天使なんかじゃないっ!

カノンは放課後の校内を、ひとりでとぼとぼ歩いていた。
その表情は冴えない。
それもそのはず、最愛の妹が、「今日は彼氏とデートだから~」とさっさか待ち合わせ場所に向かってしまったのだ。
何度となくため息を零す唇も愛らしく、上級生──特に男子──から、熱気の篭った視線を送られているのだが、今日のカノンはそんなことにも気づかない。

──……あの男、いつかヘコます。

パシンッ、と握った拳を手のひらに打ち付ける。
少々物騒なことを考えて脳裏に思い描くのは、金色の髪に褐色の肌、黙って立っていればスーパーモデル並みの長身美女だ。
しかし、男装の麗人にしか見えないと言っても、ライオネル・ハーマイン──ライアンはれっきとした男で、しかも僅か三時間でソナタの彼氏の座を勝ち取ったのである。
八つ裂きにしても飽き足りないが、しかし、ソナタは彼の傍でとても楽しそうに笑っている。

「……顔と身体だけの男が……」

天使ともてはやされる彼の口から、呪詛のような声が漏れる。
しかし、呟いてはみたものの、彼らが愛してやまないシェラも顔と身体だけの男のことが好きだったことを思い出して深くため息を吐いた。

「……ふたりとも、何で適当なところで手を打っちゃうかなぁ」

周りにイイ男がいすぎて感覚が麻痺してしまったに違いない、そうだ、そうに違いない。
そんなことを考えながら歩いていたカノンは、いつの間にか目的の場所へ辿り着いていた。
耳に届くのは、身体に直接響くような足音と、シューズが床に擦れるキュッ、という小気味良い音、そして──。

──きゃあああああっ!!!!

少女たちの、黄色い歓声。
この女子高生の声援の三分の一を受け取っているのが、カノンが目的としている人物だ。
体育館の横からひょっこり銀色の頭を覗かせる。
すぐに、目が吸い寄せられる。
長身揃いのバスケ部員にあって彼の身長はなお高く、既に百九十あるという話だ。
しかし、中学の三年間で四十センチ伸びたからもう伸びないんじゃないか、と本人は言っていた。
だが、目が引き寄せられるのは何も彼が長身だから、というだけではない。

「……あ、またスリー……」

すっと背筋が伸びたままの高い跳躍、長い滞空時間──空中で一瞬動きが止まり、そこから真上に長い腕が伸びて手首が返される。
見ているこちらの呼吸も止まる中、ボールが綺麗に弧を描いてリングに吸い込まれていく。
綺麗だ、と純粋にそう思う。
全身の筋肉やバネが、一切の無駄なく連動している。
人体については幼い頃から教え込まれたカノンでさえ、見惚れるような姿だ。
しばらくじっとして様子を見ていたカノンだったが、ホイッスルが鳴ると、バスケ部員のひとりがカノンを指差した。
それに促されてこちらを向いた新緑色の瞳と目が合って、カノンはなぜか背筋を伸ばした。
休憩時間なのだろう。
長身の少年が、肩にタオルをかけて近寄ってくる。

「珍しいな。妹は?」
「……帰った」

憮然としたカノンの表情で、「デートか」とあたりをつける。

「デートじゃない! 誑しこまれてるんだ! 成人した男が高校生相手にするなんて犯罪だ!」
「はいはい」
「アリス、ちょっとは心配してよ! ぼくの大事な妹なんだから!!」
「……俺にはあの人、餌付けされてる犬にしか見えないけどな……」

何度かファロット家で顔を合わせた話題の人物を思い出し、キニアンは微苦笑を浮かべた。
ぶすっ、と膨れたカノンの頬を、指で軽く叩く。

「ほら。早く帰って、シェラさんにおやつでも用意してもらえよ」
「……」

ちょっと待て、と思ったカノンである。

「甘いものでも食べれば、そのイライラも収まるんじゃないか?」
「……」

だから待て、と思ったカノンである。

「暗くなる前に帰れよ? シェラさん、結構過保護だからな」

彼にしては珍しくちいさく笑う様子に、カノンは傲然と顎を上げて訊ねた。

「……それって、ぼくに帰れ、ってこと?」
「は? あぁ、うん。帰るんだろう?」

さも当然のようにそう言い出した男に、カノンは思い切り眉間に皺を寄せた。
天使がそんな顔をするとは思っても見なかった体育館の面々は、興味深々にふたりを遠くから眺めている。
そんな周囲の視線など完全に無視して、カノンはキッ、と長身の少年を睨みつけた。
何だ、と瞬きを返す緑の瞳に、

