楽しいときはあっという間で、日の長い夏とはいえ夜は訪れる。
朝から遊び倒したファロット一家+αの面々は、とんでもない羞恥プレイをさせられたシェラとカノンはさておき、上機嫌でホテルに帰っていった。
夕飯の時間まで少しある。
シャワーを浴びて着替えてからレストランで落ち合う手はずだ。
「……っ、つ……」
炎天下、海で泳いでビーチバレーをすれば、日に焼けるのは当然のこと。
ヒリヒリと痛む全身に、ちょっと涙目なのはキニアンである。
「日焼け止め塗れば良かったのに」
「……」
「どーせ、『女の子みたいだから』とか思ってたんでしょ」
「……いや、別に」
「じゃあ、『ちょっと日焼けしてた方がモテるから』とか思ってたんだ」
「……」
「分かりやす……」
思い切り顔と態度に表れる彼氏の様子に、カノンは呆れてため息を零した。
「夏のビーチで女の子にモテようとか思ってたわけ?」
「これっぽっちも思ってません」
「じゃあ何で?」
「だ……いいだろ、別に」
「気になるじゃん」
「気にしなければいいだろうが」
「なっちゃったんだから、聞かないと気持ち悪いじゃん」
「…………だから」
「聴こえません」
「………………俺、貧相だから」
せめて日焼けでもすれば、マシになるかと思った、と告げる顔は日焼けではなく赤くなっている。
これには思わず目を丸くしたカノンだ。
「……もしかして、父さんとライアンに張り合ってるの?」
「張り合ってるわけじゃないけど」
「馬鹿だねぇ」
「……」
これにはむっとしたキニアンである。
完璧な肉体美と美貌でもってナンパ男を視線ひとつで撃退できるヴァンツァーと、ヤシの実を手で潰せるほど身体を鍛えているライアンは、男の自分が見てもすごいと思う。
だから、彼らの恋人たちはいくらナンパされてもその辺の男になんてなびかないだろうし、護ってもらえる安心感もあるのだろう。
ところが、それを自分の立場に置き換えると、心配で仕方ないわけだ。
中身は女王様でも、カノンの見た目は天使だ。
今日も、よからぬ欲望の視線に晒されていたのを知っている。
だが、自分にナンパ男を撃退できるだけの何かがあるか、と言われると、もう、身長で圧倒するくらいしかない。
こういうときは無愛想な顔も効果的に働くのだけれど、情けなさ過ぎて涙が出そうだ。
しかし、そんな風に思っているキニアンに、カノンは言った。
「そんなに痛かったら、ぼくのことぎゅって出来ないじゃん」
「──え?」
「触ったら痛いんでしょ?」
「非常に」
「ダメじゃん」
「……」
目をぱちくりさせている彼氏に、カノンは唇を尖らせた。
「このぼくに『好き』とか言わせておいて何もしないって、それこそ罰ゲームものだよ?」
「……」
なんぞこの可愛い生き物は、とびっくりし過ぎて時を止めている彼氏に、カノンはため息を零すと腰に手を当てた。
「ぬるめのお湯か、水でシャワー浴びておいで。火傷した状態だから、冷やさないと。出てきたら氷で冷やしてあげる」
「あ、いや、お前先でいいよ。身体ベタベタして気持ち悪いだろ?」
「こんなときに気を使わなくてよろしい!」
「……」
「対処が遅れると、それだけ辛いんだから」
「……うん」
「あぁ、そうだ。ボディーソープ使うなら、よく泡立ててから手で全身に伸ばしてね。間違ってもゴシゴシ擦っちゃダメだよ。死ぬほど痛いからね」
既に相当痛かったが、素直に頷きバスルームへ向かうキニアン。
「まぁったく」
仕方なさそうに苦笑するカノンは、どこか嬉しそうな顔でシェラに電話し、冷やす以外の日焼けの対処方法を聞いたのだった。
「ん~、楽しかった~」
大満足の様子で部屋に帰ってきてシャワーと着替えを済ませたソナタは、風呂上りの彼氏に「ね?」と同意を求めた。
「うん。面白かった」
「面白かった?」
何だか妙な表現だな、と思ったソナタに、ライアンはビーチバレーをしていた際の状況を説明してやった。
「あはははは! 屍って何?!」
ソファに座り、隣の彼氏にしがみつくようにして笑っている。
「ほんとだよ? シェラさんの太腿とか、お兄ちゃんの腹チラとか。鼻血出したり、前屈みになったり」
多少の誇張はあるのだろうけれど、何となくその場面は想像できる。
「ソナタは?」
