがキッチンを覗きにきた。

「カノン、苺好きだもんね」

くすっとシェラが笑うと、カノンはとろけるような笑みを浮かべた。

「うん、大好き!」

その笑顔と力強く口にされた言葉に、くらり、と眩暈がしたキニアンだ。

「……カノンさん」
「ん」
「も、もう1回……」

賄賂とばかりにそっと苺をひと粒差し出す青年。
受け取ってぱくり、と赤い宝石を齧ったカノンは、きょとん、とした顔で首を傾げた。

「何が?」
「だから……苺、好き」
「うん、好き」
「大好き?」
「大好き」
「シェラも好き?」
「ちょー好き」
「──俺は?」
「普通」
「…………」

えぐえぐ、と泣きながら抱きついてくる大きな身体に、シェラは苦笑を返した。
細身ではあるが広い背中をぽんぽん叩いてやりながら、内心で舌を出して苺をパクついているカノンに言った。

「寝ぼすけふたり、起こしてきてくれる?」
「父さんはシェラが行った方が喜ぶと思うけど」
「起きないからダメ」
「あー、なるほど」

りょーかい、と返し、もうひと粒苺を手にしたカノンはまず妹のいる部屋へと向かった。

──直後、プラチナスイートにカノンの悲鳴がこだました。

はっとしたシェラとキニアンは、手にしていたボウルや泡立て器を放り出してそちらへ向かった。

「「──カノン?!」」

ソナタが眠っているはずの部屋に飛び込んだふたりの目に映ったのは、カノンが枕でバンバン思い切りライアンを叩いている光景だった。

「何でいるの?!」
「え、おれちゃんとドアから」
「何でソナタの隣で寝てるの?! って言ってるの!!」

この変態! と眉を吊り上げて害虫を叩き潰すように枕で殴っているカノン。
シェラとキニアンは、ぽかん、とその様子を眺めている。

「だって、気持ち良さそうに寝てるから、起こすの悪いかなって」
「隣で寝ることないでしょう?!」

馬乗りになってライアンを怒鳴りつけているカノンを見て、キニアンが静かに室内へと入っていった。
その動きを目で追うシェラ。

「そのまま襲っちゃえ、とか思ったんでしょ」
「さすがに寝てる女の子襲うほど悪趣味じゃないよ」
「どうだか。だいたい──」

更に文句を言おうとしたのだが、背後から羽交い絞めにされてベッドの上から引き摺り下ろされた。

「ちょっ、アリス!」

何すんの、と頬を膨らませる天使に、キニアンは言った。

「何となく体勢が気に入らん」
「はぁ?」

意味分かんない、と膨れたカノンはキニアンの腕の中で暴れ、どうにか自由を取り戻した。

「んー……」

この騒ぎでも寝ていられるのはさすが『おおらか』で『大物』なO型。
眠い目を擦ったソナタは、まず最初に視界に入った美貌ににっこりと微笑んだ。

「あー、ライアンだ。おはー」
「おはよう、寝ぼすけお姫様。──お誕生日おめでとう」

ちゅ、と祝福のキスをひとつ。
くすぐったそうな顔でそれを受け取ったソナタだったけれど、一部の外野が何だか不穏な雰囲気を醸し出している。

「おはよ、カノン」
「おはよう」
「おはよ、キニアン」
「お、おはよう」

顔を背けているキニアンに、首を傾げたソナタである。

「キニアン、どうかしたの?」
「……いや、何でも」

そう言って、部屋から出て行ってしまった。
また首を傾げたソナタだ。
答えは、くすくす笑ったシェラからもらえた。

「勢いで女の子の寝てる部屋に飛び込んじゃったから、いたたまれなくなったんだよ」
「へ? 何で?」

よく分からない、という顔をする娘に、シェラは苦笑した。

「アー君はシャイだからね。女の子のプライヴェートな空間を覗き込んだみたいで、恥ずかしくなっちゃったんじゃないかな」
「ふーん、そういうものなの?」

ライアンに訊ねたが、こちらも首を傾げている。

「そんな風に思う殊勝な性格してるなら、ソナタの隣に忍び込んだりしません」

腰に手を当ててぷんすか怒っているカノン。
ソナタはぽん、と手を打った。

「──カノンも忍び込んで欲しかったのね?」

大きな否定の声が、キニアンのいるキッチンまで届いた。


てっきり、「シェラがキスしてくれなきゃ起きない」と言うと思ったヴァンツァーは、双子が寝室へ起こしにいくと既に起きて着替え終わっていた。

「あれ。パパ意外と早起きだ」
「もう少し早く起きるつもりだったんだがな」

苦笑して、おめでとう、と双子にキスをする。

「ありがとう。──それ、シェラが編んだやつ?」
「あぁ。枕元に置いてあった」
「顔見て渡せばいいのに。恥ずかしかったのかなぁ」
「むしろ俺が恥ずかしい」

真顔でそう言う父に首を傾げた双子だったが、背中を向けられて納得した。

「でも着るんだ?」

笑いすぎて涙を流しているカノンの言葉に、こっくりと頷く男。

「もらえるものは、もらう主義だ」

シェラ限定で、という留保がつくのを双子はよく知っている。
そして、恥ずかしいと言いながら、実はその顔が嬉しそうなのも見ずとも分かるのだ。
仲良く三人揃ってダイニングへ向かうと、キッチンではキニアンがオーヴンと睨めっこを始めていた。
シェラはライアンにお茶を振舞っている。

