────あれから、五年が経った。
ちょうど寮を出る時期だったのは、正直都合が良かった。
携帯も替えて、データもすべて消した。
法学部生としての毎日は思ったよりは刺激があって、忙しくしていれば気が紛れた。
大学三年のときには卒業資格を得て法科大学院へ入学した。
かなり異例のことだったらしく、しばらくは周囲が煩かったけれど、人をあしらう術ならば熟知している。
心象が悪くなるような振る舞いはせず、それでも必要以上に人を近づけない。
それは、あの頃も今も変わらない。
──ただひとつ、違うことがあるとすればそれは……。
ふと脳裏を過ぎった面影に、苦笑が浮かぶ。
我ながら、随分と女々しい。
会おうと思えばいつでも会える距離にいるのにその姿を見かけることすらないということは、そういうことなのだ。
運命とか、星回りとか、そんな宗教めいたものに縋るつもりはないけれど、もしあの人と自分との間に何か繋がりがあるのだとしたら、いつかまた出逢うこともあるだろう。
逢うことがなければ、それはそれ。
司法試験にも合格し、これからは今まで以上に忙しい毎日が待っているはずだ。
──いつか、思い出さなくなる日も来るだろう。
そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。
「────……、」
雑踏の向こう側。
あの頃と少しも変わらない姿を見つけた。
最初は、よく似た他人だと思った。
人ごみから浮き上がるような、光を弾く長い銀の髪。
細く、しなやかな身体。
けれど、他人でなどあるわけがない。
そのぬくもりを、熱を、自分は知っているのだから。
「シ──」
ふとその菫の視線が右に持ち上げられる。
そこには、見知った顔。
「……」
バランスの取れた長身に、精悍な顔立ち。
女が放っておかないであろうその姿に、菫の瞳が細められる。
楽しそうに。
明るく。
遠目だというのに、はっきりと分かる。
あの人の姿だけ、まるで別の空間にあるかのようにはっきりと。
隣の男の腕にそっと手を添え、腰を抱かれて信号を待つ。
「……しあわせ、なんですね」
呟いた自分の声が少し震えている気がして、自嘲の笑みを浮かべた。
これで、いいのだ。
あの人が笑っている。
それをこそ望んで、自分は消えたのだから。
たとえ隣にいるのが自分でなくとも、あの人の笑顔がこの世界のどこかにあるのならばそれでいい。
──そう、思っていたはずなのに。
「五年じゃ、足りない……か」
参ったな、とため息を吐いたときに信号が変わった。
この人ごみだ。
きっと気づかない。
けれど、どこか『気づいて欲しい』という想いを込めて、姿を追った。
人の気配と車の音で声は聞こえないけれど、楽しそうなのは顔を見れば分かる。
距離にすれば数メートル。
擦れ違うようにして信号を渡りきり、振り返ろうかと思ってやめた。
五年で足りないなら、十年でも二十年でも。
いつか、あの人の幸福を心から祝福出来るまで。
「──……さようなら」
自分に言い聞かせるようにして瞼を閉じ、ゆっくりと目を開けて一歩を踏み出した。
→NEXT-Epilogue