何とか逃げ切れたシェラとヴァンツァーは、ほっと胸を撫で下ろした。
ヴァンツァーにとっては、レティシアが本気で追って来るつもりがないことも幸いした。
正直、ありがたいと思った。
群れの士気を下げないため、また、掟を遵守するために自分たちを追う足は止められないだろうが、それでもかなり時間は稼げるはずだ。
岩だらけの山を登って峠に出たふたりの眼前に、朱金の空が現れた。
あたたかな色彩。
緑の野山を橙に染める、大きな太陽。
流れる雲は、黄金に輝いている。
誰の手で生み出すこともできず、二度同じ景色を見ることも叶わない。
そのさまはあまりに雄大で、その景色はあまりに力強くて。
しばらくふたりは、茫然と見入った。
月並みな表現をするならば、心が洗われる。
この景色に比べて、ちっぽけな自分たち。
今日もどこかで、《オオカミ》は《ヤギ》や《ヒツジ》を追っているのだろう。
生きるためだ。それは、決して無駄なことでも、卑下することでもない。
それでも、今シェラとヴァンツァーは、同じ景色を見て、同じように美しいと思っている。
同じように感動できるのに、争わなければならないことが切ない。
綺麗事だ、分かっている。
《オオカミ》は《エサ》を捕食しないと死んでしまう。
しかし、だからといって両者が手を取り合ってはいけない、ということはないだろう。
──シェラとヴァンツァーが、ずっと手を繋いで走ってきたように。
「随分登ったな」
「さすがに疲れました」
「いつものことだろう? シェラは走るのが苦手だからな」
ヴァンツァーがからかうように笑う。
シェラは頬を膨らませた。
その様子に笑みを深めると、ヴァンツァーは視線を遠くに投げた。
「あそこに見えるのは、コーラル山だな」
「本当だ。スケニア谷も見えますよ」
「ここから見ると、あんなにちいさい……」
ぼんやりとヴァンツァーは呟いた。
先程まで胸の内で考えていたことが、口をついて出る。
「私たち、あんなところで暮らしていたんですね」
「そう。毎日、追いかけたり、追いかけられたり、隠れたり、見つけたり。──みんな大変だ」
シェラがクスクスと笑う。
「やっぱり、ヴァンツァーって変」
「……」
少々傷ついた瞳でシェラに視線を落とす。
「だって、《オオカミ》なのにそんな言い方」
「そういうシェラだって……」
ヴァンツァーは繋いだ手を持ち上げた。
肩を震わせておかしそうに笑ったシェラは、笑みをおさめると沈みゆく太陽を見つめた。
「──私、今思ったんですけど……」
「何だ?」
「ヴァンツァーと出会って良かったなぁ、って」
眩しそうに朱金の太陽を見つめるシェラ。
シェラの横顔をじっと眺めていたヴァンツァーは、ふっ、と笑うと同じように太陽を見つめた。
「俺もだ……」
繋いだ手に力を込める。
「──きっと、緑の森はある」
シェラといると、どんな願いでも叶う気がする。
どんなことでもできる気がする。
根拠のないものは信じない性質のヴァンツァーだったが、不思議とそれを確信していた。
「えぇ。絶対あるはずです」
にっこりとした笑顔に励まされる。
「そこに行けたら、楽しいんだろうな」
シェラとなら、きっとどこにいたって楽しい。
それが本音だけれど。
「────……ヴァンツァーと、一緒なら」
ふわりと笑ったシェラの頬は、太陽に染められてか赤くなっている。
「……」
何だかよく分からないが、ヴァンツァーは、今すべてのものに感謝したい気分だった。
シェラが《ヤギ》であること。
自分が《オオカミ》であること。
今こうして、同じ夕日を眺めていること。
──それから、あの嵐の夜にふたりを出逢わせてくれたもの。
口にはしないけれど、あらゆるものに感謝した。
それはシェラにしても同じことだった。
