──とりあえず、そっちの駅まで行きます。
メールを受信した音にも肩を震わせたシェラだった。
音が鳴り終わるまで身体を動かすことが出来ず、受信が終わってもしばらく手を伸ばせなかった。
それでも、カタカタと震える手で、ベッドの下に落とした携帯を拾う。
呼吸が浅く、手の震えは止まらなくて、上手くボタンが押せない。
無視すればいいはずなのに、どうしてか出来ない。
怖いはずなのに不思議と涙は浮かんで来ないが、頭から血の気が引いたことははっきりと分かった。
喉はカラカラだし、焦点は合わない。
七月ともなれば早朝でもかなり蒸し暑い。
寝汗をかいてじっとりと寝巻きが張り付いているが、今はどこか薄ら寒い気すらする。
背中を冷や汗が伝う。
──別に、付き合っているわけじゃないんだから、浮気をしたわけじゃない。
たとえこれが浮気で、それがバレたのだとして、それが何だというのか。
きっと、あの子だって他の人間と寝ている。
あの容姿だ、周りが放っておかないだろう。
不実なのは、お互い様。
だが、それならばどうして、こんなにも自分は恐怖しているのか。
どうして、こんなにも胸が痛むのか。
「……ここまで」
確認したメールの内容に、シェラは深く息を吐いた。
初めて身体の関係を持ったときに会った場所が自宅近くの駅だということを、彼は知っている。
さすがに家に上げたことはないが、学校からも遠いこの場所は、落ち合うには丁度良いのでしばしば使っている。
休日の人通りは少なくないが、密会に利用出来る場所というものはどこにでもある。
また、そういう場所に赴く人間は後ろ暗さからか他人のことを意識に入れない、という暗黙の了解がある。
だから、外で会うことも、落ち合う時間が明るいうちであることも、そう気にすることではない。
──問題は。
「……怒らせた……?」
シェラは、昔から極端に、『人から怒られる』ということが苦手だった。
家庭環境もあるが、怒られないように注意して生きてきた。
大きな声を出されることも怖いし、怒気をぶつけられるのも恐ろしい。
いい子にしていれば弟にかかりきりの両親もやさしかったし、教師たちも何かと目をかけてくれた。
男の子には『女みたいだ』と言われることもあったけれど、シェラの中では別に間違ったことを言われている意識はなかったのでそれで良かった。
誰と寝ようと、誰と付き合おうと、相手を怒らせないことだけ、考えていた。
そんな自分が初めて半ば無理やり『恋人』の座を勝ち取ったバルロはやさしいから、押しかけ同然の自分に対しても笑ってくれたけれど。
そういえば、彼とは今まで付き合った人間の中で一番長く続いた。
それも、彼の忍耐のおかげなのだろう──何だか、『恋人』というよりも、弟として扱われていたような気もするのだけれど。
快活な笑顔と、豊かに響く声を思い出してぎゅっと胸の辺りを掴んだ。
これから訪れる時間に思いを巡らせ、余計に不安になる。
ヴァンツァーは、品行方正を装っているだけで、決して聖人君子ではない。
頭の良い子だから暴力に訴えるような、足のつく真似はしないだろうが、だからこそ何が起こるか分からない。
「……どうして、怒るんだ……」
不貞腐れるように、膝を抱えて唇を尖らせる。
何をしようと、誰と寝ようと勝手じゃないか。
だって、ナシアスは「欲しい」と言ってくれたのだ。
真摯な瞳で、「欲しい」と言って、抱きしめてくれたのだ。
やさしく、けれど少し意地悪に抱いてくれた。
十代の青年ほどの激しさはなく、でも、大事に、何度も。
「……」
気持ち良かった。
抱きしめられて安心した。
──けれど、『違う』と思った。
「……あの子で、慣れていただけだ……」
それだけ。
ここ半年、彼以外の人間と肌を合わせていなかった。