「……見られてましたとも」
ちょっと面白くなさそうな顔になる彼氏に、ソナタは藍色の目を細めた。
「海来て良かったな~」
「うん。楽しい。ありがとうね」
「楽しいのは楽しいけど、それだけじゃなくて。ライアンの珍しい表情とか、いっぱい見られたから」
嬉しいんだ~、と微笑む少女。
海と同じ色の瞳をぱちぱちと瞬かせる彼氏の肩に、こてん、と頭を預ける。
「ソナタね、たぶん、シェラとかカノンと違って『この人じゃないとダメ』ってこと、ないと思うの」
「……」
「憧れの王子様はいたんだけど、その人には別に好きな人がいて……ちょっと哀しかったけど、失恋で寝込んだりはしなかったし」
「──王子様?」
「うん。背が高くて、美形で、紳士で、頭が良くて素敵な人」
「それは……王子様だねぇ」
「ほら、そういう、ちょっと嫌そうな顔」
「……嫌そうな顔、してる?」
「嫌そうというか、困ったというか。でも、ほんのちょこっとね」
「……おれ、ほんとかっこ悪……」
「そんなことないってば」
続きを聞いて! と訴えてくるお姫様に、ライアンは苦笑して先を促した。
「ライアン以外のこと好きになれないかって言われたら、そんなことないと思うの」
「うん。シェラさんとお兄ちゃんは、特別だと思うよ」
「でもね、ソナタ、ライアンが笑ってるの見たり、ぎゅってされたりすると、すっごく幸せなの」
「──……」
「そんな風に思うの、家族以外になかったから」
目を丸くしている彼氏に、ソナタはにっこりと微笑んだ。
「だからね、ライアンにやきもち妬いてもらえて、すっごく、すっごく嬉しかったの」
えへへ、と頬を染めて笑うお姫様に、気づいたらキスをしていた。
今度はソナタが目を丸くする番だった。
「……ほーんと、珍しい」
「男はみんな、狼だぞ~?」
がおー、と襲うフリをするライアンに、ソナタは明るい声で笑った。
「金色の綺麗な狼なら、仲良くなれるから大丈夫」
「え?」
「シェラのお友達に、すっごく綺麗で強くてやさしい金色の狼がいるの。だから平気!」
疑問符でいっぱいの顔になったライアンに、今度はソナタがちゅっとキスをした。
「第一印象で失敗したことないもん」
それが自慢なのだ、と綺麗に笑う少女に、ライアンも笑みを返した。
「うん。おれも」
ぎゅ~、と華奢な身体を抱きしめると、そのやわらかさと温かさに心が浄化されていく気がする。
この子の傍は、本当に気持ちが良い。
「──あ、そうだ」
「なぁに?」
「お肌のケアした?」
「ケア?」
何だそれは、と疑問を浮かべる藍色に、ライアンは苦笑した。
「日焼け止め塗ってたけど、一応ケアしてあげないとね。せっかく綺麗な肌なんだし」
「ライアン、するの?」
「おれはこの肌だから、もともと強いんだ。ソナタちゃん、たぶんあんまり気にしないだろうなぁ、と思って念のためにケア用品持ってきた」
「──すごーい! ソナタのために持ってきてくれたの?」
「シェラさん持ってそうだけど、一応ね。あと、アー君」
「キニアン?」
「きっと日焼け止めなんて塗らないだろうし、日焼けするのがかっこいいと思うお年頃だし。あの子、たぶんもともと白いから、焼くと火傷しちゃうと思うんだよなぁ」
「やさしいね」
『良きお兄さん』といった感じのライアンに、くすっと笑う。
「父さん北国の出身で真っ白でさ、姉さんたちも白いから。そのくせ姉さんたち、肌のケアなんてしなくて、昔から火傷するほど焼いては大泣きしてたんだ。それを冷やしたり、ケアしてあげてたから、自然とね」
「やって、やって!」
「うん」
その後、肌のお手入れ方法などを男性であるライアンから教わり、添加物を使っていない化粧水などをもらい──なんと、彼の実家で栽培している植物を使ったもので、通販でのみ販売されているという──カノンに電話して「「やっぱり」」とライアンと笑いあった。
シェラから対処方法は聞いたということだったが、特別なケア用品はなく、氷で冷やそうと思っていた、というカノンたちの部屋を訪ねることにしたソナタたち。
皮膚科の治療が必要なほど酷くなくて良かったが、ケアを怠れば悪化することだってある。
「……お手数お掛けします」
律儀にそんなことを言う少年は、どこか居心地が悪そうだ。
