肉が焼ける間に、新郎・新婦はお色直しへ。
キニアンは、死ぬほど怖い目に遭ったことも、死ぬほど恥ずかしいキスで全部忘れてしまった。
ヴァンツァーがそれを意図していたかどうかは不明だが、勇者キニアンは笑顔と拍手で迎えられていつの間にか人気者だ。
その傍らには、ちょっと不機嫌な天使の王子様。
ずっと唇を尖らせたままのカノンは、べったりとキニアンにくっついて離れない。
もしかすると、彼にしてはだいぶ摂取したアルコールのおかげで眠いのかも知れない。
やがて、満を持して登場したドナドナの丸焼きは、食べたものすべてを感動させた。
ただ、肉を焼いただけ。
味付けも、岩塩をつけ、レモンを絞ったシンプルなものがまずは供されたわけだが、誰も彼もが「こんな美味い肉は初めて食べた!」と驚嘆した。
焼けた端から肉を削ぎ落として振舞っていくのだが、ほんのりと赤身の残った肉は口に入れれば肉汁が溢れ、少し焦げた表面の香ばしさと相まって野趣溢れる味わいだ。
最初は顔のついた牛や豚に抵抗していたものも、肉はそれほど好んで食べないというものも、『次の肉はまだ焼けないのか』と待っている状態。
「アリスぅ……あ」
雛鳥のように口を開けて待っているカノンに苦笑しながらも、キニアンは焼きたての肉をふぅふぅと少し冷ましてから食べさせてやっている。
「美味いか?」
「ん。美味」
そのちょっと偉そうな物言いに、キニアンの口許が綻ぶ。
「次はタレつけて食べたい」
「豚? 牛?」
「豚」
「タレはどれがいい?」
「味噌マヨ」
「……お前、結構チャレンジャーだよな」
「味噌マヨ食べないなんて、人生半分損してる!」
早く、早く、とせっついてくるのを「はい、はい」と宥めているキニアンだったが、実は彼の胃袋もかなり刺激されており。
どちらかと言えば肉よりも魚や野菜の方が好きなのだが、バーベキューだと苦手なものでも案外食べられてしまうのと同様、このちょっとばかりワイルドな会食を楽しんでいた。
もちろん、他の列席者も同様だ。
「おれ、あの脚のとこ丸ごといきたいなぁ」
「奇遇だな。わたしもそう思っていたところだ」
「豚? 牛?」
「わたしは豚だな」
「じゃあ、おれは牛のくれって言ってみようかな」
舌なめずりしながらそんな会話をする金色の天使と女王に、その相方たちは苦笑したものだ。
「あのふたりの胃袋は底なしだからな」
「間違っても、今日用意した料理は残らないだろうね」
「俺も大抵の美味いもんは食ってきたが、今日の料理は見た目こそ大胆だが、味は格別だな」
「食材を育てた人も、作る人も、食べる人も、みんな愛情いっぱいだもの」
ふふ、と微笑む万年青年のグラスに、ケリーは手ずからシャンパンを注いでやった。
ふたりとも酒はいくらでも飲めるクチなので、食事と一緒に、用意された数々の美酒を楽しんでいる。
相方は笑顔だし、酒も食べ物も美味い。
花嫁は美人で関係者も気持ちの良い人間ばかりときては、これはもう、大いに飲むしかない。
「僕ね、ケリー」
もたれるようにして頭を預けてくる青年に、ケリーは酒盃を傾けながら軽く相槌を打つ。
「エディがいれば、それだけで十分なんだけど」
「あぁ」
「でも……双子が生まれたときにヴァンツァーが『生きてて良かった』って言ったのを聞いて、本当に嬉しかったんだ。自分でもびっくりするくらい、嬉しかったんだよ」
「そうか」
「うん」
「そいつぁ、いい仕事したな」
よしよし、と頭を撫でられたルウは、くすぐったそうな顔をして笑った。
いつか、ここにいる人たちは自分を残して死んでしまう。
相棒だって、それは同じ。
それを避けて通ることは出来ない。
それでも、今こうして幸せそうに笑っている人たちを見て、自分も幸せだと思った事実は消えたりしない。
こんなにも胸があたたかくて、ちょっぴり泣きたくなるような気持ちになったことは、決して忘れない。
「……──いい日だなぁ」
ルウの呟きに、ケリーは無言でグラスを差し出した。
気づいたルウが、軽くグラスを合わせる。
澄んだ音がふたりの間に響いて、また、幸せな気持ちになった。
