holidays

共和宇宙の片隅に、『食の宝庫』と呼ばれる惑星がある。
中央銀河にあるわけではないが、だからこそ辺境の食材までがそこへ届き、料理人や食通たちに重宝されている。
ここにはおよそ人間が居住可能な惑星で産出する食物で手に入らないものはない、と言われるくらい多種多様な食材が揃っているのだが、小惑星ほとんどひとつが食品館となっているのだからあながち誇張でもないようだ。
たとえば食肉にしても、屠殺したものも生きているものも、加工したものも用意してある。
むろん、牛、馬、羊、ヤギ、鹿、猪、ウサギ、雉、鳩、鶏などなどが、それぞれに改良された品種分あるのだ。
惑星ひとつを食品館にあてても、足りないくらいの品数なのである。
そんな惑星フィリアに、シェラとヴァンツァーはやってきていた。
まとまった休暇が取れそうだったので、社員全員に休みを取らせたのだ。
仕事柄ゴールデンウィークも取れない彼らの、遅めの連休といったところだろうか。
シェラが以前から興味のあった『食の宝庫』へ行きたいというので、ふたりは休暇一日目からこうして遠出しているわけである。

──ちなみに、足はヴァンツァー自前の小型船舶である。

彼はとうとう、宇宙船まで買ってしまった。
とはいえ、《パラス・アテナ》よりもずっとちいさく、当然ながら感応頭脳の出来も劣る。
しかしながら、ルウが設計したその船舶は、小型ながらかなり快適な船旅を約束してくれるものであった。
感応頭脳もダイアナに劣るとはいえ、フィリクス級の逸品である。
まだまだ改良の余地があるとして、ルウはほとんど材料費のみの価格で三万トン級船舶《セラフィム》を譲ってくれたのだ。
それでは悪い、と申し出たシェラに当のルウは、

「平気、平気。満足いくのが完成したら、量産して大金持ちになる予定だから」

と美しい微笑みを向けた。
金銭に拘泥しない彼が本当に大金持ちになる気があるのかどうかは別として、既存の宇宙船と比べても何ら遜色のない──それどころかずっと性能の良い船舶は、その移動速度が快速艇並みだ──船は、このままでも十分な価値がある。
客船に乗ってフィリアに向かえば標準時間で二日は掛かるのだが、個人所有の船ということもあり、シェラたちは十二時間あまりで到着することができた。
そうして、惑星フィリアに降り立ってから、シェラは人が変わったようになった。
感情を司る前頭葉が活発に働いていることが一目瞭然の、キラキラと輝く瞳。
興奮して紅潮した、元は白磁のような頬。
銀の髪すら光が増して見える。 口はほとんどきかず、ただ黙々と食料の間を練り歩く。
そうして、鼻息までを荒くし、次から次へと食品の試食を繰り返し、時々滂沱と感動の涙を流しながら、気に入りの食品を購入リストに載せていく。
そのリストを精算機に通し、会計する仕組みなのである。
邪魔にならないように一歩下がり、それでもその美貌のおかげで十二分に人目を引きつつ、ヴァンツァーはシェラのあとをついていった。
彼は、シェラが半ば無理やり試食品を口に入れてくるので、「この分だと今日の夕飯は必要ないな」と思いつつ、シェラはきっと腕によりを掛けて料理をするのだろうことも分かってしまい、どうやってカロリーを消費するかに余念がない。
今も食肉売り場の一角で、シェラは最高級の生ハムをひと口食べて恍惚とした表情になると、ヴァンツァーの口にもそれを入れた。
シェラの顔は前述の通り、鼻息まで荒くしたきらきらしい笑顔。
天使のような美貌のシェラがそんな表情をすれば滑稽に映る気がするが、それはとんでもない誤りで、むしろ愛しさすら覚えるほどの、無垢な子どものような笑みだった。
ヴァンツァーは驚きに目を瞠りつつ必死に笑いを噛み殺す、という実に珍妙な顔つきになった。

「──あぁ、美味いな」

どうにかそれだけを口にすると、シェラは無言のままブンブンと首を縦に振った。
首がもげそうな勢いである。
大好きな主人を目の前にした子犬の尻尾のようだ。
そうして、食肉館、青果館、穀物館をあらかた回り終えたところで、シェラはピタリと足を止めた。
訝しがるヴァンツァーの方へゆっくりと振り返ると、そこには不安げに眉を下げた天使。
今しがたまで機嫌が良かったというのに、どうしたのだろうか。
そんな連れの表情を読み取ったのだろう。
シェラはおずおずと口を開いた。

「──……買ってもいい?」

一瞬何を言われているのか分からなかったヴァンツァーだ。

「まだ寄ってない食料館にも行くのだろう?」

首を傾げると、シェラはもじもじとして首を傾けた。

「それはそうなんだが……その、今までリストに入れた食品……買っても、いい……?」

おねだりするように──否、実際しているのだが──シェラは上目遣いにヴァンツァーを見上げた。

「……」

思わず絶句したヴァンツァーだ。
しばらく茫然としたあとは、笑いが込み上げてくる。
ふたり暮らしなら半年は食べていけそうな食品をリストアップしておいて、そこに気付くのは今なのか。
賢明に笑いを堪えて肩を震わせる男を見て、シェラは眉を寄せた。

「……なんで笑うんだ」

その一言で、ヴァンツァーはとうとう堪えきれずに吹き出した。
くつくつと喉の奥で笑う男の足を、シェラは軽く蹴りつけた。
ヴァンツァーは額と腹を押さえている。
その様子を見ると、かなり腹筋にキているらしい。
渋面になったシェラの前でひとしきり笑うと、ヴァンツァーは限度額のないキャッシュカードを取り出した。

「──そのつもりで連れてきた。好きなだけ買え」

なんせ、そのために母屋の隣に食料保管用の建物を作ったのだから。
《パラス・アテナ》の貯蔵庫並みの仕様のそれは、生鮮食品でも五百年は鮮度を保てるという優れものだ。
何とも豪儀なヴァンツァーの台詞とカードに、シェラの顔に満面の笑みが戻った。
宝石や貴金属には見向きもしないくせに、こと食品に関しては実に貪欲だ。
おそらくこの休暇中に、いつもの面子や社員まで家に呼んでパーティをするのではないだろうか。
騒がしくなるのは正直好ましくないが、この銀色が上機嫌ならばそれでいい。

今日のヴァンツァーは、いつもよりほんの少しだけ、心が広かった────。  




END.

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