自分のせいでこんなにたくさんの人間の手を煩わせることになろうとは。
ソナタとカノンには、ビタミンCを摂取するためオレンジかグレープフルーツでジュースを作るか、なければルームサービスを取るように頼み、ベッドルームにキニアンと残る。
氷水で冷やしたタオルを背中に乗せていたキニアンに、ライアンはくすくすと笑った。
「別におれはいいんだけどさ。この背中に爪立てられたら、たぶんアー君死んじゃうし」
「──なっ!!」
思わずガバッ、と起き上がったキニアンだが、背中が痛かったのか顔を顰める。
「それは冗談だけど、たぶん気を失うくらい痛いと思うよ?」
「そっちじゃないよ!」
「え?──あぁ、『そっち』か」
「あ、ああ、あんたっ」
「真っ赤だよ?」
「煩い! 何でそんな平然と!」
日焼けした顔を更に赤く染めた少年の様子に、「可愛いなぁ」と呟くライアン。
「こんな話、男友達と集まったらいくらでもするけど」
「……」
「騎乗位でも、シーツに背中擦れちゃうしね」
だからケアしないと大変だよ、と女の子のように綺麗な顔で告げる芸術家。
くらくらと眩暈がして倒れ込みそうになる。
「やだなぁ。アー君だっておれとかパパさんにイロイロ質問してたじゃない」
「し、したけど!」
「ん~? あ、もしかして、ソナタちゃんとお兄ちゃんが近くにいるから?」
「……」
「可愛いなぁ」
「煩い!」
「お兄ちゃんは、恥ずかしがるかもね」
「……『は』?」
「うん。ソナタちゃんは平気だと思うよ。いや、別に好んで目の前でY談に花を咲かせようとは思わないけど」
「……」
もうどうにでもしてくれ、という様子でベッドに腹這いになるキニアン。
だいぶ熱の取れてきた背中や腕に、刺激の少ない冷えたローションを塗ってやる。
「とりあえず、背中が一番酷そうだから、顔はこっちで冷やしておいてね」
「……はい」
ベッドサイドに置いてある氷水で冷やしたタオルを受け取り、口許を残して顔を覆った。
このタオルもローションも、火照った身体に心地良い。
「二、三時間すれば、治まると思うから」
「……ありがとう」
「どういたしまして。日焼けすると肌がものすごい乾くから、このローションあとでお兄ちゃんに塗ってもらって。霧吹きで水かけてもいいけど。それから、水分補給も忘れずに」
「……はい」
「水風呂に入るのもいいかもね」
「あんた、面倒見いいよなぁ……」
感心したように呟くキニアンに、ライアンはくすくすと笑った。
「アー君が放っておけない子なだけだよ」
「……どうせ子どもです」
「そうじゃなくて。アー君って、愛されキャラだよね」
「──は?」
「ソナタちゃんたちもそうだけど。構いたくなる」
「……何だ、それ」
「いいことだよ」
「……」
「──あぁ、そっか。おれも、弟が出来たみたいで嬉しいんだ」
「……え?」
「アー君、パパさんのこと兄貴みたいだ、って言ってたでしょう? おれ、兄弟は上しかいないからさ。可愛い弟が出来た気分」
「……」
じっと動かずに冷やしタオルに顔を埋めているキニアン。
そんな少年に、ライアンは明るい調子で言った。
「──『お兄ちゃん』って、呼んでもいいよ?」
「……呼びません」
ちょっと嬉しくなった自分が馬鹿みたいだ、とため息を零したキニアンだった。
「──暑苦しい」
ベタベタとひっついてくる男に苛立ちながらそう告げるのも、もう五回目だ。
スイートのだだっ広い部屋にふたりでいながら、どうしてソファの一角でひっついていなければならないというのか。
「では、もっと空調を下げよう」
「馬鹿か。お前が離れればいいだけのことだ」
「それは出来ない相談だな」
「……」
本気でイラッとする。
日光に晒されていた身体はただでさえ熱いというのに。
「……あとで構ってやるから、頼むから身体にこもった熱が取れるまでは離れてくれ」
最大限の譲歩をしたシェラに、ヴァンツァーは背後から手を伸ばして顔を上げさせた。
「……何だ」
鼻先が触れそうな距離。
睨みつけてくるシェラにヴァンツァーは「寝てろ」とだけ言って離れていった。
「おい」
「冷やすものを持ってくるだけだ」
「必要ない」
「お前の『大丈夫』は信用しないことにしている」
「……」
