ドアを開けたまま立ち尽くしているシェラを不思議そうに見つめた青年は、「あ、そうか」と勝手に納得して被っていた帽子を脱いだ。

「こんばんは」

もう一度、ペコリ、とお辞儀をする。
顔を上げると同時に髪をかき上げ、眼鏡でカジュアルダウンされた美貌が闇夜に浮かぶ。
女性はおろか、ときに男性をも魅了してしまう笑みがそこにあった。
午後九時を回ろうかというのに、なんて眩しい笑顔だ。
今まで仕事だったのではないのだろうか?
仕事をしていたのなら、もっと疲れた顔をしているものではないだろうか?
それとも、もう、笑顔が癖になっているのだろうか?

「えっと……?」

固まったまま動かないシェラに青年が戸惑っていると、下の方で「なー」という声がした。

「──あ、こら、しーって言っただろう?」

長身美貌の青年が、慌ててケージを抱え込んでいる姿がおかしい。
そこでようやく、我に返ることが出来た。

「……いやいや、抱えても鳴き声聞こえちゃいますよ」
「あ、でも、何もしないよりマシかなって」
「……」

本気でそう思っているらしい青年に、『天然っているんだなぁ』としみじみ思って頷いてしまった。

「とりあえず、中へどうぞ?」
「いえ、そんな」
「見つかるとマズいでしょう?」
「……じゃあ」

お言葉に甘えて、と青年は玄関の中に入った。
その場で話すつもりだったのだが、シェラはすでにキッチンへ続く扉に手をかけてこちらを向いている。
中まで入って来い、ということらしい、と気づいた青年は、「お邪魔します」と呟いて部屋に入った。
もう一度お湯を沸かし、青年の分の珈琲を淹れてリビングへと運ぶ。
ひとりと一匹(ケージ入り)に席を勧める──とはいえ、ラグの上だったが。
テレビを消して、シェラは話を切り出した。

「どうかされました?」
「あ、すみません。ご迷惑かなって思ったんですけど」
「そんなことは全然まったくこれっぽっちもありませんから気にしないで下さい」
「そうですか? あ、でもこれ……」

テーブルの上のノートパソコンと書籍、メモやペンを見れば、何かしていたのだろうことは分かる。

「──あぁ、ごめんなさい。片付けてなくて」
「いえ、こちらが突然お邪魔してしまったので」
「レポートなんですよ。昨日までゼミの合宿に行っていたので」
「──合宿?」
「えぇ。たまにあるんです。泊りがけで地方に行って、今回は発掘体験でした」
「泊りがけで、発掘……」

シェラの言葉をただただ繰り返している青年に、シェラは「たいしたことはしていないんですけど」と前置きして自分で採掘した琥珀を見せた。

「琥珀が結構採れたんです」
「──これ、自分で?」
「はい。こっちの大きいのはもらいものですけど、あとは全部自分で。十個くらい採れたので、少し友達に分けてきました」
「へぇ……触ってもいいですか?」
「あ、はい。どうぞ」

磨いた琥珀をひとつ渡してやると、興味深そうにしげしげと眺め、照明に透かしたりしている。

「何か、少しあったかいです、これ」
「あぁ、琥珀ってそうなんですよ。もともとが樹脂なので、他の宝石みたいに冷たくないんです」
「へぇ」

藍色の瞳が子どもみたいにきらきらしていて、シェラはちいさく笑った。

「良かったら、それ、差し上げます」
「──え? でも」
「いいんです。たくさん採れたので」

ほら、と原石と磨いたものとを手のひらに乗せて青年に見せた。

「癒し効果もあるので、忙しい人にはいいかも知れないですね」
「……ありがとうございます」

ぺこり、と頭を下げる青年に、首を振る。

「──で、今日は?」
「あ、えっと、ビアンカが」
「今日はベランダじゃないですね」
「はい、ケージの中です」
「出してあげなくていいんですか?」
「いいんですか?」
「もちろん。窮屈で可哀想」