そしてふたりは繋いだ手にしっかりと力を込めると、まだ見ぬ緑の森を心に描いて、しばらく夕日を眺めていた。
あくる日は、どんよりとした曇り空だった。
そして、ふたりが山を登るにつれて白い雪がちらちらと舞い始めた。
気がつくと辺り一面真っ白だった。
ボロ布などまったく意味をなさないほど、周囲の気温は低い。
ヴァンツァーは、ただでさえ薄着のシェラを引き寄せ、そのままの体勢で歩いた。
「……明日も同じだと、まずいな……」
独り言のつもりで呟いた言葉に、思いがけなくも返事が返ってきた。
「きっと、いい天気になりますよ」
白い息を吐きながら、冷たくなった手を擦り合わせるシェラ。
それでも、いつものように微笑んでいる。
だから、ヴァンツァーも笑みを返した。
「そうだな」
しかし、雪はどんどんと激しくなり、みるみるうちに猛吹雪へと変わった。
スケニアでもないくらいの大雪だ。
しかも、かなり風が強い。
真っ直ぐ歩くことすら厳しい現状だ。
まともな食事をとっていないふたりは、万全の体調とも言い難い。
特にヴァンツァーは、シェラと出逢ってからまともに《エサ》を口にしていなかった。
それでも何とかシェラの身体を支え、吹雪の中、歩を進める。
「シェラ! 大丈夫か!」
耳元でも、大声で喋らないと聞き取れないのだ。
途端にシェラの足から力が抜けて倒れ込む。
「シェラ!」
シェラの呼吸が荒い。
高山で酸素濃度が低いことと、極度の疲労が災いしているのだろう。
薄着のせいで、凍傷になりかけているかも知れない。
「私……もうダメだ。歩けない……」
風が強くてほとんど感じ取れないが、細い身体がカタカタと震えているようだ。
「諦めるな! この山を越えるんだろう?! シェラ!!」
ヴァンツァーは必死でシェラを立ち上がらせようとするが、冷気がシェラの身体を凍らせていく。
ヴァンツァーは急いでかまくらを作った。
雪を堀っただけのものだが、ないよりはマシだ。
ふたりが入れるくらいの大きさのそれを作る間も、シェラに声を掛け続ける。
そして、ぐったりとしたシェラを引っ張り込むと、その身体をさすってあたためてやった。
手も、腕も、背中も、脚も、一生懸命あたためる。
自分の纏っていた布など、とっくにシェラにかけてやってある。
本当は、もっと端的に身体をあたためる方法がある。
人肌は、何よりも熱をもたらす。
それでも、絶対に今は行えない。
シェラが万全の体調なら加減をすればいいかも知れないが、今の状態で抱いたら、身体があたたまる前に死んでしまう。
──《オオカミ》との繋がりは、精気のやり取りなしには成立しないのだから。
だから、ヴァンツァーはがむしゃらにシェラの身体をさすってやった。
「シェラ、シェラ、頑張れ……頼む。────……ひとりにしないでくれ、シェラ……っ」
一度シェラは死の淵から生還した。
それならば、今回だって平気なはずだ。
そんなヴァンツァーの思いが通じたのか、しばらくするとシェラはうっすらと目を開けた。
「……ヴァ……ツァー……?」
「シェラ! 大丈夫か?」
「……う、ん……あり、がとう……」
力なく微笑むが、顔の筋肉は固まっているようでなかなか思うように動かない。
顔色は悪いし、身体はなおも震え続けている。
ヴァンツァーは、ずっとシェラの身体をさすっていた。
そのうちに、少しずつ、自分の身体もあたたまってきた。
やがて日が暮れていき、ふたりのいるかまくらもとっぷりと闇に包まれた。
その頃には、シェラは起き上がれるくらいにまで回復した。
今は自分で自分の身体を撫でている。
「これで、吹雪さえやめばいいんだが……」
ヴァンツァーはじっと外を眺めた。
簡易造りのかまくらでも、外に比べればあたたかい。