むくれているシェラの様子には気づかないフリをして、備え付けの冷凍庫から氷を取り出し、洗面器に氷水を作ってリビングへ戻る。
タオルを濡らして絞り、シェラの額に当てるとそのままソファに押し付けるようにして寝かせた。
「動くなよ」
「……子どもじゃない」
「どうだかな」
「……お前むかつく」
「はいはい」
唇を尖らせるシェラを軽くいなすと、ヴァンツァーは再びキッチンへと向かった。
今度は氷だけを用意し、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出すとシェラの元へ戻った。
タオルで氷を包み、首や脇に挟ませる。
「冷たい」
「部屋に帰ってきてから、水でシャワーを浴びただろうな」
「うん」
「ならいい」
少しほっとした様子になる男に、目元をタオルで覆ったままのシェラは僅かに首を傾げた。
「気化熱でなく、空調で身体の表面だけ冷やすとかえって身体に良くないからな。水を浴びて体温を下げるのが先だ」
「……それくらい知ってるぞ」
「知識は持ってるだけじゃ意味がないんだよ」
「……」
珍しく咎める口調になる男に、シェラは内心『失敗した』と思っていた。
この男は決して過保護でも過干渉でもないが、自分の目で見て安全だと判断できるまで、一歩も譲らないところがある。
「水分は摂っただろうな」
「……水は飲んだ」
「お前、いい加減にしろよ?」
「そ……そんな怒らなくてもいいじゃないか!」
「怒ってない。呆れているんだ」
「ちゃんと水分摂った」
「お前の『ちゃんと』の定義では、発汗で失われる電解質は考慮されていないみたいだな」
「……」
「起きて飲め」
額の濡れタオルを外され、目の前にスポーツドリンクのペットボトルがぶら下げられた。
「……スポーツドリンク、好きじゃない」
「好き嫌いの問題ではない」
「……」
「人に散々苦手なものを食べさせておいて、自分は逃げるのか?」
「……」
「自分で飲めないなら口移しで飲ませるぞ」
「──っ、ええい!」
言ったら絶対にやる男なので、シェラはペットボトルをひったくるとゴクゴクと中身を飲み干した。
空になったペットボトルを、ぐいっ、とヴァンツァーに押し付ける。
「よく出来ました」
シェラが飲む間に氷水でタオルを冷やした男は、また額に当てて横にさせた。
ちょうどそのときシェラの携帯が着信を告げた。
ヴァンツァーが取り、シェラに渡してやる。
画面には息子の名前。
「はぁい」
『今ちょっといい?』
「うん。どうしたの?」
『あのね、アリスがすごい日焼けしてるんだけど……』
どうしたらいいのかな? と訊ねてくる息子に、シェラは思わずヴァンツァーの顔を見た。
そして、自分が受けた処置の数々を伝えてやった。
ありがとう! と嬉しそうな声で電話を切った息子に、携帯のフリップを閉じたシェラは思わずため息を零した。
「……『ありがとう』、だそうです」
「知識は人のために使って、初めて意味が出てくるんだよ」
くしゃり、と頭を撫でられて、またため息を吐いた。
日もすっかり落ちて、昼間に比べたら多少気温が下がってくる午後九時。
明日にはもう連邦大学惑星に帰らなければならないファロット一家+αの面々は、最後の夜に花火をして過ごすことにした。
初日から遊び倒し、日焼けをしたり軽い熱中症になったりした反省も含め、翌日以降は比較的のんびりと過ごした一行。
洞窟探検ツアーでは鍾乳洞の涼しさに外の暑さを忘れ、ホエールウォッチングでは水しぶきを上げてジャンプするクジラやイルカの群れに歓声を上げた。
スキューバダイビングでは海の透明度と熱帯魚の群れに癒され、釣を楽しんだりもした。
異様にキニアンが魚を釣り上げるので『モテ期』だとからかったり、逆に意外と気の短いカノンがまったく釣り上げられないのにキニアンがアドバイスをしたりと、何だかんだ言って仲の良いカップルに年長者たちは目を細めた。
「打ち上げるのもいいけど、こういうのも綺麗でいいね」
ソナタの言葉に、皆頷いた。
手持ち花火を楽しんでいる一行は、全員が浴衣を着ている。
シェラお手製の浴衣だが、きっちり男物と女物が半々なのは今更指摘するところではない。
色とりどりの火花が散る様は激しさと儚さが矛盾することなく共存していて、美しいと感じるとともに、どこか寂しさも漂う。