「ふたりとも朝食まだだよね?」

シェラの問いかけに、彼氏ふたりはこっくりと頷いた。

「じゃあご飯にしよう。ここのモーニングセットはなかなか美味しいんだ」
「俺が」

うきうき、といった感じで微笑んでいるシェラにそう言うと、ヴァンツァーは内線へと向かった。

「「──あ」」

キニアンとライアンは思わず声を揃えた。
ふたりとも目が真ん丸である。
シェラと双子は、「「「ぷくくっ」」」と笑っている。
前から見ればとても四十代の男には見えない卓越した美貌のヴァンツァーが、超一流ホテルのスイートでルームサービスを頼む。
これ以上はないほどスタイリッシュな画だ。

──しかし、アイボリーの毛糸のセーターの背中には、デカデカと『俺の嫁』と編まれている。

「シェラさん、器用なことするなぁ」

芸術家魂が刺激されたのか、単に物珍しいだけなのか、ライアンはまじまじとヴァンツァーの背中を見つめ続けている。

「可愛いでしょ。最近流行りなんだって~」

ふふふ、と微笑む姿はいくつになっても天使そのもので、澄んだ菫色の瞳には『悪気なんてちょこっとしかなかったんです』と書いてある。

「アリスも欲しい?」
「──え? あるの?!」

思わずキッチンから飛び出してきた正直者の青年に、カノンはにっこりと笑って包みを差し出した。
そうして、上目遣いになって彼氏にお願いしたのである。

「あのね、これ、今着て欲しいの」
「今?」
「うん。──ダメ?」

こてん、と首を傾げて不安そうな顔をされて、「嫌です」なんて言えたら男じゃない。
頂戴します、と両手で受け取ったキニアンは、緩みそうになる口許と必死に戦って包みを開け──。

──ガサッ。

慌てて包みを閉じて懐に抱え込んだ。
見られてないだろうな、という風に周囲をキョロキョロ見回す。

「──……ない」
「着てくれるって言ったー」
「だっ」
「言ったー」

ぷくぅー、と頬を膨らませている女王様としばらく睨みあったキニアンだったが、先に目を逸らした瞬間に負けが確定した。
がっくりと肩を落とした青年は、包みの中から真っ赤なセーターを取り出した。

「「──派手~!」」

声を揃えるソナタとライアン。
キッ、とそちらをひと睨みしたキニアンだったが、わくわく、と顔に書いてあるカノンの期待に応えないわけにもいかず、渋々セーターに袖を通した。

「「──ぷっ!!」」

これまた揃って吹き出したソナタたちを、真っ赤な顔で睨み返すキニアン。

「アー君可愛い」

なぜだかパチパチ手を叩いているシェラに、笑いを噛み殺すような顔でこちらを見つめてくるヴァンツァー。
さすがにヴァンツァーにだけは笑われたくない気分になったキニアンだったが、今日は女王様の誕生日だ。
男なら、どんな我が儘でも叶えてあげなければならない。

──かといって、赤地に白抜きのハートだらけのセーターなんて、他で着られないではないか。

「これ編むの大変だったんじゃない?」

家事や裁縫に関しては不器用を絵に描いたようなソナタの問いかけに、カノンは「ちょー大変だったよー」と頷いた。

──……だったら単色で良かったです。

思いはしたけれど、賢明にも黙っていたキニアンだ。

「……ありがとう」

ぐったりした様子ではあったけれど、カノンがこれを編んだことは事実だし、とキニアンは礼を言った。
カノンは嬉しそうな顔でこう返した。

「次のデートでも着てね?」
「……何でも言うこと聞くんで、ほんと勘弁して下さい」
「いつもそうじゃん」

それじゃつまんないもん、と当然のような顔で言う女王様は本日も絶好調で、キニアンは「俺へのプレゼントはこの仕打ちか」と半ば本気でサンタさんを呪ってみた。

「あと、もういっこ」

そう言って、カノンは彼氏にちゅっとキスをした。
唖然としているキニアンに、カノンは「はい、おまけ」と笑った。

──俺、全然おまけのみでいいです。

正直な青年の顔全体にそう書いてあって、年長者と紅一点の少女はくすくす笑ったのである。

「ライアンには、あとで渡すね」
「わぁ、おれにもあるんだ。何だろう、楽しみだなぁ」

じゃあおれもあとで渡すね、と微笑み合う見た目美女カップル。
その様子を嬉しそうに見つめるシェラと、そのシェラを目を細めて見つめるヴァンツァー。
大切な人の微笑みさえあればそれで幸せなのだ、と思う瞬間である。

そして、団欒の朝食のあと、ケーキ作りに戻っていったキニアンを除いた若者三人は、仲良くシアタールームで映画を見ることにしたのであった。




Merry X’mas.

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