やがて戻ってきた新郎と新婦を迎えた面々は、華やかに着飾った新婦に惜しみない拍手を与えた。
純白の衣装から、今度はこの夏空と同じ青いドレスへ。
胸元から裾に向かって緩やかに色を濃くしていく涼しげなドレスは、透明度の高い海を思わせる。
たっぷりのフリルをあしらった薄布を何段も重ね、その間にワントーン濃い色のレースを挟んでおり、軽やかな印象を与える色味でありながら、ボリュームもたっぷりだ。
結い上げていた髪はおろされ、毛先を緩く巻いてある。
何房か取った髪は、青い生薔薇の髪飾りによって後頭部で留められている。
深海の人魚を思わせる美しさに、シェラはまた「綺麗、綺麗」と言っては目に涙を溜めている。
新郎は、貴族の夜会服を思わせる黒のテールコート。
胸元のスカーフは金と紅で刺繍してあり、クラシカルな衣装ながら華やかな印象がある。
「あー、何かいい匂いするー!」
美しく着飾った新婦の口から零れた言葉に、感嘆のため息は笑い声へと変わった。
「──さて。続きましては、新婦さんの双子のお兄ちゃんから」
あれれ、そんなの聞いてないぞ? と。
司会者の紹介に小首を傾げたソナタだったが、大事な大事なかけがえのない半身から祝福してもらえるのは素直に嬉しい。
「アリス」
「うん」
恋人とともに立ち上がったカノンは、新郎・新婦並びに列席者の拍手に迎えられ、高砂の向かって左手、司会者の近くに用意されたマイクの前に立った。
彼の恋人は、そこから少し離れた場所にあるピアノへ。
生音でのBGMという趣向なのだろうか。
結婚式場にもなったねずみの王国のキャラクターたちの曲。
メドレー形式で奏でられる音は、星屑がきらきらと降り注ぐような音だった。
マイクの前に立ったカノンは、ふぅ、と軽く息を吐き出すとソナタに目を向けた。
「……あっという間だったなぁ」
やさしい微笑には、僅かな寂しさが含まれている。
「ソナタはずっと、ぼくのお姫様でした……明るくて、無邪気で、可愛くて」
彼のことだから前もって伝えることを考えてきただろうに、その言葉は辿々しい。
飲酒が祟ったのだろうか、と少し心配になり、それでもじっとカノンの言葉に耳を澄ますソナタ。
「双子だけど、ぼくにはないものをたくさん持った……とても……とても、素敵な女性です」
「カノン……」
「シェラやソナタみたいに可愛くなりたくてたくさん真似もしたけど……やっぱりぼくには無理で」
そんなことない、と首を振ろうとしたソナタだったが、「でも」と言葉が続けられたのでぐっと我慢した。
「ぼくの彼氏は……ほんとに時々だけど、ぼくのこと、『可愛い』って……言ってくれます」
言った途端にどこからか指笛が聴こえてきて、会場はくすくすとちいさな笑いに包まれた。
きっと紅い顔をしているのだろうピアノの前の青年にも、少しばかり注目が集まる。
「『可愛い』って、言ってもらえると……何だか、ほんとに自分が可愛くなった気がするんです……可愛くないぼくでも、彼氏の前だと、ちょっとは可愛くなれるのかなって、思って……だからきっと、可愛いソナタは、彼氏の前だと、もっと可愛いんだろうなって……」
上手に喋れないなぁ、と困った顔になったカノンは、同じように少し困ったような、心配そうな顔をしている妹の顔を見て、ちいさく笑った。
「ほんとはお嫁になんて出したくないんですけど……今日のソナタはとても綺麗だから、だから、ぼくも彼氏に手伝ってもらって、ちょっと頑張ってみようかと思います」
ふぅ、と息を吐き、そしてまた、大きく息を吸い込んだ。
── Butterfly 今日は今までの どんなときより素晴らしい
── 赤い糸で結ばれてく 光の輪の中へ
そうア・カペラで歌い出した兄の声を聴いた途端、ソナタは思わず口許を押さえた。
胸が詰まって、鼻の奥がツンとする。
みるみるうちに目いっぱいの涙が浮かんで、堪える間もなく溢れ出した。
── Butterfly 今日は今までの どんなきみより美しい
── 白い羽ではばたいてく 幸せとともに
ほんの少し、カノンの声も震えている。
会場の誰もが耳を澄ませている。
「……ソナタ……ライアン……────結婚、おめでとう」
