Baby Love

──それから、一週間が経った。

双子とヴァンツァーは協議の結果、一日ずつ交代でシェラと一緒に寝る権利を分け合った。
本人抜きで決定されたそれに、シェラは苦笑するに留めた。
元の身体に戻るまで。
いつ終わるか分からない、制限付きの遊び。
もう、疑いもしない。
自分の家族は皆、子どもが好きなのだ──ヴァンツァーも含め。
純粋に子どもが好きなのか、その子どもがシェラであるということが大事なのかは分からない。
けれど、確かに自分は大切にされている。
そう思えるから、シェラはこの状況を受け入れた。
ルウに魔法で戻してもらうことは簡単だ。
まだ報告はしていないが、いつか知られるところとなるだろう。
それでも、今自分は、魔法の力によって元に戻るつもりはなかった。

「──十年、待つのもいいかも知れんな」

冗談なのか本気なのかそう言ったヴァンツァー。
幼子を自分好みの人間に育てるというのは、ぶかぶかのYシャツと同じく男のロマンらしい。
そう言われてなお、ヴァンツァーが自分に触れる手には、性的なものをまったく感じなかった。
だから、シェラは訊いてみた。

「十年待たず、今の私を抱けるか?」
「……」

呼吸も含め、瞬きだけを残してすべての動きが綺麗に止まるというのが、案外面白かった。
何より、子どもとして子どものように慈しまれるだけでは物足りないのだとはっきり自覚した自分に驚いた。

「それともやはり、お前は子ども相手では勃たないのか?」
「……………」

不思議そうな顔でとんでもない発言をするのはいつものことだったが、今日は特にひどい頭痛と眩暈を感じたヴァンツァーだった。
この銀色はいつも自分に「馬鹿なことを言うな!」と怒鳴るが、そっくりそのまま言葉を返してやりたい。

「……自分の身体を見てものを言え」
「こんな色気のかけらもない身体じゃ勃たないってこと──」
「違う」
「じゃあ勃つのか?」
「……………………」

きょとんとして首を傾げる様子は実に可愛らしい。
そう、例えるなら「赤ちゃんてどこから生まれてくるの?」と訊ねる子どもそのものだ──否、例えずとも、実際に訊ねているのはそういうことだ。
対するヴァンツァーはこれ以上ないほど深く嘆きのため息を吐き、いつも口づけをするときのようにその丸みを帯びた顎を取る。

「──確実に、死ぬぞ」

なお『分からない』という色を浮かべる瞳は無垢そのものの透明な紫水晶。
これ以上どう説明しろと言うのかこの銀色は。

「……とにかく、今はやめておけ」
「じゃあ、いくつになったらいいんだ」

不満そうに唇を尖らせる。
むぅ、と駄々をこねる子どもの表情で、きゅっと首筋に抱きついてくる。
高い体温に、心地良さは感じるが欲望は覚えない。
自分の中で線引きなどしていない。
どのシェラもシェラであるという事実に変わりはない。

──ただ、もしも理由があるのだとしたら。

「……お前が、自分の意思で星の彼方まで行けるようになったら……」

何億光年も離れた場所へ、自分の知らないうちに行ってしまえるようになったら。

「そのときは」

──離さない。

そう、だから今はいいのだ。
子どもたち相手に独占欲を丸出しにするのも、彼らがシェラをどこにでも連れて行ってしまえるからだ。
手元にいるならいい。
自分の前から、この光が消えてなくなるのでなければ、いい。

「ふぅん……」

耳元で呟く声。

「お前はいつでも私の前からいなくなれるのに、それは随分とひどい話だな」

胸の内に燻るものを感じているのだろうことが分かるシェラの言葉に、腹を立てられることは承知でヴァンツァーはちいさな笑いを漏らした。
案の定「なぜ笑う」と顔を顰められたが、それも笑いを誘うだけ。
この銀色は、時々本当におかしなことを言う。
笑いながら、ヴァンツァーはちいさなぬくもりを抱き返した。

──俺がお前の前からいなくなるのは、死ぬときだと知っているだろうに……。

決して、言葉にはしないけれど。


子どもの姿になってから、シェラの寝巻きは『動物さんの着ぐるみシリーズ』と決まっていた。
中でも家族全員に大人気だったのが、真っ白い猫の着ぐるみだ。
ピンクのリボンを耳と尻尾につけた、仔猫。
もちろんフードの部分に耳がくっついているわけだ。
着ぐるみだけあって、手だってすっぽりふかふかした肉球つきの前足に入っている。