だから、彼の体温や抱き方の癖、匂いに慣れてしまっていた。
ほんの少し違和感を覚えてしまっただけなのだ。
「……それだけ」
立てた膝に顔を埋めるようにして、シェラは次の連絡を待った。
連絡が来るまでの数時間、針の筵に立たされているような気分だった。
午前十時。
待ち合わせ場所へ行くと、思いがけず笑顔で迎えられて驚いた。
「こんにちは」
「……あ、あぁ……」
髪は下ろしているが、眼鏡はかけている。
それを訝しく思ったのか、ヴァンツァーは首を傾げた。
「それ、伊達でしょう? 視界、悪くないですか?」
「……だって、昼間に会うのに」
「──あぁ、目立ちたくないんだ?」
「……」
ちいさく頷き、距離を詰めて目の前に立った青年を見上げればにっこりと笑いかけられた。
目をぱちくりさせていると、すっと伸びてきた手に眼鏡を外された。
「あっ!」
「ダーメ。今日は眼鏡禁止」
「そ、……だって」
「禁止」
「……」
若干視線と語気が強くなり、シェラは黙り込んだ。
自分の胸ポケットに眼鏡をしまい込んだヴァンツァーは、ある提案をした。
「スカートでもはいたら?」
「え?」
「ワンピースとか」
「……」
「あなたの容姿なら今のままでも女の子にしか見えないけど、男女のカップルに見えた方が視線も気にならないんじゃないか?」
薄いグレーのポロシャツに、白い綿のパンツ姿のシェラは、今のままだってどこをどう見ても女性にしか見えない。
「スカート……だって、私は」
「決まり」
にっこり笑うと、ヴァンツァーはシェラの手を取って歩き出した。
「──ちょっ?!」
「日曜日のデートなんだから、手くらい繋ぐでしょう?」
「……」
手を繋ぐのは、正直嫌いじゃない──むしろ好きだ。
相手の体温を常に感じていられて、それと自分の体温が溶けていく感覚が好き。
指を絡められるのも好きだけど、今みたいに手を引かれるのも好きだ。
少し強引に、でも痛みを感じるほど強くはなく。
困惑しているシェラではあったが、彼が思ったような怒りを覚えているのではなさそうでほっとした。
この界隈は休日には若者で溢れるだけあって、衣料品の店もそこかしこにある。
その中の一件に目を留めたヴァンツァーは「入るよ」とシェラを促した。
若い女の子たちが好むような、カジュアルな店とは違う。
落ち着いた、その分、少し値段も高そうな店だ。
当然のごとく女物しか置いておらず、シェラはきょろきょろと辺りを見回した。
数名いる店員が、店に入った瞬間「いらっしゃいませ」と言おうとした状態のまま固まっていて、シェラは隣を歩く青年に目を向けた。
相変わらず、呆れるくらいの美形だ。
夏だというのに長袖の白シャツを身に着けていて、ブラックデニムにスニーカーというラフな格好。
それでも、彼の美貌はちょっとため息ものだ。
背は高いし、脚は長い。
細身だけれど、服の上から見ても脆弱な感じはしない。
ちらり、と見やった店員が羨ましそうに自分を眺めてくるのを見て、シェラはほんの少し気分が良かった。
「ん? なに?」
手を繋いだままの状態で物色をしていたヴァンツァーが、ふとシェラに視線を落とす。
ふるふる、と首を振れば、「そう?」と言って一着の衣服を差し出した。
「似合うと思うよ」
シェラの身体に宛がわれたのは、薄い藤色をベースにした、膝上丈のワンピース。
襟元は品を失わない程度に大きく開けられていて、流行のチェック柄に胸元の大きめリボンと切り返しが可愛らしい。
服を宛てた自分の身体を見下ろす。
確かに、とても可愛らしい服ではある。
「ほら」
鏡の前に連れて行かれ、後ろから軽く腕を回して服を宛てられる。
どきり、と心臓が跳ねた。