深く息を吸い込み、泣きそうになりながら微笑むその姿で、『おめでとう』のひと言を言うのにかなりの決意が必要だったのだろうことが分かる。
会場からは自然と「ワァァァァ」という歓声が起こり、そしてピアノでの前奏が始まる。
軽快なスタッカート。
ピアノの前に座る青年の瞳は銀色の頭を見つめており、「頑張れ」と言っているよう。
── 思い出してるよ きみと出会った頃
生まれたとき──否、母胎にいるときからずっと、ずっと一緒だったふたり。
やさしくて、あたたかく、ときに厳しい両親の大きな愛情に包まれ、ただただ幸せだけを与えられて育ってきた。
何をするにも一緒で、誰よりも大切で。
大好きな両親と半身がいれば他には何もいらないと思って過ごしてきた毎日。
苦しみや悲しみを知らないわけじゃない。
辛い思いをして、悔しさに泣いた日もある。
それでも、同じ日、同じときに生まれた、魂を共有する相手がいるから強くもやさしくもなれた。
成長して、それぞれに恋人が出来ても、それとは別のところで一番大切な人。
幸せそうに笑っていてくれるなら何でも出来ると、今でも変わらずそう思う。
たとえ頼る相手が変わっても、一緒に過ごしてきた日々がなくなるわけじゃない。
今日は、ふたりが離れ離れになる日ではなく、新しい関係に変わる日。
そんな、素晴らしい一日なのだから。
── やさしさに溢れた きみがとても大好き
── 悲しみあればともに泣いて 喜びがあるならともに笑うよ
── たったひとつだけ あたたかい愛に包まれ
── 夢のすべては いつまでも続くよ
どうか、これからも幸せに。
どんなときでも、あなたの幸せを願おう。
もしも涙を流すなら、宇宙の彼方へでも止めに行こう。
きっと、きっと約束する──でも、その役目は少しおあずけ。
これからのあなたが一番に頼るのは、今隣にいる人。
綺麗なあなたが、もっともっと輝ける場所。
── Butterfly 今日は今までの どんなときより素晴らしい
── 赤い糸で結ばれてく 光の輪の中へ
── 運命の花を見つけた
「……蝶は、青い……空を……舞う……」
ひと際大粒の涙を流して歌い終えたカノンに、惜しみない拍手が贈られた。
いつの間にか起きていた巨匠も、厳しい顔ながらその拍手は力強い。
それに気づいた隣のヴァイオリニストも、嬉しそうな顔で手を叩いている。
──それから。
「カノン!!」
思わず、といった感じで駆け出したソナタは、目を丸くしているカノンに思い切り抱きついた。
「もぉぉ!! 反則だよぉぉぉ!!」
「ソナタ……」
「言っておいてくれないと、泣いちゃうじゃない!!」
ふぇぇぇぇん、とこちらも大粒の涙を零す妹に、カノンはくすっと微笑んだ。
「ん……ごめん」
ちゅっ、と額にひとつキスをすると、よしよし、と頭を撫でてやる。
そう。
昔は、ずっとこうやって守ってきたのだ。
お日様みたいな笑顔が大好きだったから。
もちろん、それは今だって変わらない。
「でもね、ソナタ。笑って?」
目許の涙をそっと拭ってやりながらそう告げるカノンに、ソナタはニ、三度瞬きをしたあとにっこりと微笑んだ。
カノンも、同じように微笑む。
「ん。可愛い!」
よしよし、と。
また頭を撫でてやった。
「ありがとう、お兄ちゃん」
そこへやってきた長身の新郎に、カノンはちょっとだけ難しい顔を作った。
「言っておくけど、泣かせたらぶっ飛ばすからね」
「肝に銘じておきます」
ちょっと笑ってそう答えたライアンは、ピアノの方からやってきた青年にも笑みを向けた。
「アー君、ありがとう」
「うん。おめでとう」
仄かな笑みを浮かべた青年は、よしよし、と銀色の頭を撫でてやった。
きゅう、と目を閉じて日向の猫のようになるカノンに、新郎と新婦は顔を見合わせて微笑みを交わした。
ブーケももらっていたことだし、きっと次はふたりの番だろう、とは思いつつも、なかなか素直になれないカノンと、やさしすぎて受身でいることの多いキニアンはきっとゆっくり、ゆっくり進展していくのだろうな、と思うのだった。
「あ、ソナタ。ちょっと聞いてよ!」
「どしたの?」