ふたりは、少しでもあたたかいようにと身を寄せ合った。
しかし、次の日も、次の日も、吹雪はおさまらなかった。
雪穴は半分ほど埋まってしまった。
このまま吹雪がおさまらなかったら、ふたりともここで飢え死にするのだろうか。
ぼんやりと、腕の中のシェラを見つめるヴァンツァー。
肩に銀色の頭が乗せられている。
引き寄せた肩の細さ。
包まった布から見え隠れする白い肌。
すらりと伸びた四肢。
冷たいが、やわらかな頬。
────鼻腔をくすぐる、甘い、匂い……。
片手で包むようにして頬の感触を確かめ、乾いた唇を指でなぞり、はっと我に返る。
慌ててシェラから顔を逸らす。
シェラが、そんなヴァンツァーの様子に気付き、ポツリ、と言った。
「──今、私がおいしそうに見えたでしょう……?」
ささやくような掠れた声。
「そんなことはない……」
奥歯を噛み締めるようなヴァンツァーの声に、シェラは力なく笑った。
「いいんですよ。もう何日も食べてないでしょう? どうせ外はこの寒さですし……《ヤギ》の私には耐えられない」
長く息を吐くと、シェラは紫の瞳をヴァンツァーに向けた。
「だから、ヴァンツァー……私の分まで生きて」
「……何を、言っている……?」
シェラはヴァンツァーの問いに答えない。
「私、ヴァンツァーと出逢って、幸せだと思ってるんです。命をかけてもいい、と思える友達に出逢えて……」
脳裏に描くのは、濁流に身を任せた瞬間のこと。
切り立った崖を飛び越えた瞬間のこと。
ずっと、手を取り合って走り続けてきた時間のすべて。
ヴァンツァーがいたからこそ、シェラはその苦難の道を歩んでこられた。
「……幸せなのは、むしろ」
ヴァンツァーがすべてを言い終わる前に、シェラが再び口を開く。
「だから、ヴァンツァーは、お腹いっぱい《エサ》を食べて、元気にこの山を」
「いやだ」
ヴァンツァーも最後まで言わせない。
それは、ヴァンツァーが初めてシェラに見せる、拒絶の態度だった。
シェラの言わんとしていることが分かってしまうから。
「ここに、こんなにおいしそうな《エサ》が──」
「お前は、《エサ》じゃない……」
断固拒否したヴァンツァーの美貌が歪む。
「────……友達、だろう……?」
不確かなものを確かめる声音。
それは、シェラにというよりも、自分に言い聞かせているようだった。
シェラは緩く首を振った。
「あなたにとって、私は友達である前に、《エサ》じゃないですか」
「──違う!」
全身でシェラの申し出を拒絶するヴァンツァー。
しかし、体力のないシェラを突き飛ばすような真似はできない。
それに乗じて、シェラはふわりとヴァンツァーの首に抱きついた。
途端に、一層強くなる甘い香り。
《ヤギ》特有の催淫効果のある香りに、《オオカミ》の身体は勝手に熱くなる。
ヴァンツァーは頬に熱が上がるのをありありと感じた。
密着した状態で、それに気付かない方がおかしい。
シェラはヴァンツァーの顔を覗き込んで微笑んだ。
「ね?」
鼻先が触れ合うような距離でのささやき。
眩暈を起こしそうなほどに甘美な誘い。
「……違うっ!」
シェラの肩をつかみ、目を逸らす。
そうする間にも、身体はどんどん熱くなる一方だった。
シェラを押し返そうとしている腕が、その意図を変えそうになる。
寒さと飢えで、本能が理性を凌駕しつつあった。
極限状態の今、目の前の魅力的な《ヤギ》の誘いは、どんなに拙かろうとも欲情を煽ってくる。
それでもヴァンツァーはきつく目を閉じた。
せめてシェラの姿を見ないように。
しかし実際目で見なくとも、頭は勝手に想像を始める。
それは、以前にも経験したこと。
「違う……違うっ!!」
かっ、と目を見開くが、そんなことで頭の中の映像は止まってくれなかった。