似合う気もするが、そんなことよりも鏡の中の自分たちが、本当に男女の恋人どうしのように見えてしまって軽い眩暈を感じた。
背中に感じる体温も、回された腕も、ひどく心地良い。
「気に入らない?」
「──え? あ、いや」
反射的に顔を上げれば、見下ろしてくる美貌が思ったよりも近くて目を瞠った。
その瞬間、やはり脈が速くなって思わず俯いた。
「似合うと思うんだけどな」
「あ……その、嫌なわけじゃなくて……」
「恥ずかしい?」
「……」
曖昧に首を傾げれば、「ふぅん」と呟く青年。
「じゃあ、とりあえず着替えてきて」
「──え?!」
「着てみれば、意外とどうってことないかも知れないだろう?」
「いや、そういう問題じゃ」
「いいから。着替えておいで」
「……」
こういう風に、断定でものを言われると無条件で従ってしまう。
昔からそう。
否、と返す方法を知らない。
それでも、今は嫌だと思っているわけではないから、シェラは渡された服を持って試着室へと向かった。
ごゆっくりどうぞ、という店員の声も、どこか遠い。
試着室へシェラが消えると、待ってました、とばかりにヴァンツァーに店員が話しかける。
落ち着いた雰囲気の店とはいえ、高級ブティックとは違う。
店員も若いし、ヴァンツァーの美貌ならば年齢構わず女性が飛びつくのは目に見えている。
「彼女さんですか?」
「えぇ。可愛いでしょう?」
上を脱ぎ、ベルトに手をかけていたシェラは、危うく試着室の壁に頭を打ち付けるところだった。
何を言っているんだ! と怒鳴って出ていきたかったが、上半身裸の自分が出て行ったら、男だとバレてしまう。
それでなくとも。
「……これ……隠れないだろ……」
呆然として鏡の中の自分を見つめる。
ヴァンツァーにつけられたものだけではない。
昨夜ナシアスにつけられた痕もはっきりと残っている。
子どもっぽいことは云々と言っていたナシアスだが、酔っていたせいかも知れないな、とシェラはため息を吐いた。
今まで着ていた服ならば隠れただろうが、襟の開いたワンピースでは少々難しい。
まさかそれを見越してこんな格好をしろ、と言ってきたのだろうか。
考えても分からないが、とりあえずこれ以上の不興は買いたくなかったので、下も脱いでワンピースに袖を通した。
髪を下ろして前に垂らせば、どうにか隠れないこともなさそうだ。
「……」
初めて身に着けるワンピース──でも、心のどこかでずっと着てみたい、とは思っていたものだ。
可愛い服を着て、素敵な恋人と並んで歩いて。
想像してみて、シェラはふんわりと微笑した。
女装癖があるわけではないし、男を好きになっても自分が男であることに違和感を覚えはしなかったが、こういう服を着て「可愛いね」と言ってもらえたら嬉しい、とは思うのだ。
「終わった?」
「──きゃっ」
ちいさくとはいえカーテンが開けられ、その向こうからかけられた声にシェラは思わず身を引いた。
青年の向こうには店員もいるわけで、自分が男だとバレたら気まずいことこの上ないではないか。
壁際にくっついてふるふる震えて胸元を押さえると、一瞬首を傾げたヴァンツァーは「あぁ」と納得した。
「ファスナーが閉められないの?」
「……」
ちょっと違うが、それも間違ってはいなかったので、微かに頷く。
「やってあげるよ」
にっこり笑ったヴァンツァーは、店員に「覗いちゃダメですよ」と茶目っ気たっぷりに言って自分もカーテンの奥に入った。
「ちょ」
「後ろ向いて」
「ちょっと」
「閉められないんだろう? 背中、開いたままだよ」
「……」
この二十数年、ワンピースなんてもちろん着たことはなく、背中にあるファスナーなんて留められるわけがない。
しばらくむぅっ、とヴァンツァーを睨みつけていたシェラだったが、「あのねぇ」と呆れた声とともに背中をツ、と指で撫で上げられて声を上げそうになった。