苦笑するシェラに、青年はちいさく笑みを浮かべてケージを開けた。
待ってましたー! とばかりに飛び出したお姫様は、音速でシェラの膝に飛び乗った。

「あー、はいはい。そんなに喉鳴らしちゃって、可愛いなぁ、もぅ」

相好を崩して仔猫を撫でているシェラに、青年は満面の笑みを浮かべた。

「──あなたに会いたくて」
「あぁ、そうですか私に…………………………………………はい?」

猫パンチを繰り出してくるビアンカに応戦していたシェラは、思わず青年を二度見した。
鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているシェラに不思議そうな顔を返した青年は、次の瞬間はっとして手を振った。

「ち、ちがっ……そうじゃなくて、ビアンカがっ」
「はぁ……」
「ビアンカが、あなたに会いたがって……だからっ、その……いや、ほら、うち隣なんですけど、ここの玄関の前通ったら鳴き出して、静かにしろって言っても全然ダメで……たぶん、ここ何日かスタッフばかりが傍にいたから気が休まらなかったんだと思うんですけど……だから、ちょっと声でも聞けば鳴き止むかなって思って……だから、その、変な意味はなくて……」

身振りを交えながら言葉を選ぶようにして喋る青年に、シェラは「ぷっ」と吹き出した。

「そんなに必死にならなくても」
「え……」
「ちょっとびっくりしましたけど……大丈夫ですよ、分かってますから」
「……」

くすくす笑ったシェラは、仔猫を目線の高さに抱き上げた。

「そっかー。お前、私に会いたかったのか~」

──ぅなぁー

甘えるような声で鳴く仔猫に、シェラは『ちゅっ』とキスをしてやった。

「可愛いなぁ。人間だったら口説いてるぞ」

今度は肩に宛がって背中を撫でてやる。
ゴロゴログルグル喉を鳴らして眼を閉じている。
全身弛緩し切った状態でおとなしく抱かれている猫に、何とも言えない愛しさが込み上げてくる。
そういえば、実家の猫たちはどうしているだろうか。
大学受験の年に生まれたチビも、もうだいぶ大きくなったことだろう。
デブ助はもっとおデブになったかも知れない。
新年は実家で過ごそうかと思っているから、久々に猫軍団と戯れて来ようか。
そんなことを思いながら仔猫のあたたかさを享受していたら、じ、っとこちらを見ている青年に気づいて首を傾げた。

「えっと……ヴァン、ツァー?」
「──ぁ、はい」
「ビアンカ、返しましょうか?」
「は?」
「あれ? 違うんですか? 何かじっとビアンカ見てるから、私ばっかり抱っこしちゃってて不機嫌なのかな、って……」
「は?! い、いえ、全然そんなことないです」

慌てた様子でぶんぶん首を振るのが何だかおかしくて、シェラはくすくす笑った。

「たしか、二十三歳ですよね?」
「はい、そうですけど……?」
「敬語、使わなくていいですよ。私の方が年下ですから」
「あぁ……これ、癖みたいなもので。え、と……じゃあ、シェラ、も……普通に話して」

困ったように笑う青年に、シェラは「分かった」と頷いた。
ようやく、紅茶に手を伸ばす。
だいぶぬるくなっていたが、メープルの香りが鼻腔をくすぐる。

「何かすごいなぁ。画面の中の遠い人が、こんなに近くにいる」
「遠い……かな」
「遠いですよ。テレビとかステージでは、あんなにきらきらしてかっこ良いいのに」
「……」
「──あ。違います、違います! 今だってかっこいいけど! 今は何て言うか、その、意外と普通っていうか」

青年の表情が一気に暗くなったことに気づいたシェラは、「ほ、褒めてるんですよ?!」と言ってやった。

「何か、年上とは思えない可愛さがあるというか」
「……」

余計に翳る表情に、どうしたものか、どうすればいいのか、と慌ててしまう。

「あー……えっと、何て言うんだろう……芸能人って、もっとずっと遠くて、私たちとは住む世界が違って、綺麗な服着て美味しいもの食べて、苦手なことなんてひとつもなくて……そんな風に思ってたから」