しかも、生身の目で見るシェラは、脳裏に描いたものよりもずっと鮮やかだった。
切なくて、悔しくて、情けなくて、ヴァンツァーの目から涙が零れた。
それにそっと手を沿わせるシェラ。
凍えた指に、それは久方ぶりの温もりをもたらした。
自分ではどうすることもできないヴァンツァーの熱に触れたシェラは、その熱を分けられ少しあたたかくなった。
心地良い体温を求め、両手でヴァンツァーの頬を覆った。
その片手を握り締めるヴァンツァー。
「……なんで、勝手に……っ」
自分の許可なく、反応するのか。
ヴァンツァーは、空いている片手を握り締め、思い切り地面を殴った。
二度、三度と殴りつける。
痛くない。
皮膚は切れて血が滲んだが、そんなものは全然痛くなかった。
「……どうして、俺は……《オオカミ》なんかに生まれてきたんだ……っ!」
すべてを呪うような押し殺した叫び。
「……」
無言でいたシェラが、傷ついたヴァンツァーの手に自分の手を重ね、口を開く。
この手もとてもあたたかい、と思う。
「ねぇ、ヴァンツァー。正直に答えて」
「……なんだ」
「私と初めて会ったとき、私が《ヤギ》だと知っていたら、どうしてました?」
きつく眉を寄せるヴァンツァー。
奥歯を噛み、震えそうになる声を懸命に抑える。
嘘は吐かない。
吐きたくない。
けれど、自分の言葉に溺れたくもない。
だから、深呼吸して口を開く。
「……きっと、抱いてた。──いや、少し違うな。抱きたいと思ってた、と思う」
実際に手が出せたかどうかは分からない。
それくらい、ヴァンツァーは一目で囚われてしまったから。
シェラは少し困惑したような顔つきになった相手に向かい、にっこりと笑いかけた。
「そう、それでいい……そのときの気持ちになれば……ね?」
「……」
ヴァンツァーは一度目を閉じ、薄く笑った。
「──……正直、どっちでもいいんだ。俺とお前のどちらが生き残ろうと、一緒に飢え死にしようと……。そんなことはどうでもいい」
雪穴の天井を見上げるヴァンツァー。
「ただ……どっちになっても、もうこうして話すことすらできなくなる。それが、一番きつい」
「……私だって……」
シェラの目にも涙が光っている。
「ずっと考えてたんです、この吹雪の中。命だって、いつかは終わりが来る。でも、私たちが出逢って、一緒に過ごした時間が全部消えてなくなるわけじゃないでしょう?」
「その時間が、長いか短いかの違い、か……」
できることならば、長くあって欲しいと思う。
無理だと分かっていても、終わらなければいい、とさえ思う。
「……ヴァンツァーの身体、あたたかい」
そう言って、相手の肩に頬をこすりつけるように身体を密着させる。
ヴァンツァーの身体は、もう高熱を出したときのように熱くなっていた。
じんわりと、体温が戻ってくる気がする。
「私、このあたたかさを忘れない……」
「……」
「今ここで死んでしまっても、絶対、ずっと覚えてる」
「……」
シェラの身体が小刻みに震える。
「……ヴァンツァーと話したこと……一緒に見た風景……そのとき感じたあたたかい気持ちも」
涙に濡れた顔が、満面の笑みを浮かべる。
「全部……全部、忘れない……」
嗚咽を我慢しているのだろう。
声は震えていたし、ささやくようにちいさなものだった。
外の吹雪に掻き消されそうなほどにか細い。
それでも、ヴァンツァーにはしっかりと届いた。
無言のまま、きつく、掻き抱く。
せめて、シェラが少しでもあたたかいように。
自分の熱を与えるように抱きしめたあと、微かに残った理性を総動員させ、ヴァンツァーはシェラの身体を押し返した。
不思議そうに見上げてくる紫の瞳。
まだ、涙の跡が残る頬は、僅かに赤みがさしていた。
ぎこちなくはあったかも知れないが、ヴァンツァーは微笑みを浮かべた。