「そんなサービスは、ふたりでいるときにすればいい──他の人間に見せるなよ」
後半を耳元で低くささやかれ、ぞくり、と背筋が騒いだ。
途端にナシアスの顔が思い出され、なぜかいたたまれない気持ちになった。
そんなシェラの思惑など知らぬ風に、ヴァンツァーはさっさと背中を向けさせるとファスナーを閉めた。
手馴れたもので、長い髪が引っかからないように纏めて持たされ、「慣れているな」と呟いた。
そうでもない、と素っ気なく返されたが、シェラは足元に視線を落とした。
そんなシェラの肩を叩くとヴァンツァーは微笑んだ。
「あぁ、やっぱり似合うよ」
それが合図だったかのように顔を上げれば、女物の服に身を包んだ自分と長身の美青年。
ワンピースに関しては、顔立ちが顔立ちなだけに自分でも似合うと自惚れてしまった。
カーテンを開け、ヴァンツァーが出て行けば、店員もシェラの姿を目に入れることになる。
「まぁ、よくお似合いですね!」
「でしょう? 色が白いから」
「本当に。──あ、でもお足元が……」
シェラが履いていた靴では、ワンピースには似合わない。
「踵の低いサンダルとかって、あります?」
「えぇ、もちろん」
言って、店員は素早く白いサンダルを差し出した。
足首で留めるタイプのそれは、清楚な雰囲気の中にも夏らしく金のステッチが華やかだ。
「履いて」
「……」
もはや完全にヴァンツァーのペースであり、シェラは彼の意のままにサンダルを履いた。
「これもいいな」
「ヴァン」
「両方下さい」
「──ちょっ?!」
「ありがとうございます」
「あぁ、どちらもこのまま着ていくので、もともと着ていた服を包んでいただけますか?」
「かしこまりました」
かしこまらなくていい!! と喉元まで出かけたシェラだったが、肩に手を置かれて踏み出しかけた脚を止めた。
キッ、と視線をきつくすれば、一瞬それ以上に凍てついた視線を正面から見つめてしまって息を呑んだ。
直後、ヴァンツァーは人当たりの良い笑みを浮かべた。
「──食べてしまいたいくらいに可愛いよ」
「……」
その甘い台詞と頬を撫でる指に、羞恥よりも恐怖を感じたのはなぜか。
はさみを手にした店員が服とサンダルから値札を外すのも気にならないほど、シェラはヴァンツァーを凝視していた。
会計をもったのはヴァンツァーで、払おうとすると「男の顔を立てろ」と言われ、「私だって男だ」と反論しかけてまた、視線ひとつで黙らされた。
包んでもらった服を持っているのもヴァンツァーで、店を出るとまた手を繋ぎ直され。
シェラの頭は混乱の極みにあった。
どういうつもりなのか訊ねようとすると、先手を打ったようにヴァンツァーが口を開いた。
「お腹、空いてません?」
「は?」
「俺、そういえば朝から何も食べていないんですよ。あなたは?」
「……食べてない」
「じゃあ、お昼には少し早いけど、食事にしましょうか」
「食事って……こんな格好でか?!」
「似合ってますよ」
「そういう問題じゃ」
「大丈夫。誰もあなたが男だなんて思わないから」
「……」
「それとも、成長期真っ盛りの青少年に、食事を抜けと?」
それ以上大きくならなくてもいいって言ったくせに、と言いたいのをぐっと堪え、シェラは仕方なく遅い朝食を摂ることに賛同した。
入ったのはよく見かけるイタリアンのチェーン店で、時間が時間だけに開店したてとあって、客足はまばらだった。
それでも店員や、数名いた客は、シェラたちが入店すると一瞬ぎょっとしたような顔になった。
やはりここでも手を繋がれたままのシェラは、ヴァンツァーの横顔を見た。
この顔のせいでド目立っているのだ。
そういう、非難がましい視線を向ければ、ヴァンツァーは得意気に微笑んでシェラに耳打ちした。