えっと、えっと、としどろもどろになりながら、シェラは誤魔化すように笑った。

「えっと……うん……なんか、もっと好きになりました」
「──え?」

藍色の瞳を真ん丸にする青年に、シェラは直後はっとして手を振った。

「ち、ちがっ……その、も、もともとファンだったけど、もっと親近感湧いたって意味で!」
「ファン……? 俺の?」
「……へ?」
「シェラ、俺のファンだったの?」
「……あぁ、はい……? まぁ、申し訳ないですけど、まだファンクラブには入ってませんが……」

それがどうしたのだろうか、と首を傾げる。
そうか、と呟く青年の表情があまり明るくない気がして、シェラは眉を寄せた。

「……やっぱり、女の子のファンの方が嬉しいですよね」
「え? いや、全然そんなこと……すごく、嬉しい」

にっこりと微笑む青年に、シェラは何だか釈然としないものを感じた。
とても綺麗に笑っているのに、全然嬉しそうでも、楽しそうでもない。
本心も混ざっている気はするので作り笑いとは呼べないだろうが、それでもいつもの笑顔ではないことは分かった。
会話が途切れ、沈黙がふたりの間に横たわる。
時計の音だけが室内に響いて、何か会話を、と思っても、ふたりとも何も口に出来なかった。

──んなー?

語尾を上げるように鳴き、ちょいちょい、とシェラの手を叩くビアンカ。
『どうしたの?』と言っているようなお姫様に、シェラは「何でもないよ」と呟いて頭を撫でてやった。

「──……帰ります」

唐突に立ち上がった青年を見上げ、シェラは菫色の目を丸くした。

「あ……私、何か」

気に障るようなことでも、と言おうとしたシェラの先手を打って、青年は首を振った。

「遅くに突然訪ねて来てすみません。ビアンカも満足したみたいだから、今日はこれで」
「あ、はい……」
「琥珀、ありがとう。……大事にします」
「いえ、そんな……たいしたものじゃないから」

ぎこちない会話をし、ヴァンツァーはビアンカを抱き上げた。
おとなしく主人の腕に抱かれている猫は、シェラの方を見て「なー」と鳴いた。

「またおいで」

額を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を細める。

「勉強……邪魔してすみませんでした」
「ううん。楽しかったけど、……ほんのちょっとだけ嫌なこともあった合宿だったから、ビアンカに癒された」
「──嫌なこと?」

僅かに眉を寄せる青年に、シェラは「何でもない」と笑った。

「また、ビアンカ連れてきて下さい。あったかいもの触ると、ほっとするから」
「……うん」

見送られてシェラの家を出ると、間近に迫った冬の空気に身をすくめた。
自宅に帰り、電気もつけずリビングに荷物とビアンカのケージを投げ出す。
腕の中の仔猫が心配そうな声で鳴いていて、ヴァンツァーは口元を歪めた。

「……ファン、なんだって」

──なー?

「……だから、俺なんかと話したり、手料理ごちそうしてくれたりしたのかな」

ささやくような声でほとんど独り言のように話しかけてくる主人を、金色の瞳がじっと見つめている。
そんな仔猫に『ちゅっ』とキスをした。

──んなー?

首を傾げる猫を床に下ろしてやり、ヴァンツァーはずるずると座り込んだ。
頭を抱え、ため息を零す。

「──……何やってんだ、俺……」


『師走』とはよく言ったもので、十二月に入るとあっという間に年末が迫る。
気が早いこの国の住民たちはひと月も前からクリスマスに向けてイルミネーションで街を飾り、玩具売り場を強化し、華やかで煌びやかな世界を作っていく。
宗教などあってないような国で、もっとも大きなお祭りのひとつだ。

