──遊び倒した……否、遊び倒された。
午前中からピクニックと称して敷地内の山や川を散策し、野原で駆けずり回った。
最初は戸惑い、こんなことをしていていいのだろうか、と思ったシェラだったが、子どもたちが楽しそうなので、自分も楽しむことにした。
自分たちでも言っていたように、あの子たちは子どもが好きなのだろう。
男である自分がカノンとソナタに弟妹を作ってやることは難しい。
また奇跡でも起きない限り、ほぼ不可能だと言っても良い。
ヴァンツァーか自分のどちらかが女性と関係を持てばそれも可能となるのだろうが、現在ふたりともその気はない。
ましてや、子どもが欲しいからといって女性に手を出すというのは失礼以外の何ものでもない。
女性は、子どもを産む道具ではないのだから。
だから、自分と遊ぶことでふたりが弟や妹を持った気分に浸れるなら、それもいいかと思った。
とても聞き分けの良い子たちだから、たとえ弟妹が欲しくともそれを口に出すことはない。
その願いを叶えられないだろうシェラが、苦悩することを知っているから。
──それならばせめて、ほんのひと時だけでも。
そうして、足が棒のようになるまで、シェラと双子は野山を駆けずり回ったのである。
ヴァンツァーはのんびりと木陰で読書でもしているようだった。
それでもふとしたときに子どもたちを見る目がやさしいから、きっと彼も楽しんでいたのだろう。
──だったら、いい。
自分が彼にしてやれることなど、限られている。
彼は望みを口にしない。
お前の望みこそが自分の望みなのだ、と微笑みそう言う。
子どもたちだけではない。
ヴァンツァーは、自分のことも甘やかしている、とシェラは思う。
真綿でくるむように。
粉砂糖で飾るように。
かつて命を賭して闘ったことなど幻だったのではないかと錯覚しそうになるほど、今のあの男からは穏やかな雰囲気しか感じない。
……時々、それが怖くなる。
抜け出せないほどに浸ってしまったその甘やかでやさしい時間が突如終わりを告げたら、自分は再び立つことなど出来ないだろう。
だから溺れすぎないよう歯止めをかけようとしているのに、そんなものは無駄な抵抗だと言わんばかりに爪を立てる手を絡め取られる。
そうして、甘い毒を喉の奥に流し込むのだ。
「このサイズは久々だな」
ちいさく笑う、どこか楽しげなヴァンツァーにシェラは困惑しながらも大人しく抱かれている。
高校生の体力があるとはいえ、さすがに一日中駆けずり回って疲れたのだろう。
双子は「「シェラと寝る」」と言って引かなかった割には、風呂から上がり夕飯を済ませると倒れこむように眠ってしまった。
五歳児の肉体を持ったシェラが、疲れを感じないわけがない。
ヴァンツァーの腕に抱かれ、既に瞼は落ちかけている。
居心地が悪くないようにシェラの体勢を整え、自分の胸に頭を預けさせるヴァンツァー。
さらさらの髪を梳いていると、「……違う」という呟きが耳に入った。
「何が?」
「触り方」
「触り方?」
「……いつもと違って、いやらしくない」
眠気の奥からも愕然とし、いっそ感動したような表情になるシェラに、ヴァンツァーは「何だそれは」と嘆息した。
「それではまるで、俺が恒常的に変質者みたいじゃないか」
「違うみたいじゃないか──っていうか、時々はそうだという自覚はあったのか」
驚きだ、と心底感心したような声を発するちいさな子どもに、ヴァンツァーはあからさまに呆れて見せた。
「どうしてそう、お前の中で俺の評価は地を這うように低いんだ?」
「いや、事実だから」
「……はいはい」
不毛な会話は打ち切り、とっとと寝かせてしまえ、とでも言いたげに、ヴァンツァーはシェラの頭を撫でた。
頬に落ちる髪を耳にかけたり、背中を軽く叩きながら後頭部を撫でたり。
いつも眠るときにはこうして髪を梳いたり、額にキスをくれたりするが、何だかやっぱり違うのだ。
嫌なわけではないし、とても安心出来て気持ちがいい。
うとうとと眠りに落ちそうになりながら、シェラはぼんやりと思った。
──そういえば、この男はやたらと子どもたちを寝かしつけるのが巧かったな……。
そうそう夜泣きをする子どもたちではなかったが、片方が泣けばもう片方も目を覚ます。
お腹がいっぱいになっても、片割れが満足出来なければ泣き続ける。
そんなときにこの男が抱き上げてあやすと、不思議と声がちいさくなるのだ。
泣いていることに変わりはないが、それでも火がついたような泣き声から、ぐずぐずとした泣き方にまで安定するのだから大したものだ、とあのときは感心していた。
「どんな魔法を使ったんだ?」
と訊ねれば、
「人徳だろう?」
と馬鹿な答えを返されたので魔法の正体は分からず仕舞い。
しかし、この男に徳があるかどうかは別として、確かにこの腕の中が安らげる場所であることは間違いない。
力強い腕や厚い胸が、自分を守ってくれるものだと分かるからだろうか。
とくん、とくん、と響く心臓の音が、子守唄のよう。
「──おやすみ」
心臓の音に重なるように、胸から直接声が響いてくる。
聴き慣れているそれも、いつもと違う。
性的な意図を持たない、ただ抱きしめるだけの腕と、純粋に眠りを促すための声。
恋しいと、欲しいと思われているのではなく、愛されているのだと感じられるぬくもり。
ほんの少し物足りなく思う気持ちはあるが、それ以上の幸福感と安堵感を得られることが嬉しい。
成人した自分の肉体だけではなく、幼くとも、満足に抱き返すことが出来ずとも、ここにいてもいいのだと許してもらえていることが。
……やっぱり、悔しいけど私の方がだいぶ好きなんだろうなぁ……──絶対言わないけど。
そんなことを思いながら、シェラは穏やかな眠りに就いた。
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