あぁ、夏休み

青い海、白い砂浜。
燦々と照りつける太陽の日差しは強く、それ以上の熱気を人々が生み出す空間。
それらの熱気と気温の高さが相まって、人々は自然薄着になり露出が高くなる季節──夏。

ファロット一家+αは、夏休みを利用してリゾート型惑星【テラ】へとやってきていた。
海と空の境が分からなくなりそうなほどの紺碧。
泳ぐだけでなく、少し離れたところにはヨットやサーフィンの出来る場所も設けられている。
また、珊瑚礁やクジラ、イルカを見学するミニツアーもある。
無人島の探検ツアーやバーベキュー施設などもあり、大人も子どももめいっぱい楽しめるリゾート地だ。
その若さで大層な資産家であるヴァンツァーはプライヴェートビーチも持っているが、今回はそことはまた別の惑星だ。
富裕層向けのリゾート地ではあるので、芋洗い状態の海岸という惨劇は避けられている。
それでも、朝の八時から、もう浜辺には百を超える人の姿がある。
白い壁の高層ホテルのすぐ横にこの海岸はあるわけだが、そこからやってきた一団のおかげで、その日のビーチはサメでも出たのか、というくらい騒然となった。

「うっわー、きっれーな海~!!」
「ライアンの瞳の色と同じだね」

きゃっきゃ言って浜辺に駆け出したのは、褐色の肌の金髪美人と照りつける太陽を跳ね返すような真っ白い肌の美少女。
彼らを目にした人々はぎょっとした──というのも、少女の方はアイドルでも見ないほどの抜群の美少女だったし、顔だけ見れば女性だとばかり思ってしまう金髪美人が、実は男性だったからだ。
ハーフパンツタイプの水着と、前の開けられたノースリーブのパーカー。
どちらも白で、彼の金髪と相まって全身が光り輝いているようにすら見える。
細身の長身は引き締まっており、腹筋は綺麗に割れている。
胸板はそう厚い方ではないが、なめした皮のような肌を内側から押し返す筋肉がついた、躍動感溢れる魅力的な肉体であった。
それが、女性と見紛う美貌の下にあって、まったく違和感を覚えさせない。

「ソナタちゃんの水着も、同じ色だね」
「うん! シェラにお願いしたの」

にっこりと微笑む少女が着ているのは、ホルターネックタイプのチェックのビキニだ。
パレオの巻かれた腰は細く、緩やかな曲線を描く薄い脂肪のついた身体は見るからにやわらかそうで、ついつい手を伸ばしたくなる魅力がある。
かといって過度のセックスアピールがあるわけではなく、爽やかで健康的な少女の色気たっぷりで、見ていて実に清々しい気分になる。
長い黒髪もいつもは背中に流しているのだが、今日はサイドで纏め、余った髪をくるくると巻いて垂らしている。
綺麗な項が実に目に楽しい。
ポニーテールにして、とシェラに頼んだのだが、「どうせならライアンのこと、ドキドキさせちゃおうか」とにっこり笑って提案されたのがこの髪型だ。

「色も形もいいね。すごく可愛い。──その髪型も、おれ好きだなぁ」
「そう?」
「うん。可愛い。それに、自分ではあんまり見ないかも知れないけど、ソナタちゃんの項ってすごく綺麗なんだよ」
「そうなんだ」
「もうね、『カプッ』ってしたいくらい」
「あはははは、してして~♪」