「アリスがね、味噌マヨ好きだってぼくが言ったら、チャレンジャーとか言うんだよ?!」
「えー、美味しいよ? 玉ねぎ刻んだ味噌マヨに豚肉浸け込んだり」
「でしょ?!」
「……分かったよ、あとで食べるよ」
「当たり前じゃん。シェラ特製なんだから!」
「……はいはい」
いつもの調子のふたりに笑みを零した新郎・新婦は、自分たちもドナドナの丸焼きをいただきに、白くまのお父さんの元へと向かった。
披露宴では、新郎・新婦はなかなか食事を摂れないことも多いのだが、時間をたっぷり取っていることもあり、ソナタもライアンもめいっぱい食事を楽しんでいる。
ソナタはドレスの締め付けもあるだろうが、その辺りはシェラが心得ており、食べても苦しくならない設計になっている。
そして、最後に出されたデザートは、四季をイメージした淡雪かん。
寒天とメレンゲで作る、シンプルな分誤魔化しの利かないデザートだ。
春は桜、夏は緑、秋は紅葉、冬は雪。
それぞれの季節にそれぞれの美しさがあり、大切な人とその移り変わりを共有出来る素晴らしさを忘れないで欲しい、というシェラの願いが込められたひと品だった。
口の中に入れると、ふんわりしゅわー、と溶けていく淡雪かんのやさしさと儚さに、皆、興奮気味だった気持ちが落ち着いていくのを感じた。
「それでは最後に、新郎・新婦から、ご両親へ花束の贈呈です」
拍手が沸き起こる中、六人は高砂の前へと進み出て行った。
「まずは新婦さんから」
レティシアからマイクを差し出されたソナタは、ひとつ頷いてそれを受け取ると、両親に向き直った。
「シェラ、パパ。二十一年間、ありがとうございました」
そのひと言で、シェラの瞳に涙が浮かぶ。
「毎日楽しくて、幸せで、『うちの家族は、宇宙で一番素敵なんだぞ!』って自慢したいくらい、みんなのことが大好き!」
笑顔を浮かべるソナタの瞳にも、込み上げてくるものがある。
「……わたしは昔、ほんのちょっと『どうしてわたしだけ女の子なんだろう』って、思ったことがあります。シェラも、パパも、カノンもみんな男の人だったから、だったらわたしも男が良かったな、って」
少し哀しそうな顔をするシェラに、ソナタは『違うよ』という風に首を振った。
「でも、今は女の子に産んでくれたシェラに、感謝しています」
ぱちぱち、と瞬きをするシェラに、ソナタはにっこりと微笑んだ。
「わたしには夢があります。それは、野球チームが出来るくらいの、子沢山なお母さんになることです」
「──ソナタ……?」
おお! と歓声の上がる会場とは対照的に、シェラは怪訝そうな顔つきになった。
「それでね、子どもたちみんなに、『シェラ大好き!』って、言ってもらうの!」
「ソナ────っ」
「可愛い子どもたちに囲まれて、ぎゅーって抱きつかれて、たくさん、たくさんキスされて。ちょっと困った顔をして笑ってるシェラを見るのが、わたしの夢です!」
嗚咽で言葉が出て来ないシェラの頭を、ヴァンツァーはそっと胸に引き寄せた。
「なので、ライアン。協力して下さい」
「喜んで」
ぺこり、と頭を下げる新婦に、同じようにお辞儀をする新郎。
会場からはちいさな笑いと拍手が起こった。
「それから、パパ」
「はい」
「お仕事してるときのかっこいいパパも大好きだけど、シェラに叱られながら楽しそうに笑ってたり、今みたいにシェラを抱きしめているときのやさしいパパの顔が、一番大好きです」
「うん」
「わたしがお嫁に行っちゃったらシェラはとても寂しがると思うので、今まで以上にやさしくしてあげて下さい」
「なっ!」
「はい、約束します」
「ちょっ────んんっ!」
抗議の声を上げたいらしいシェラの唇を塞いで、暴れようとするのを腕の中に掻い込むと、『これでいいですか?』とばかりにソナタに微笑み掛けた。
「うむ、なかなかよろしい」
満足、満足と頷いたソナタは、涙目のまま恨めしそうにヴァンツァーを睨んでいるシェラの前に立つと、花束を差し出した。
「今までありがとう」
「ソナタ……」
「それと、──これからも、よろしくお願いします!」
にこぉ、と。
ちいさい頃と同じ、明るくて幸福感に溢れた笑顔。