「か~わ~い~い~!」
「ねぇねぇ、『にゃあ』って言って!」

大興奮で白猫シェラ撮影隊になった双子──ちなみにソナタがカメラで、カノンがビデオだ──に、シェラは戸惑いながらも「に、にゃあ?」とぎこちない笑みを浮かべた。

「ちぃがーーーーーーーーうっ!」
「もっと、こう、何て言うの? 心の底から溢れてくる思いの丈を込めた『にゃあ』が欲しいんだよ!」

──どんなだよ。

思ったシェラだったが、いちいち細かい演技指導が入るところは、本当によく似た父と子たちだと思う。
それから延々三十分、『にゃあ』だけのためのTake36を数えた頃。

「そろそろ寝る時間だ」
「──にゃあ?」

軽いノックの音がして子供部屋の扉が開かれたので、背後を振り返って首を傾げる。
散々繰り返していたから思わず口をついて出てしまった鳴き声に気づきもしないシェラ。
数瞬、リビングに静寂が訪れた。

「「────それだぁ!!」」

キターーーーーーッ!! 

と叫んでがっちり握手をする双子をきょとんとした顔で見つめ、口許を押さえて明後日の方向を見ているヴァンツァーに首を傾げる。

「何だ?」
「……いや」
「私は何か変なことを言ったのか?」
「……いや、今回に限ってはまったく」
「そうか?」
「あぁ」

釈然としないものを抱えたまま、その日は子どもたちと眠ったシェラだった。

翌日は、ヴァンツァーと眠る日。
何となく、今日は仔猫の着ぐるみパジャマではないものを着たいシェラだった。
他の動物シリーズでも、普通のパジャマやワンピースでもなく。

「う~ん……」

何が着たいんだろう? と首を捻ったシェラは、はっとして手を打った。
そうして、いそいそと着替え始めた頃、寝室の扉が開かれた。

「あ、もう寝るか? ちょっと待っててくれ。今着替えているところだから」

入ってきた男の脚がぴたり、と止められていることにも気づかず、シェラはいくつもあるボタンを懸命な手つきで留めていった。

「──よしっ」

満足気に笑みを浮かべて頷くと、背後から抱き上げられた。

「──っと。危ないじゃないか」

動く気配ひとつ感じさせない男に、抗議の意味を込めた視線を送る。
目の前に何とも形容し難い、困惑の表情。

「何だ?」

首を傾げれば、それはこちらの台詞だ、と返される。

「……何だ、その格好は」
「だって、お前これが好きなんだろう?」

これこれ、と言って真っ白いシャツの胸の辺りを引っ張る。
そう、シェラは現在、ヴァンツァーのYシャツに袖を通していた。

「何だか、みんなの期待に応えるのが楽しくて仕方ないんだ」

くすくすと笑う口を押さえる手元は、さすがに自分で捲ることが出来なかったのか長い袖に覆われたまま。
ベッドの端にシェラを下ろし、床に跪いて袖を捲ってやる。
ちいさな身体は、その爪先ですらシャツの裾から出て来ない。

「お前、何を食べてこんなに大きくなったんだ?」

元の身体を考えると、とてもではないが自分はこのシャツが似合うほどの体格は望めそうもない。
男としては、若干悔しいところである。

「食べ物はさして関係ないと思うがな……──で?」
「ん?」
「何だ、この格好は」
「さっき言った。お前、これが好きなんだろう?」

間接照明だけが灯された薄暗い寝室の中、きらり、と紫水晶の双眸が光った。

「──十年もかけず、お前なんて骨抜きだ」

にやり、と歪められた口許に、思わず眉を上げたヴァンツァー。
よいしょ、とだだっ広いベッドの真ん中へ這って行き、自分の隣をぽんぽん叩く。
逆らうところでもないので、着ていたガウンを脱いでシーツに滑り込むと、腕の中にちいさな身体を横たえた。
寝心地の良い場所を探してもぞもぞ動いていたシェラは、定位置を見つけたのか厚い胸に頬を擦りつけると瞳を閉じた。
洗ってよく乾かした銀髪に、長い指が梳き入れられる。
何よりも強力な睡眠導入剤に、意識は急速に眠りへと引きずられる。

「ヴァンツァー……?」

眠る前に、と思ったのかシェラは瞳を閉じたまま、覚束ない口調で言った。

「……すぐに、大きく……なる、から……」

手近なところで、済ませるなよ……?

可愛らしい独占の言葉に、ヴァンツァーは微笑んで額に唇を落とした。  




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