噛み付く真似をして太鼓判を押してくれる彼氏に満面の笑みを返したソナタだったが、ふと表情を曇らせると、気になって仕方のない胸元を押さえた。

「……おっきくならないなぁ」
「いやいや。それくらいが一番綺麗でいいんだよ」
「そう?」
「おれは好き」
「んー……──じゃあ、いっか!」
「うん」

笑みを交わすと、花丸元気娘とデキる男は、仲良く手を繋いで海へ向かった。

「──見習ったら?」

真夏の太陽の下、凍えるような視線で隣の長身を見上げるのは、ふわっふわの銀髪の天使。
パイル地の半袖のパーカーに、ひらひらレースつきのショート丈ティアードパンツ。
パンツはこれでも一応水着である。
シェラが手でレース編みをした自慢の逸品だ。 上下ともに薄い水色で、非常に涼しげでもある。
白い太腿が目に眩しく、男の子だと分かっていてもついつい目で追ってしまう男性も少なくない。
カノンはちいさい頃から『可愛い』服装が大好きで、昔はソナタと一緒にスカートを穿いていたこともあった。
現在もどちらかといえばフェミニンな格好を好む、所謂『男の娘』である。
顔は女の子には見えないが、父親とは違って中性的な雰囲気がある。
人目を引くには十分過ぎるほどの美貌だ。
それが面白くないのか、いつも以上の仏頂面を晒したハンサムな少年は、「何をだよ」と呟いた。
直後、ビーチサンダルとはいえ思い切り足を踏まれ、「い゛っ──!!」と声にならない声を上げて蹲る。

「そーゆー態度を改めろっていうの」
「……」
「嫉妬するくらいなら、他の男が寄ってこないようにすればいーじゃん」
「……」

至極ごもっともな意見である。
実は部屋で水着に着替える際も、ひと悶着あったのだ。
ふりふりパンツだけを穿いて外に出ようとしたカノンに、キニアンが待ったをかけたのである。

「……カノンさん……お願いですからパーカー着て下さい」

差し出したパイル地のパーカーをちらっと見たカノンは、ふいっと顔を逸らしてしまった。

「やだよ、暑いもん」
「いや、着てくれないと、俺ここから出られないし……」

真っ白い背中だけ見ていてもあらぬ妄想をしてしまいそうだというのに、横に並んだり前から見たりしたらどうなってしまうのか──よんどころない若者の事情というものがあるのである。
まさか白い砂浜を紅く染めるわけにもいかない──いや、その前に正直すぎる少年の、より正直な部分がアレなことになってしまうかも知れない。
真夏のビーチは色々と忍耐が必要な場所だった。

「──抜いてあげようか?」
「──っ、はぁぁぁぁ?!」

珍しく大声を出した彼氏に、カノンはにぃっと小悪魔の笑みを浮かべた。

「溜まってるの? 昨夜しなかったしね。せっかくみんな別々の部屋取ったのに」
「……しません」
「『溜まってません』とは言わないんだね」
「……」
「今からする?」
「だからしません」
「何で?」
「海行くんだろ。みんな待って」
「いいよ、別に一日くらい。一週間もいるんだし」
「……ダメです。しません」
「だから何で」

上半身を晒したまま腰に手をあててふんぞり返っている女王様に、キニアンは言ってやった。

「何でじゃないよ。──あっちこっち痕つけるくせに」

そうなのだ。 カノンに直してもらいたいところがあるとすれば、我が儘なんかよりもそっちである。
キニアンは、カノンの真っ白い肌に痕を残してしまったら止まらなくなりそうだから、と我慢しているのだが、この女王様は好んで、見えるところにつけたがるのである。
本気で勘弁して欲しい。
キニアンも健全な高校生である。
性行為に興味もあれば、決して嫌いでもない。
しかし、その痕跡が他人に知られるところとなるのは、恥ずかしくてたまらないのだ。
同級生はもちろん、恋人の両親になんて知られたら憤死ものである──まぁ、そうするとキニアンは十回くらい死んでいることになるが。

「いーじゃん別に。ぼくのなんだし」
「せめて見えないところにして下さい」
「やーらしー」
「は? 何でだよ」
「水着着て見えないところって、ちょー限定されるんですけど」
「~~~~~っ!! 今じゃなくていつもの話!!」

真っ赤になってしまった彼氏に、カノンはお腹を抱えて笑った。
本当に、この見た目はクールでかっこいいのに中身は正反対のヘタレたわんこは、からかうと面白くて仕方ない。
しかし、せっかく旅行に来たのだから、あまりからかって喧嘩になってしまうのも嫌だ。
仕方なくパーカーを受け取り、袖を通す。