「じゃあ、残念ながら、女三人のクリスマスパーティーは決行ね」
「……だから、三人っておかしいでしょ」
「フリーのイイ男って、転がってないのよねぇ」
「ね~」

はぁぁぁ、と深いため息を吐く女性ふたりに、シェラの突っ込みは軽くスルーされた。

「シェラ。──イヴは飲むわよ」
「シャンパンとワイン持っていくから、食べ物はよろしく」
「もちろんケーキもね!」
「ローストチキンとかあると興奮する~」
「あ~ん、あんまり我が儘言っちゃダメよぅ」
「そうよね~。いくらシェラでも、鳥丸ごと一羽ってのは、大変よねぇ~」

じ~っとこちらを見つめてくる二対の瞳に、シェラは苦笑を返した。

「……チキンもブッシュドノエルも用意するよ。シーザーサラダとオニオングラタンスープもね。あとは魚介のピラフでどうかな?」
「「あ~ん、完璧~~~~~!! だからシェラ好き~~~~~~!!!!」」

両側から頬にキスをしてくる女性たちに、シェラは「はいはい」と返した。
突き刺さるような周囲の男どもの視線になど気づくはずもない鈍感っぷりは健在で、こうして冬休み前最後の昼休みは終わりを告げた。
その後二コマある講義は帰りに買って帰る食材とパーティー用のデコレーションの構想でほとんど頭の中に残っていなかったが、おそらく周囲の人間も大差ないだろう。
講義が終わり、とりあえず持って帰れるだけの食材とデコレーションを両手に抱えて自宅に帰る。

──と、何やら挙動不審な人影が。

「……どうかしました?」

声をかけると、ビクッ、と肩を揺らして振り返る青年。
襟元にファーのついたダウンジャケットに、ブラックデニム、帽子と眼鏡は標準装備だ。

「あ、シェラ」

声だけはあの甘く痺れるような低音で、約ひと月ぶりに耳にする生の声に聴き惚れそうになる。
ほんの少し気まずい雰囲気のまま帰してしまった気がするから、次に顔を合わせたらどういう対応をしようかと思っていたのだけれど。
でも、ヴァンツァーが困ったような顔をしていたから、とりあえず自分のことは後回しだ。

「何かありました?」
「ビアンカが……」
「ビアンカ?」
「ベランダ越しにお邪魔してて……」
「──あぁ、ちょっと待って下さいね。今開けますから」

両手に荷物を抱えて鞄をゴソゴソやり始めた隣人に、「持ちます」と声をかける。

「ありがとう」

にっこりと微笑むシェラに首を振り、荷物を受け取ってびっくりした。

──……細いのに、こんな重いものを軽々と……。

トレーニングを積んでいるから、ヴァンツァーにとってはさして苦労する重さでもなかったが、華奢な学生が持つにはちょっと大変だろう、と思う。
女の子のような顔をしていても、やはり男なんだな、と感じる瞬間だ。
フェイクファームートンのコートを着ている後ろ姿は、どうしても女の子のように見えてしまうのだけれど。

「はい、どうぞ~」
「お邪魔します」
「荷物」
「あぁ、俺運びます」
「そう? ありがとう」

キッチンへ荷物を降ろすと、先にベランダへと向かったシェラを追う。

「は~い。寒かったね~」

──なー、なー

木枯らし吹きすさぶ中網戸をカリカリ引っ掻いていた猫を抱き上げ、すぐさま窓を閉める。

「いつもは、シェラがいないときはすぐ帰って来るんだけど……」

おいで、と手を伸ばしても、拾った当初からしたらだいぶ大きくなったお姫様はシェラにしがみついてにゃーにゃー鳴いている。
いつものツン、と澄ましたのとは違う黒猫の態度に、シェラは目を丸くした。
このお姫様は、なんだかんだ言ってご主人が大好きなのだから。

「あれれ、どうしたの?」
「……ペットホテルが、嫌なんだと思う」
「ペットホテル?」
「これから海外で……連れて行けないから」
「──海外?」
「十日間、写真集の撮影に」
「へぇ。脱ぐんですか?」
「──は?」
「あれ? 写真集って、そういうのじゃないの?」
「……」