「あ、線香花火もあるよ」
「誰が一番長くもつか、競争しよう!」
「負けたらまた罰ゲーム?」
「負けた人は、後片付け係ね」
「おっけー」
わいわいと楽しそうに、けれど真剣な面持ちで蝋燭を囲んでいる子どもたちに、シェラはくすくすと笑った。
優雅にうちわで扇いでいる彼の隣には、穏やかな表情をした長身の男。
「私たちもやるか?」
「競争?」
「あぁ。罰ゲームつきで」
今度は負けないぞ、と顔に書いてあるシェラに、ヴァンツァーはちいさく笑った。
「──負けた方は勝った方にキスをする、っていうルールなら、いいよ」
「……それ、どっちに転んでもお前ひとりオイシイ思いするじゃないか」
「ひとり?」
本当に? と言外に訊ねてくる男に、シェラはふん、と鼻を鳴らした。
「せっかくの休みだ。特別に乗せられてやる」
「うん」
でも、とヴァンツァーは言葉を続けた。
「たぶん、また俺が勝つよ」
そして、本当にそうなったのである。
「いたっ」
線香花火対決では仲良く同時に二番だったソナタとライアン。
これまた仲良く手を繋いでホテルへの道を歩いていたのだが、ソナタが立ち止まったのでライアンも足を止めた。
「あ~、擦れちゃったんだね」
ビーチサンダルの鼻緒が擦れて、皮が剥けてしまっている。
サンダルを脱がせたライアンは、軽々とソナタの身体を抱き上げた。
「わ~お。お姫様抱っこだ」
「ちょっと不安定かも知れないけど、我慢しててね」
「ライアンすごいね」
「ソナタちゃん、軽いもん」
そのまま平然とした顔でホテルに戻り、部屋に着くと、ソナタをソファに座らせる。
旅行バッグの中から消毒液と絆創膏を取り出すライアンに、くすくすと笑うソナタ。
「ほんと、用意がいいなぁ」
「海って、結構怪我しやすいから」
「いいお母さんになりそう」
「姉さんたちにもよく言われた」
苦笑する青年は、洗面器に張った水でソナタの足を洗ってやると、消毒をして絆創膏を貼ってやった。
「ありがとう」
お礼を言って、ちゅっとキスをすると、ライアンは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「どういたしまして」
お礼のお礼には、頬にキスをひとつ。
「ライアン、浴衣も似合うね」
「ソナタちゃんも可愛いよ」
「ねーねー、こういうのって、やっぱり脱がせたくなったりするの?」
興味津々な少女に、年上の彼氏はにっこりと笑って言った。
「──今、結構ギリギリ」
これには大笑いしたソナタであった。
「あ~、もう。何でアリスが勝つの?」
水と花火の残骸の入ったバケツを手にしているカノンの隣を歩く少年は、珍しくくすくすと笑った。
「お前、気が短いんだよ」
「何それ、関係なくない?」
「釣もそうだけど、じっと待ってるの苦手だろう?」
「……得意じゃないだけだもん」
これにはまた笑ってしまった。
「持とうか?」
「ダメ。ぼく負けたんだから、そういうズルはしないの」
「偉い、偉い」
褒めたのに、きっ、と睨まれてしまったキニアン。
「怒るなよ。あとで、好きな曲弾くから」
「……何でも?」
「何でも」
「じゃあね、じゃあね」
あれとー、これとー、それとー、とすっかり機嫌を直して指折り数えている女王様に、思わず笑みが零れる。
所定の場所に花火の残骸を捨て、バケツを洗い終わると、キニアンはカノンの手を引いて唇を重ねた。
「……まーた、こういう暗いところでする」
やーらしー、と言って見上げた彼氏は、月明かりの下でもはっきりと分かるほど、楽しそうな顔で微笑んでいた。
こうして、ファロット一家+αの夏休み旅行は幕を閉じた。
高校生や大学生の子どもたちはまだ休みが残っていたが、社会人であるヴァンツァーはまた仕事の日々。
シェラは家にいる子どもたちやその彼氏たちとご飯を食べたり、課題に追われる子どもたちにお菓子を作ってやったり、平素よりは活気のある毎日を過ごした。
そうして、皆が日常に戻っていくけれど、楽しかった思い出は色褪せることなく胸に刻まれる。
少しずつ変わっていく友人や恋人との関係も、変わらない絆も、大切な宝物になって彼らの毎日をよりきらきらと輝く、かけがえのないものにしていくのだった。
END.