シェラが、何よりも一番に護ろうとしてきたもの。
それがずっと変わらず自分の前にあるということが、ひとつの答えのような気がした。
「……私は、こんなに幸せでいいのかな?」
呟いたシェラに、ソナタはわざとらしく目を丸くした。
「あら。シェラにその気がなくても、わたしはシェラを幸せにするわ」
この言葉に、シェラは思わず目を瞠り、ヴァンツァーはちいさく吹き出した。
似たもの親子だ、と苦笑したシェラは、「ありがとう」と言って花束を受け取ると、祝福のキスをした。
ライアンからも、両親へ。
「えっと……ソナタちゃんの感動的なメッセージのあとで申し訳ないんですが、こういう場なのでカミングアウトしてしまいます」
そう切り出したライアンの前で、ヨセフとイリーナはこそこそとささやきあった。
「お母。カミ……ングなんちゃら、いうのは、ラミングの仲間が?」
「サミングのことじゃなかろうか?」
「ああ、釣りだべか!! お母、あだまえーな!!」
「……船で氷砕かないし、釣りもしないよ」
納得顔の両親に、ライアンは思わず苦笑した。
「父さんはこの通りおっとりのんびりした人で、母さんは小ざっぱりした人で。ふたりとも、細かいことにはこだわらない大らかな人たちです。姉三人も男勝りというか、豪快というか」
直後、「ちょっと待ちぃ!」と抗議の声を上げたハーマイン家の三人娘を、その夫たちが「まぁ、まぁ」とたちどころに宥めるのを見て、ライアンはまた苦笑した。
「義兄さんたちは、もう、とにかくかっこ良くて、男のおれから見ても惚れ惚れするような男ぶりの人たちばかりです」
今度は「当たり前やん」との声を上げる三姉妹を、また夫たちが「はいはい」と落ち着かせる。
「そんな家族が自慢でもあり……でも、何をやっても敵わないなぁ、と思うことも多くて、連邦大学惑星に来てからは結構やんちゃしてました」
恥ずかしそうに頬を掻く青年に、「男はやんちゃくらいがえぇで」「お人形遊びばっかりしてはったやないの」「でも、うち中一までしか腕相撲勝たれへんかったわー」などと、微妙にズレた声援や檄が飛ぶ。
何ともマイペースな一家である。
「おれは長男ですけど末っ子ですし、姉たちも、その旦那さんも頼もしい人ばかりなので、結構自由にさせてもらいました。大きな農場なので、人手はいくらでも欲しかったと思うんですけど、両親は『自分たちだって好きなことをしているんだから、お前も好きなことをしなさい』って言ってくれて。ちいさい頃から動物に囲まれて暮らしていて、生き物の身体って本当に綺麗だなぁ、と思っていたので大学は彫刻科に入りました。でも、人を見れば見るほど、知れば知るほど、自然のままの美しさというのがいかに稀有なものかが分かってきました……二十歳のときも、大学の課題に行き詰っていて……大学辞めて、実家に帰ろうかとまで思っていたんです──そうしたら、街中で天使に逢いました」
それが誰のことかなど、聞くまでもない。
会場からは盛大な冷やかしの声が飛ぶ。
「最初に見かけたのは後ろ姿で。きっと、すごく姿勢が綺麗だったからでしょうね。羽が生えているように見えました。飛んでいってしまう前に捕まえなきゃ、と思って声を掛けたら、こんなに可愛い子で」
歓声は、更に大きくなる。
「さっきの彼女の言葉に感動された方も多いんじゃないかと思いますが、すごく真っ直ぐで、やさしい子で、それから人を見る眼のあるお嬢さんです。おれはこう見えて結構なコンプレックスの塊だったんですが、彼女はそういうのも全部、丸ごと受け止めてくれるくらい大らかです」
「なぁんにも考えてないだけよ?」
「そんなことないよ」
ソナタの言葉にくすっと笑ったライアンは、『さっきから何の話をしているんだろう?』という顔をして、まったく当事者の意識のない両親に目を向けた。
「お父、お母、ありがとう」
まだきょとん、としている両親に、ライアンは誇らしげな表情で言った。
「おれも、お父とお母みだいな、似合いの夫婦になる!!」
一瞬目をぱちくりさせたあと、ヨセフは「おー」と目を丸くすると、豪快に笑った。
「んだんだ。孫の顔も、早ぐ見でぇしな」