「……初めて会ったことにして、俺は外からやってこよう」
「ヴァンツァー……?」
「俺はお前を知らないし、お前も俺を知らない……。凍えそうな寒さと飢えを感じた俺は、ここへ入ってきて《ヤギ》のお前を見つけた……」
言われていることを理解したシェラは、にこりと笑うと、ひとつ頷いた。
「きまり。──じゃあ、ヴァンツァー、元気でね」
そして、声には出さず、唇だけを動かした。
──さよなら。
「あぁ……さよなら、シェラ……」
震える声を抑えたヴァンツァーは、シェラの額に唇を押し付けた。
長く。
これ以上、思考を麻痺させる甘い香りを吸い込まないよう、息を止めて。
できるだけ、永く……。
そして、ヴァンツァーは外に出て行った。
熱くなっていた身体を、瞬時に凍結させるような吹雪。
外に出た瞬間、ヴァンツァーは口許に笑みを浮かべた。
それは、決して自嘲的なものではなかった。
むしろ、誇らしげなそれ。
甘い香りから離れ、まともに冷気を浴びた頭は、多少冷静さを取り戻した。
「……今更、どうこうできるわけないだろうが……」
少なくとも、精気を吸い取られて冷たくなっていく身体を抱き続けることなど、彼にはできない。
たとえそうして生き延びたとしても、死にたくなるだけだ。
シェラの命と引き換えに生き延びたとして、死にたい衝動と、もらった命を無駄にできない葛藤に苦しむくらいなら、吹雪の中ひとりで飢え死にした方がずっとマシだ。
草の一本、木の実の一粒でもあればいいのに、とヴァンツァーは周囲を見回した。
視界は最悪だったが、足場に気をつけつつ歩を進めた。
歩くうちに雪は小降りになっていった。
この様子ならば、しばらくしたら歩けるようになるかも知れない、とヴァンツァーは気分を持ち直した。
外気に冷やされた頭は、すっかり冷静さを取り戻している。
あまりの低温に鼻が利かないことも幸いした。
身体に染み付いているはずのシェラの香りは、目の前にその対象がいない限りヴァンツァーを苦しめたりしない。
望みが出てきたことを伝えようと、ヴァンツァーは踵を返した。
──と、眼下にチラチラといくつものちいさな光が見えた。
元々目のいいヴァンツァーだったが、戻った視界に助けられ、それが《オオカミ》たちの目の光だということが分かった。
鋭い舌打ちを漏らす。
「……来たか」
空を見上げる。
小降りになったとはいえ、まだまだやみそうもない。
《オオカミ》たちとの距離も計算すると、今シェラを連れて逃げるには、かなり厳しい状況だ。
ふ、とヴァンツァーが浮かべた笑みは、シェラには見せたことのない、攻撃的なものだった。
「命を懸けてもいい友達、か……」
シェラの言葉を思い出す。
武器は、僅かにポケットに忍ばせた石ころのみ。
とてもではないが、雪山を登ってくる《オオカミ》すべてを倒すことはできない。
それに、何より厄介なレティシアは、足場や視界が悪かろうと礫をくらうようなことはしない。
彼だけが追って来るならばどうとでも言い逃れはできるが、仲間がいる状況ではレティシアは『裏切り者』を見逃したりしない。
少し、レティシアの境遇に同情した。
仲間よりも友達を選んだ自分と、友達よりも仲間を選ばざるを得ない彼。
ヴァンツァーは一度シェラのいる雪穴を見やると、崖を飛び越え、谷を滑り降り、全速力で走った。
勝算はほとんど皆無だった。
それでも、ヴァンツァーは《オオカミ》たちに向かっていった。
生まれて初めて、命を狩るのではなく、守るために。
高揚している己の心に逆らうことなく、ヴァンツァーはその美貌に笑みを浮かべた──。
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