普段、スクリーンや画面を通してしか見ることの出来ない遠い世界の人と、同じ空間で同じ時間を共有する──まさに、夢のような時間を過ごすことが出来るのがライヴの醍醐味だ。
シェラは、友人に連れられてアイドルのライヴ会場へとやって来ていた。
コンサートはもちろん、スポーツや格闘技なども行われる会場で、国内有数のアリーナ会場だ。
シェラ自身はファンでも何でもないし、なぜ男の自分が男性アイドルのライヴに参加しなくてはならないのか。
ライヴに出演するアイドルを知らないわけではないけれど、興味があるわけでもない。
なぜか開場の三時間以上前に会場へと向かうという友人に驚いたが、会場に着いてみて余計驚いた。
人、人、人。
その言葉に尽きる。
聞くところによると、一万人以上を動員するライヴのようだ。
物品販売の列など、優に数百メートルは連なっている。
真夏だというのに、皆興奮した面持ちで列に並んでいる。
超人気アイドルのライヴだからもっと殺伐としているのかと思ったが、意外と行儀の良い客層のようだ。
十代、二十代の女性が多いが、三十代、四十代、逆に小学生の子どもまでいる。
もちろん、女性だけでなく男性の姿も数多く見られる。
炎天下、建物の影に隠れているとはいえ三十分以上長蛇の列に並び、ようやく商品が目に入るようになった。
友人が端から──しかもそれぞれ複数個──グッズを購入しているのを見て、自分も何か買わなければいけないような気がしてきてしまった。
そこで購入したのは、ライヴでも使用するというケミカルライトとハンドタオルだった。
ライトは分かるが、どこでタオルを使うのだろう。
まぁ、タオルであればライヴが終わっても使うことが出来る。
無駄にはならないからいいだろう、と自分を納得させて購入を決めた。
何せ、迷っている暇はないのだ。
後ろはつかえているし、さして選んでいる様子もなく端から商品を大人買いする周囲の人々のおかげで、妙な焦りが生まれる。
ようやく精算して列を抜け出すと、シェラはほっと息を吐いた。
チケット代に関しては「あげる」と言われたのだが、そうもいかないのでちゃんと払った。
この金額に見合うだけの時間を過ごせればいいのだが……。
──そんな考えは、ライヴが始まったと思ったら瞬時に塗り替えられた。
もちろん生のバックバンドのメンバーは、あとから知ったことだが国内トップレヴェルの演奏者たちだった。
何より、『アイドル』と呼ぶには突出した歌唱力と、圧倒的な表現力──『彼』は、数少ない本物の『アーティスト』だった。
その美貌と美声がとかく強調されがちだが、それは『彼』の魅力のごく一部でしかないのだと痛感させられる。
シェラの友人は『彼』がデビューした頃からのファンで、当然ファンクラブにも入っている。
彼女が手に入れたアリーナ最前列のチケットは、ファンからすればいくら払ってでも手に入れたいものだ。
それまで、たかがアイドルのコンサートチケットが闇で数万から数十万で取引されることが信じられなかったシェラだったが、今ならば少しだけ、その気持ちが分かる。
「まさか、シェラがこんなにハマるなんて思わなかった!」
そう言って嬉しそうに山盛りのCDの入った袋を手渡してきたシャーミアンに、シェラは思わず眉を下げた。
「……ハマったってほどじゃあ」
「かっこ良かったでしょう──ヴァンツァー!」
ヴァンツァー、それが、話題のアーティストの名前だった。
芸名なのか、本名なのか、First nameだけを公開している青年は、事務所の公式発表によれば現在二十三歳。
大学生であるシェラたちとはほぼ同年代だ。
「……まぁ、かっこ良かったけど……」
「んもぅ、そんな気のないフリしちゃって! 貸してあげないわよ?!」
「──ぅえっ?!」
声を裏返したシェラに、シャーミアンはにやり、と笑った。
「ほ~ら、認めなさい」
「……………………──好き、です」
「きゃあ~!!」
シェラ、という名前だが、彼はれっきとした男だ。
しかし、その外見は並みの女などメではないほど清楚で可憐だ。
長い銀髪と菫色の瞳、色白の肌と華奢な身体は、まるで天使か精緻なビスクドールのよう。
そんなシェラに「好き」だと言われたら、普通の女の子は今のシャーミアンと同じような反応をするだろう。
だが、シャーミアンが歓声を上げたのは、もちろんシェラが自分の好きなアーティストを「好き」だと言ったからだ。
「シェラも『Family』に入っちゃいなさいよ」
『Family』とはヴァンツァーのファン──特に、ファンクラブ会員たちの呼称である。
ライヴ会場全体が一体となったステージは、確かにひとつの家族のようだった。
「……別に、そこまでするほどじゃないけど──あ、でもこれは貸して」
CDの入った袋を、取り上げられないように抱きしめるシェラ。
シャーミアンは、ぷっ、と吹き出した。
「それ終わったら、今度はライヴのDVD貸すわ」
シャーミアンの言葉にシェラは表面上は興味なさそうに頷いただけだったが、その紫水晶のような瞳はきらきらと輝いていた。
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