きっとどちらに似ても可愛い子が生まれるだろう、と相好を崩す両親に、ライアンもにっこりと微笑んだ。
両家の両親どうしも固く握手を交わし、会場はあたたかい拍手に包まれた。
「皆さん、本日はお楽しみいただけたでしょうか?」
この新郎の言葉にも大きな拍手が返る。
「本当に、お忙しい中ありがとうございました。お土産もありますし、残ったお料理はご希望があればお包みしますのでお申し付け下さい」
ここでひと際拍手が大きくなって、ライアンもソナタも破顔した。
やがてゲストは新郎・新婦とその両親たちに見送られ、宿泊先でもある披露宴会場となったホテルの上階へと向かって行った。
「ありがと、レティー」
ゲストが会場を去ったあと、ソナタはこの日司会を務めた男に礼を言った。
「いえいえ、どういたしまして」
「結婚してあげられなくて、ごめんね?」
「──ぷっ!」
思わず吹き出したレティシアは、苦笑しながらソナタの頭を撫でてやった。
「いいって。それに、今の俺は患者さんたちにモテモテなんでね。お前さんの両親に殺されてやるわけにはいかないのよ」
「レティー、イイ男なのにね」
「だろ? ほんと、言ってやってよ」
特にそこの難しい顔したお嬢ちゃんに、と顎で示す。
「でも、結婚には向いてないと思うよ?」
ズバリと言うソナタに、レティシアは「さいですか」と苦笑いした。
「じゃあ、結婚の代わりにお願いがあるんだけど」
「なぁに? ほっぺにちゅーくらいだったらしてあげられると思うよ」
これにはさすがにライアンも苦笑したが、レティシアは首を振った。
「それも魅力的なんだけど──お前さんの子ども。出来れば、俺に取り上げさせてくれよ」
「──レティー……?」
「夢、ってやつかな」
へへ、と頬を掻く男に、ソナタはぱふん、と抱きついた。
「おいおい、旦那さんが見てるぜ?」
「……うちの旦那様は、そんなに了見狭くないわよ」
「おーおー、そりゃあ悪かった」
よしよし、と頭を撫でてやると、ぐすん、と鼻を鳴らしたソナタはゆっくりと顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「シェラには話をつけておくわ!」
「よろしく」
もちろん、そのシェラもこの場にいるのだけれど。
レティシアがそんなことを考えているとは思いもよらなかったのだろう、ぽかんとした顔をしているシェラ。
「はいはい、じゃあ俺たちは、別室で親睦会といきますか!」
「……別に、今更お前と深める親睦など」
「あ、新郎さんのご両親さん、お部屋はあっちになりますんで。えぇ、飲みましょう、飲みましょう」
「ちょ、こらレティシア!!」
さっさとハーマイン夫婦を別室へ連れ去ったレティシアのあとを慌てて追うシェラ。
ヴァンツァーはそれをくすくす笑って見送っていたが、やがて娘夫婦に視線を向けると微笑を浮かべた。
「おめでとう」
「……ありがとう、パパ」
そして、ヴァンツァーはシェラたちのあとを追い、新郎・新婦は前日から泊まっていた部屋へと戻った。
「ん~、楽しかった~」
「みんな、喜んでくれたみたいだね」
「お料理は美味しかったし、余興も楽しかったし」
「お兄ちゃんの歌には感動したし?」
ちょっとからかうようなライアンの言葉に、ソナタは「もぅ!」と頬を膨らませた。
「だってだって、反則だもの!」
「おれも感動しちゃった。アー君のピアノはやさしくて、お兄ちゃんの歌はあったかかった」
ふと笑みを深めるライアン。
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
満面の笑みを返したソナタを、ライアンは「そーれ」と抱き上げた。
「きゃっ!」
「さてさて、それでは早速──ソナタちゃんとレティシアさんの夢を叶える第一歩ということで」
一瞬きょとん、とした顔になったソナタは、次いでポンッ、と頬を紅く染めた。
くすくすと笑う、いつもより男っぷりを上げている夫の首に抱きつくソナタ。
「──……ひとり目は、女の子がいいです」
ぼそっと呟かれた言葉に、ライアンは「おれも!!」と答えた。
More and more Happy.