月明かりに浮かぶ顔はひどく青褪めていて、今にも泣きそうに歪んでいる。
長く美しかった銀髪はもうなくて……あぁ、そう、それに気を取られた。
唇も、瞳も震えていて、小太刀を握る手には力がない。
──とんでもないことをしてしまったのだ、と。
そう、書いてある。
この表情は何だろう。
────『絶望』?
この銀色の、どんな望みが絶たれたというのか。
それが、分かるはずもないが……。
柄を離そうとする銀色の手を掴んで、一層深く刃を進める。
不思議と、痛みは感じない。
焼けるような熱もない。
あるのは、ぬるま湯に浸かっているかのような心地良さだけ。
死ぬことに対する恐怖もない。
自分が殺してきた人間たちは、最期の瞬間醜く顔を歪めていた。
彼らが何に怒り、怯えていたのか、終ぞ分からずじまいというわけだ。
──自分は、安堵以外の何も感じないのだから。
それなのに、息を呑み、見開かれた紫の目に……涙?
何を泣くのだろう。
呼吸すらできていない。
喘ぐように、苦しげな。
人を殺すことが仕事で、物心ついた頃には息をするように自然に殺人を犯していたはずの行者が。
殺したものは聖霊になると信じ、だからこそ罪悪感を覚えることなどなく、淡々と命を奪ってきた銀色が。
恐れ、戦慄き、それでも自らを鼓舞してこちらの問いに答える。
忙しなく瞳を揺らして、噛みつくように。
答えたのだからさっさと手を離せ、と言わんばかりに。
──やはり、この銀色は面白い。
「悪くはない……」
この銀色は、考えることができる生き物なのだ。
こんな問いかけをしていても、自分は答えることができない──そもそも、答えようという意思がないのかも知れない。
これは、忌むべき行為なのだ、と。
これは、恐ろしい犯罪なのだ、と。
喪われた命は、二度と戻らないのだ、と。
この銀色は知った。
誰もが聖霊になれるわけではないのだ、ということも。
ファロットとは、無意識に主人を選んでしまう、そういう生き物なのかも知れない、と。
それでも、この銀色は『考える』のだという。
主人を失っても死ぬことなく、考えるのだ、と。
まだ、生きる意思を持っている。
最後と決めた主人がいなくなっても、生きるのだ、と。
どんな束縛よりも強固な、『自由』という名の蜘蛛の糸に絡め取られることなく。
息苦しく、恐ろしい『自由』から逃れるために考えることを放棄するのではなく、あえて考えるのだ、と。
幸福になるために。
息の詰まるような『自由』から、自由になるために。
だから、自分が生きて死ぬことにも、意味があった。
ファロットの呪縛は絶対ではなく、そこから逃れられるものを、見つけ出すことができたのだから。
──……きっと、この銀色と出逢うために。
一族の戒めから逃れる光を示してくれるものと出逢うために。
自分は、生きていた。
だから、あのとき死ねなかった。
ファロットで禁じられた私闘を通して、この銀色の生き様を垣間見た。
──ただ、あるがままに。
己の思うままに心を動かす。
無意識に誰かの命令を待ったりせずに。
……俺にはできない。
頭では分かっていても。
意識せずには、指一本動かせない。
────……羨ましい。
もしも、輪廻というものがあるのなら。
こんな、罪に汚れた身体でも、転生が叶うのなら。
今度は、──……どうか、この銀色に。
本当の自分を生きてみたい。
そこから見る景色は、きっと、──この銀色のように、美しいのだろう……。
感謝と離別の言葉の代わりに、掠めるような口づけを。
最初で最後。
たった一度、俺の意思で…………──────────。
「──ねぇ、君。ちょっと生き返ってみる気なぁい?」
and then …… ?