「前も閉めて下さいね」
「はいはい」

そんなこんなで、どうにかカノンに上着を着させたキニアンだったのだが、よく考えたら上半身裸で他の男の前に出ようとしていたのかと思うと卒倒しそうだ。
この女王様は、自分の魅力をよく知っているくせに、そういうところが無頓着で困る。

「アリス、女の子たちにちょー見られてるよ」
「え?」

痛む足を若干涙目で擦っていた少年は、女王様の言葉に顔を上げた。
周りを見渡せば、確かにちらちらとこちらをみてくる少女や女性の姿。
周囲より頭ひとつ分高い長身に、きつめながら端正な容貌、発達途中のため細身の印象ではあるが適度に引き締まった身体。
屋内の運動部とはいえ、トレーニングの一環で外を走ることもあり、その全身は軽く日に焼けている。
細身の長身でも生っちろく脆弱な感じがしないのはそのためだろう。
本人の自覚はともかくとして、モテる男の部類に入ることは間違いない。
しかし、それと同じくらいにカノンを見つめる男性の視線というものもあるのである。

「……カノン、手」
「手?」
「海、行くぞ」

用件だけを簡潔に口にしたキニアンは、立ち上がり、カノンの手を取ると海へ向かった。
軽く引っ張られるようにして歩いているカノンは、にこにことその天使の美貌に笑みを浮かべた。
羨ましそうに見つめてくる女性の横を通るときは、殊更胸を張って誇らしげな表情で。
きっと、隣の彼氏は気づいていないのだけれど。

「あー、もー、みんな可愛いなぁ~」

ふふふ、と目を細めているのは、紫と白と黒のストライプのコンビネゾンに身を包んだシェラだ。
とても目が良い彼は、声は聴こえないまでも子どもたちが彼氏としていたやり取りをしっかりと見ていた。
大体、どんな話をしていたのかも分かる。
人のいないプライヴェートビーチの方が静かだけれど、他人の視線があるからこそ色々と自覚も出てくるというもの。
たとえそれが嫉妬や独占欲の発露なのだとしても、海という場所だからか、可愛い子どもたちのことだからか、微笑ましくなる。

「お前も可愛いよ」
「うん、知ってる」

可愛い、可愛いよ、は~ソナたんキュート~カノンたん萌え~はぁはぁ、とにまにましながら即答する。
頷くシェラが着ているコンビネゾンはカノンと同じくショートパンツ丈のもので、白くすんなりと伸びた脚が美しい。
ウエストはきゅっと絞られ、胸元はドレープが効いていて可愛らしいが、中に水着を着ているため胸が見えてしまうということはない。
いくらシェラが男性だろうと、女性と見紛う美貌の彼の胸元が見えてしまったのでは、他の男性陣に差し障りがあろう。
そうして、長い髪は暑くないよう結ばれている──しかもツインテールだ。
とても高校生の双子の子持ちには見えない。
そんなシェラは、隣の男を見ると唇を尖らせた。

「むぅ……ブーメランが良かったのにぃ……」

ただの海パンなんてつまらない、とむくれているシェラ。

「俺は構わんと言ったが?」
「……だって、子どもたちが泣いて嫌がるから」

嫌がったというより、「「それ、犯罪だから」」と指摘されたのだ。
細身ではあるが胸は厚く、腰の細い男の身体は、前から見ても後ろから見ても、横から見たってため息ものの美しさだ。
実際、男性女性問わず、誰もが必ずヴァンツァーを見ながら海へと向かう。
見すぎて人間ドミノ倒しを起こしているところまであった。
日焼けを知らない白い肌なのに脆弱な印象はまったくなく、無駄な筋肉すらない完璧な肉体。
しかし、露出面積の大きくなる水着では、見せられた方が困る、という子どもたちの意見を尊重し、ハーフパンツタイプに落ち着いたわけだ。
水の抵抗が大きくなるため泳ぐことそのものには向かないが、遊泳目的で来たのでさして問題もない。

「やっぱり、代わりに私がビキニを着れば」
「馬鹿を言うな」

みなまで言い終わる前に止められたシェラは、些かむっとしているように見える男を見て、『あ、もしかして妬いてるのかな?』とか思った。
独占欲は途方もなく強い男だったが、服装に関してあれこれ言われたことはない。
けれど、やはり夏の海という開放的な場所での水着という格好には、何か思うところがあるのかも知れない。
ちょっとくすぐったい気分になったシェラに、ヴァンツァーはきっぱりと告げた。