「~~~~っ、この、ド最悪男!!」

と言い捨てて、カノンは体育館を後にしたのである。

「……何だ、あれ……?」

残されたキニアンはぽかん、とした表情をしていたわけだが、ポン、と肩を叩かれて背後を振り返った。

「……先輩?」

そこには、同じバスケ部で切磋琢磨しあっている先輩たちの姿。
両側から肩を抱かれ──というよりもガッチリ押さえ込まれ、キニアンは「うっ」と息を詰まらせた。

「よぅ、キニアン。お前、今、何してた?」
「なに、って……同級生とはな、……先輩、くるし……」
「あぁ、あぁ、そうだったな。オレはしっかり見てたぜ? なぁ? あの、『銀色の天使』カノンちゃんをだ。ん? お前は、こともあろうに、──泣かせやがったな?」
「い、いや……泣いては……ちょ、マジで息できな──」
「可哀想に、あの可愛い顔を真っ赤にして、目ぇうるうるさせてたじゃねぇか」
「あれはおこっ──ちょ、ほん、くる……」

首を締め上げられ、意識が遠退く寸前、キニアンの身体は床へと解放された。
本気で殺す気か、と思った少年だったが、先輩たちの怒りはまだ収まらないらしい。

「どーすんだよ。お前のせいでカノンちゃんが明日から学校来なくなったりしたら」
「……いや、そんなヤワな性格じゃ」
「どーすんだよ。俺たちが明日からカノンちゃんのご尊顔を拝し奉れなくなったら」
「……そんな大袈裟な」
「ああ?! 何か言ったか、この口が!!」

むぎゅうううっ、と唇を摘み上げられ、キニアンは先輩の腕をパシパシ叩いた。
いや、こんなことをしているが、これはイジメではない。
常日頃は、厳しくもやさしい先輩たちなのである。
いきなり一年生でスタメンに選ばれているキニアンのことも、嫌な顔ひとつせずに迎えてくれる尊敬出来る先輩たちなのだ。

──ただちょっと、敬虔というよりは盲信的なまでの『カノン天使教』の信者だというだけなのだ。

「キニアン。お前、追いかけてカノンちゃんの機嫌直して来い」
「は? 俺、練習が。来週練習試合じゃないですか」
「知るか。カノンちゃんのご機嫌取りが出来ないようなヤツは、スタメンから外す!」
「はあ?!」
「そもそも。認めたくない、認めたくはないし認めるつもりもないが、女の子が彼氏の部活覗きに来る、っつったら、求めてることなんてひとつだけだろうが」
「あいつはおと」
「はい、ちゅーもーく! ここテスト出まーす!」

しゃがみ込んだ先輩にまたもや首を締め上げられ、ギブ、ギブ、と腕を叩くキニアン。

「教えて欲しい?」

うん? と猫撫で声で訊いてくるやたらガタイのいい男相手に、首を振ろうものならそのまま落とされかねない。
キニアンは不自由ながらも頷いて見せた。

「よーし、特別教えてやろう」
「やろう」

別の先輩たちも、腕を組んでこっくり頷く。

「それはぁ……」
「そ、それは……?」

引き攣った顔になるキニアンに、頬を摺り寄せてゴツい少年は言った。

「──彼氏と一緒に帰って放課後デートしたいからに決まってんだろこのド畜生があああああああああっ!!!!!!」

すぅ、と息を吸った後に耳元で思い切り叫ばれ、キニアンはひどい耳鳴りに襲われた。
体育館中に響いた声に、他の部活の生徒も手を止めて注目している。
まだキーン、と言っている耳を押さえたキニアンに、ずらりとその周りを取り囲んだ『カノン天使教』の信者たちは物騒な笑みを浮かべて告げた。