「みんなあなたを見ていますよ」
「は? きみだろう?」
「嫌だなぁ、自覚のない人は」
「絶対きみだ」
「はいはい、怒らない。せっかく可愛いのに台無しだ」
誰が怒らせているんだ、という言葉も飲み込んだシェラは、通された席で自然と上座を譲られて目を丸くした。
「どうぞ?」
不思議そうな顔で首を傾げられ、少し躊躇ったもののソファ席に腰を下ろした。
ランチセットを頼み、パスタとピッツァを分け合い、思いの外楽しい食事の時間だった。
本当に、恋人たちのデートみたいだし、ちらちらとヴァンツァーの顔を見ている女性客も多くて、何だかやっぱり気分が良かった。
食事の会計も払おうとしたヴァンツァーに、今度は断固として譲らなかったシェラだ。
しばらく無言の攻防戦が続いたが、折れたのは珍しくヴァンツァーで、「ではワリカンで」ということに落ち着いた。
店を出ると、やはり緩く手を握られた。
あまり気にはならなくなってきたが、何となし顔を上げると見下ろしてきたヴァンツァーと目が合った。
「さ、行きましょうか」
「……行く、って……どこへ?」
眉を寄せるシェラに、ヴァンツァーは相変わらずの微笑を浮かべた。
「──もちろん、あなたの家に」
目を瞠るシェラは、しばらく唇を戦慄かせたまま動けなかった。
「いいでしょう?」
いいわけあるか、と言いたいのに、ごくり、と喉を鳴らすだけで声が出ない。
それでも、どうにかして首を振った。
「……ダメだ」
「どうして?」
「生徒を家に上げるわけには」
「だから、どうして?」
「それは……」
思わず口をつぐんで俯くシェラに、ヴァンツァーは言ってやった。
「それは……──『期待してるから』、だろう?」
「なっ!」
「ただ生徒を家に上げるだけなら、さして問題もないはずだ」
それでも躊躇うのは、やましい気持ちがあるからだ。
そう指摘され、シェラは「違う」と言いたいのに言えなかった。
けれど頷くわけにもいかず、首を振った。
「勘違いするな。あなたに拒否権なんてない」
ぴしゃり、と冷たく言い切られ、シェラは怯える視線を向けた。
「俺は構いませんよ。──俺たちのことを、学校にバラしても」
「──っ?!」
「うん? なに?」
「……し、証拠なんて」
「あるよ」
「なっ」
青褪めるシェラに、ヴァンツァーはやさしく諭すように教えてやった。
「まさか、俺がバックアップのひとつも取っていないと思っていたの?」
その言葉に、菫の瞳が大きく瞠られる。
あのとき消したと思っていた画像、あれのバックアップがあるということだ。
確かに、この頭の良い青年がそんなものも用意していないわけがない。
「本当に、可愛いね。あなたは」
「……」
「さぁ?」
促されたシェラは、引かれていた手を絡めるように握り直されても振りほどくことも出来ず、言われるままに彼を自宅へ案内した。
「へぇ。わりと広いんですね」
寮とは大違いだ、と笑うヴァンツァーに背を向けたまま、部屋の奥へと入っていくシェラ。
リビングに入ると、後ろから腰を抱かれて息を詰めた。
己の鼓動の速さに、背中が寒くなった。
蛇に睨まれた蛙のように身動き取れなくなっていると、剥き出しの脚に手が伸びてきた。
「ひっ」
「震えてる……可愛いね」
耳元でささやかれる声に肩をすくめ、太腿を這い上がってくる手に身体が強張る。
「怖い?……それとも、やっぱり期待しているのかな?」
「……」
唇を引き結んでふるふると首を振るだけのシェラにヴァンツァーはくすり、と微笑み、耳朶を甘く噛みささやいた。
「────さぁ。お仕置きの、始まりだ……」
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