「──隠されているのを想像するのが、楽しいんだ」
「………………………………………………………………お前なんか、海に沈んじゃえ」

誇らしげな顔をしている男に、シェラは呪詛のような呟きを返した。
今更この男と甘酸っぱい関係だの、新婚夫婦のような蜜月だのを期待したりはまったく、そらもうこれっぽっちもしていないが、会話を重ねれば重ねるほど、この男が馬鹿で変態であることが強調されてしまって哀しくなる。
絶対昔はもっとかっこ良かったのだ。
増える会話を嬉しいと感じる心と、無口だった頃が懐かしいと思う気持ちはきっと反発してはいないはずだ。

「冗談だよ」
「嘘吐け。目が本気だった」
「だって、この下にある肌を知っているのは、俺だけなんだ」
「……っ」

す、と肩紐と肌の間に指を入れられ、思わず息を詰めた。
周りできゃーきゃー騒いでいる声も、今のシェラの耳には遠い。

「こんな楽しいこと、ないだろう?」

ゆったりと浮かべられた笑みは太陽の下だというのにどこか淫靡で、シェラは思わずドンッ、と割れた腹筋を押し返した。

「~~~~~っ、変態!」
「それに、ビキニなんて着られるような身体じゃないしな」

言われて、『そんな無残な体型してないぞ!』と怒鳴ろうとしたシェラだったが、はっとした。

「──全部お前のせいだ!」
「そうだよ?」

涼しい顔に、笑みさえ浮かべて頷く男を、シェラは真っ赤な顔で睨みつけた。
思い返しても顔が熱い。

「でも、見えるところは嫌だって言うから。これでもちゃんと考えてるんだ」
「つけなきゃいいだろうが」
「無理」
「……お前は、もう少し努力とか、善処という言葉を覚えろ」
「真っ白いキャンパスに絵を描きたくなるのは、デザイナーとして当然だと思うが?」
「そんなところまで職人根性出さなくていい!」

まったく、とぷんすか怒っているシェラだったが、怒られている男の方にまったく反省の色が見られないので馬鹿馬鹿しくなってきた。

「はぁ……もういい、早くパラソル立てて」
「キス一回で引き受けよう」

きっと本気で言っているのだろう男に、シェラはにっこりと微笑んだ。

「キス一回と、一ヶ月禁欲と、どっちがいい?」

聖母の微笑みに相応しくない額の青筋。
ヴァンツァーは、これみよがしなため息を零した。

「労働の対価は相応に支払うべきだと思うぞ」
「だったら昨夜のが前払いでおつりが来るだろうが」

下らないことを言っていると、本当に禁欲生活させるぞ、と脅してくるシェラに、ヴァンツァーはしぶしぶパラソルの用意を始めた。
本来は、こんなものは頼めばホテルの人間がやってくれるのだ。
そこを、あえて「俺が」と言ったのはどこの誰だ、と腕組みをして眺めているシェラ。

「お前、本当にキス一回なんかして欲しいのか」
「うん」

シートを引き、パラソルを立て、ビーチチェアまで用意した男の頷きに、シェラは軽く息を吐いた。

「……何でまた」
「さぁ?」
「…………だったらしなくていいだろうが」

またふつふつと込み上げてくるものがあったが、続く男の台詞に言葉を失った。

「何か、嬉しいから」

たっぷり十秒くらい固まってから、シェラは呟いた。

「──……なんだ、それ」

だからよく分からん、と告げる男に「どうぞ」と言われ、ビーチチェアに腰掛ける。
同じく隣のチェアに腰を下ろした男の名を呼び、軽くその腕を引いた。

──ちゅっ。

軽く、頬へのキスをひとつ。
瞠られる藍色の瞳に、「気紛れだ」と顔を逸らす。
ツインテールのおかげで露になった耳がほんのりと赤くて、ヴァンツァーは緩む口許と必死で戦うハメになった。  




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