「おい、ミスタ・KY」

何とも不名誉な呼ばれ方だが、キニアンは現在耳が痛くてそれどころではない。

「お前、さっさとカノンちゃん追いかけて来い」
「……先輩、そもそも俺、寮生活だから放課後デートも何も」
「言い訳をするな。寮なんて縄梯子使って抜け出せ」
「いや、だったら許可取ってから」
「お前にはロミジュリを愛する心はないのか!」
「……先輩がそんな本読んでたことが驚きです」
「ロミジュリと少女漫画は男子高校生のバイブルだ!!」
「いいから! お前、追いかけないとマジでスタメン外すからな!!」

ペイッ、とばかりに体育館を追い出されたキニアンは、仕方なく更衣室へと向かった。
着替えながら、ぽつりと呟く。

「──天使っていうよりは、小悪魔なんだけどなぁ……」

この辺が、彼が『ミスタ・KY』と呼ばれる所以なのである。


何なんだ。
何なんだあのド最悪男。
父以上に最悪な男がこの世にいるとは思っていなかった。
本当に、アリスと一緒にいると堪忍袋がいくつあっても足りない。
自分はこんなに気が短い人間ではないのだ。
良い子の天使ちゃんなのだし、皆そう言う。
アリスだけだ。

「……何が、『Her Majesty』だ」

吐き捨てるような言葉遣いだって、普段なら絶対にしない──まぁ、ライアン相手には別だが。

「女王様だの何だの言うなら、大人しくぼくの言うこと聞いてればいいんだ」

馬鹿男! ともう一度毒づく。
ずんずん早足で歩いているカノンだが、家までの道のりは結構ある。
また、学校から家までは大通りを越えて行く。
平日とはいえ、夕方にもなれば人通りは多くなる。
そんな中を、彼は人ごみをすり抜けるようにして歩いていた。

「──おう、ちび天使じゃねぇか」

気配には敏感なカノンが、肩を叩かれるまで気づかなかったその人を振り返る。
菫の瞳が大きく瞠られた。
口を開こうとしたとき、携帯が鳴る。
一瞬躊躇して、「出な」と言われたので頷いて通話ボタンを押した。

「……なに」
『今どこにいる』
「どこだっていいでしょ」
『どこだ』
「……別に答える必要なくない?」
『カノン』

どうして自分が責められなければならないのか、と憤慨したカノンは、目の前に佇む長身を見上げて、ふんっ、と鼻を鳴らした。

「ミズーリ通りのカフェの前。ちょー背が高くてちょー美形の男の人に声掛けられて、お茶してこうかな、とか思ってるところ」
『お前が? 冗談だろ』
「は? なに? ぼくじゃ声掛けられないとか言いたいわけ?」
『違うよ。お前がシェラさん待たせて寄り道するわけないだろう、って言ってるんだよ』
「……」

その分かったような口の利き方にも、カチン、ときたカノンである。

『ミズーリ通りだな。今から』
「声掛けられたのは本当だよ!」
『あぁ、分かった、分かった』
「──むかつく!!」

完璧に信じていない口調に、カノンはずいっ、と携帯を目の前の男に向かって差し出した。

『おい、カノン?』
「──あー、まぁ。そういうわけだから」
『……誰だ』

突然電話から聞こえてきた低い声に、キニアンは声の調子を落とした。

「あー、何だ。銀色の天使ちゃんを誘惑しようとしている、悪いおじさん、ってところか?」

面白がるような口調に、キニアンは携帯を握り締めた。
カノンはふふふ、と笑って電話を代わった。

「どう? 分かったでしょう? ぼくだって声くらい」
『──動くなよ』
「……」
『いいか。そこから、一歩も動くな』
「……」

聞いたこともない低い声でそれだけ告げると、キニアンは一方的に電話を切った。
呆然とした表情になったカノンに、頭上高くから声が掛けられる。

「ははぁ。今のが月天使が言ってたお前の彼氏か?」
「……さっきまでは」
「さっき? 何だ、別れたのか? それで電話で口論?」

お前らしくないな、と笑う長身美形の男の前で、カノンは俯いて唇を噛んだ。

「──カノン?」
「……怒ってた」
「あ? あぁ……でも、ありゃ怒ってた、っていうか」
「……ぼく、フラれるんだ」
「は?」
「何で……? 何で怒るの? 怒ってたの、ぼくの方なのに……」