グラビアアイドルではあるまいし、と目を瞬かせている青年に、シェラは「冗談ですよ」と笑った。

「そっかー。ご主人様がいないんじゃ、寂しいもんなー」

──んなー、んなー

同意するように鳴いている猫に、シェラは「よし」と提案をした。

「お前、うちにお泊りするか?」
「──え?」
「迷惑でなければ、ビアンカ預かりましょうか」
「迷惑だなんて……でも、それじゃ悪い……」
「だって、ものすごい嫌がってるし」

珍しく爪を出してしがみついてくる猫を、宥めるように撫でてやる。

「……でも」
「時間は?」
「はい?」
「急がないの?」
「あぁ……もうすぐマネージャーが迎えに」
「じゃあ、やっぱり預かりますよ。この様子じゃ、ケージに入ってくれないだろうし」
「……入れようとしたら逃げられました」
「でしょう?」

くすくすと笑って、シェラはビアンカの喉を撫でた。
グルグル~、と気持ち良さそうにしている黒猫に、自然と笑みが浮かぶ。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「はい。美人な女の子の訪問は、大歓迎ですよ」

ね~、と猫と額を合わせるシェラから目を逸らすように視線を落とし、ケージと肩に掛けていた鞄を下ろす。

「この中に、缶詰とか入っているので。あと、こっちのは携帯用のトイレ」
「はーい」
「何か必要なものがあったら、これで買って」

財布から紙幣を出す青年に、シェラは目を丸くした。

「いいですよ」
「そういうわけにもいかないから」
「ん~……じゃあ、帰ってきたときに、事後清算で」
「でも」
「いいから。早く行かないとでしょう?」
「うん……」

まだ何か言いたい様子のヴァンツァーだったが、携帯から『ゴッドファーザー』が流れてきて慌てて出る。

「はい……はい、今行きます」

魂まで抜けていくようなため息を零し、シェラに目を向ける。

「……迎え、来たみたいだ」
「うん。行ってらっしゃい」

玄関まで猫を抱いて見送りに行ったシェラは、ビアンカに話しかけた。

「明日は、一緒にお誕生日だね~」
「──え?」

出て行きかけていた足を止め、振り返った藍色の瞳が丸くなる。

「ひとり寂しい誕生日になるかと思ったけど、お前がいるなら寂しくないね」

──なー

「……シェラ、たん」
「クリスマスは美人なお姉さんたちも来るし、賑やかだね~」
「……」
「ほら、ご主人様に、行ってらっしゃいだよー」

ビアンカの手を取って『ばいばーい』と振らせる。
今度はヴァンツァーに向けてにっこりと微笑むシェラ。

「行ってらっしゃい。気をつけて」
「……ありがとう」

頭を下げると、ヴァンツァーはシェラの家を出た。

「──……ナシアスのKY……」

エレベーターホールへ向かいながら、ボソッと、本人に聞かれたら命はないようなことを呟く。
一応稼ぎ頭の商品なので、命は取られないまでも、

「きみには言われたくないね。──『童帝』陛下 」

とかにっこり笑って言われるに違いない。

「……誰が『童帝』だ」

『童貞』の『帝王』という意味でナシアスがときどき使う言い回しだが、外聞が悪すぎると思う。
何と言っても、ヴァンツァーは二年連続『抱かれたい男No.1』に選ばれているのだから──まぁ、だからこその『帝王』なわけだが。
確かに、『歩く猥褻物』と評判のナシアスほど経験豊富なわけではないが、自分だってそれなりに──と考えて、ポンッ、と脳裏に浮かんできた画に思わず口許を押さえた。
頬が熱い。
十代の少年ではあるまいし、馬鹿なことを考えていると、やたら鋭いマネージャーに何を言われるか分かったものではない。

「……本当に、何考えてるんだ、俺……」

十日間で頭を冷やそう、と心に決めてエレベーターで降りる。
マンションの前に横付けされた真っ赤な外車と、その中で悠然と煙草を燻らせている美貌の男に、深く、それはそれは深く、ため息を吐いた。




NEXT

ページトップボタン