菫の瞳にぷっくりと涙が浮かび、男は慌てて周囲を見渡した。
まずい、これは非常にまずい。
ただでさえ自分たちの容姿は目立つというのに、いたいけな高校生──しかも男子──を泣かせている中年男──実年齢ではなく外見の話だ──とあっては、警察に通報されるに決まっている。

「あー、カノン。頼む。頼むから、とりあえず泣くのだけは勘弁してくれ」

情けなくも手を合わせる美貌の男に、カノンはこっくりと頷くとごしごし目許を擦った。
白い肌が赤くなってしまっている。
ふわふわとした銀色の頭をポンポン叩いてやると、男は嘆息して呟いた。

「……まったく、よく似た親子だぜ」
「……なに?」
「何でもねぇよ、ちび天使」

がしがし頭を撫でられ、カノンは唇を尖らせた。

「……ぼく、天使なんかじゃない」
「あ?」
「天使じゃない……皆そう言うのに、あいつだけ言わない!」
「あいつって、さっきの彼氏か?」
「……あいつだけだ。ぼくのこと、女王様だの何だの……そんな我が儘なんて言ってないのに」

むすっ、と膨れっ面になっているカノンに、男は忍び笑いを漏らした。
ギロッ、と菫の瞳に睨まれ、『降参』とばかりに諸手を上げた。

「いいんじゃねぇの、『女王様』で? 俺の女房なんて、見てみろよ」

あれこそホンモノの女王だぜ、と嘆くふりをする男。
こんな言い方をしているが、この男が妻のことを深く愛しているのはカノンも知っている。

「お前なんて、まだ可愛いもんだ」

精悍でありながら、女ならば誰でもが見惚れるに違いない笑みに、カノンも微笑を返した。

「どうする? 本当にカフェにでも入って待ってるか?」
「ケリー、この後用事は?」
「何も。うちの女王様とは別行動でね。ちょっとした暇潰しさ」
「あ、じゃあ今夜久しぶりにうちに来たら? シェラ喜ぶよ」
「あぁ、それもいいな。月天使の料理は絶品だ」
「うん。ぼくもそうおも──」

久々に会った知り合いとの会話を楽しんでいたカノンだが、唐突に肩を引き寄せられて心臓を跳ねさせた。
何だ?! と思っている耳に、

「──俺の連れに何か?」

という、低い声が届いた。
見上げると、そこには息を切らし、額に汗した少年の姿。
その表情は険しく、自分よりいくらか背の高い男を睨みつけている。
睨まれた方は面白そうな顔をして少年を頭のてっぺんから爪先まで見つめ、「いくつだ?」と訊ねた。

「百九十……それとも、年齢の話ですか?」

何だかどこかで聞いたことがあるような答えに、ケリーはますます面白がるような顔つきになった。

「ちび天使。お前面食いだなぁ」
「……た、たまたまだよ!」

えい、えい、と肩を抱くキニアンを引き剥がそうとするが、痛いくらいに力を込められていてびくともしない。
もちろん、抜け出そうと思えばいくらでも手はあるのだが、『俺の連れ』という言葉が耳に残っていて上手く力が入らない。

「で。こいつに、何か用ですか」

自分より背の高い男というものにあまり出会うことのないキニアンだったので驚いてはいたが、それでもまだ目の前の男にきつい視線を向けている。

「あぁ、知った顔が道歩いてたから、声掛けてみた」
「知った顔?」
「あぁ。そいつの両親とは、昔からのちょっとした知り合いでね。そいつと妹のおしめまで替えてやった仲だ」

キニアンは思わず目を瞠ってカノンを見下ろした。
ふわふわの銀髪に渋面を彩らせているカノンは、ふいっ、とそっぽを向いている。

「……カノン」
「ぼく、悪くない」
「あのなぁ……」
「嘘吐いてない。ちょー背が高くて、ちょー美形の男の人に、声掛けられた。知り合いだとは言ってない」
「……」

思い切り深くため息を吐くと、キニアンはケリーに頭を下げた。

「……知らないこととはいえ、すみませんでした」
「いいって。俺も、ちび天使の芝居に付き合ったわけだし」

もう一度ぺこり、と頭を下げると、キニアンはカノンに訊ねた。

「何であんなこと言い出したんだ」
「別に、ぼくが誰に声掛けられて、誰とお茶しようが、キニアンには関係なくない?」

っていうか離してよ、と長身をぐいっと押し返す──と思ったら、逆に腕を引かれた。

「──……お前さ、もっと自覚持てよ」

腕を引かれ、胸を合わせるような格好で頭に手を添えられて上向かせられる。
バスケットボールも片手で持てる大きな力強い手が、後頭部から耳に掛けて押さえている。
至近距離に、きつめだが端正な容貌が飛び込んできた。

「ちょ、ちか」
「お前がか弱い天使にしか見えない男は山ほどいるんだ」
「……」
「それから、何だその呼び方」
「え?」
「何で呼び方まで変えるんだ」
「……」

とりあえず解放され、しかし額をピン、と弾かれたカノンは、そこを押さえながら身長差ゆえに必然的に上目遣いになって呟いた。

「……アリス」
「何だよ」
「……絶対そっちで呼ぶなって言ったくせに」
「お前、俺の言うことなんか一度も聞いたことないだろうが。それに、今更『キニアン』なんて呼ばれてもしっくり来ないんだよ」

機嫌が悪いのか、と思えるほどの仏頂面を晒している少年だが、彼はもともと表情の変化が少ないだけで、どうやらもう怒ってはいないようだ。
ほっとしたカノンは、その『ほっ』としてしまった自分に腹が立った。
自分は怒っていたのだ。
なのにどうして、このやたら背が高くて威圧的な雰囲気の少年の機嫌が直ったくらいでほっとしなければならないのか。
おかしいじゃないか。

「──あー、青少年たち?」

横から掛けられた声に、高校生ふたりは同時に顔をそちらに向けた。
実年齢は還暦を迎えたはずだというのにまだ四十代にしか見えない、『ウラシマ効果』抜群の美丈夫は、困ったように頭を掻いた。

「仲直り出来たところ悪いんだが、一般人を自認する俺としては非常に人目が気になるところなんだが?」

言われて周囲に目を遣れば、道往く人がちらちらがっつりこちらを見ている。

「……」
「……」

カノンとキニアンは顔を見合わせ、同時にちいさく吹き出した。

「ケリー、うち寄ってくでしょう?」
「おう」
「ジャスミンも呼んだらいいのに」
「あー。女房は生憎デートなんでね」

肩をすくめるケリーにきょとんとした顔になったカノンは、ははぁ、と心得たような笑みを浮かべた。

「ジンジャーが来てるんだ?」
「いい歳なんだから大人しくしろよ、って言ってるんだがな」
「それ、ケリーとジャスミンにしか言えないよ」

笑いあうふたりに、ちょっと取り残された感のあるキニアン。
気づいたカノンは、キニアンにも誘いをかけた。
しかし、少年は少し躊躇った後に首を振ったのである。

「……部活抜けてきたから、先輩たちに報告を」

まさか、『カノンのご機嫌取りをして来ないとスタメン外すと言われた』とは言えない。
男として言えない。

「そっか……」
「また明日な」

少し残念そうな顔をするカノンに、キニアンは口許に笑みを浮かべて銀髪を撫でた。

「うん」

こっくりと頷いたカノンに、「じゃあな」とキニアンは手を振った。
カノンも手を振り返そうとして、「あ」と声を上げた。
眉を上げるキニアンの頬に素早くキスをすると、

「……ごめんね?」

と上目遣いで小首を傾げたのである。
呆然としているキニアンに向かって機嫌良さそうに手を振った銀髪の天使は、長身の男とともに雑踏に姿を消した。
ひとり残されたキニアンは、思わず、といった感じで口許を押さえた。

「──……っ、不意打ち……」

大きな手で半ば隠された彼の顔が赤く染まっていたことは、夕暮れに紛れて誰にも分からなかったのである。




END.

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