整いすぎて怖いくらいの美貌が、真っ直ぐにこちらを見つめてきて。
痛いほどに真剣な藍色の瞳が、目の奥を射抜いてくる。

「──シェラが好きです」
「え……?」
「シェラは? シェラは、俺のこと、好き?」
「……」
「……嫌い?」

一瞬前まで自信に満ちた表情をしていたというのに、不安そうな顔をするから。

「そ、そんなこと!」
「じゃあ、好き?」

にっこりと笑って首を傾げる様子に、少し躊躇ったあとシェラはちいさく頷いた。

「──嬉しい」

本当に幸せそうな顔をした美貌のアーティストは、照れて顔を上げることも出来ないシェラに、下から覗き込むようにしてキスをした。

「──きゃっ」
「キスするのは、初めて?」
「……」

こくん、と頷くシェラに、青年はやさしい笑みを浮かべた。

「大丈夫。俺が教えてあげる」
「……」
「心配しないで。やさしくするから」

薄暗い室内。
頼りない蝋燭の明かりに照らし出されるのは、否が応にも羞恥を煽る赤い寝具。
布団の上に、ごろん、とばかりに転がされる華奢な町娘。
慌てて立ち上がって抵抗しようとするのを、その着物の帯の端を引き抜き、くるくると転がすようにして剥ぎ取っていく。

「あ~れ~」

眩暈を起こして布団の上に倒れこむ町娘。

「ふふふふふ、良いではないか、良いではないか」
「あ~れ~。いけません、お代官様」
「何を言うておる。お前はもう、わしのものじゃ」
「そんな、ご無体な~」
「たっぷりと可愛がってやろう、ふはははは」
「あ~れ~」

「……あ~……れ~……」

自分の呟いた言葉にはっとして目覚める。

「あ……あれ……? え……?」

ベッドの上の覚醒しない頭は、何だかよく分からない夢のことなど綺麗さっぱり忘れ去った。
代わりに、だいぶ記憶を巻き戻して幸福の絶頂を脳内で再生し出した。
類稀な美貌と神が与えた無二の美声。
ステージに立つために生まれてきたようなアーティストは、しかし舞台を降りると驚くほど可愛らしくおとなしい青年になる。
耳にした瞬間にも好きになった声で、澄んだ瞳で、思考まで痺れさせるような笑顔で、

────シェラが好きです。

と言ってくれた。

「……ゆめ……?」

そんな、とがっくり肩を落とす。

「まぁ、そうそう上手い話なんてあるわけないか……」

はぁぁぁぁ、と魂すら抜けていくようなため息を零すと、足元で何やらモゾモゾと蠢くものがあり、「ひっ」と喉を引き攣らせた。
転げ落ちるようにしてベッドから降りると、しばらくしてモゾモゾの正体が顔を覗かせた。

「──ビアンカ?」

──なー

朝の挨拶のつもりだろうか。
お姫様は細い声でひと鳴きした。
お前、こんなところで何をしているの? とシェラが訊ねると、またもやシーツがモゾモゾと動き始めた。
ビアンカの比ではない。
何やら巨大な物体が蠢いている。
思わずファイティングポーズを取ったシェラだったが、やがて現れたものに絶句した。

「……んー。もうちょっと寝かせて……」

ぺしぺし、と頬を叩いてくるお姫様に、寝惚けた声がそう返す。
しかし、寝惚けてはいても美声は美声。
むしろ、寝起きの掠れ具合が妙に色っぽくて、勝手に頬に熱が上った。

「ぁ……ぁ、あ……」

喉がくっついたように声を出せないでいるシェラの前で布団を引っ張り上げて頭まで被ろうとした青年は、薄く目を開けると視界に入ってきた姿に思わず微笑んだ。

「……あぁ……おはよう、シェラ……」

ふんわりと、あまりにも綺麗に微笑んで名前を呼ぶから、シェラは腰が砕けて座り込んでしまった。
そんなシェラの目の前で、青年はまた健やかな寝息を立て始めたのである。
仔猫も彼の懐に潜り込んでいった。

「──なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」

けれど、寝室に響いた大音声に、青年も黒猫も、飛び起きたのである。

「……ごめんなさい。せっかくのお休みなのに」

しゅん、として項垂れているシェラの前で、青年はにこにこしながらフレンチトーストを頬張っている。
その足元では、ビアンカがササミ入りのごちそうに舌鼓を打っていた。

「平気。少し寝たから」
「……だって、二時間くらいじゃない」

ちらり、と時計を見ると正午過ぎ。
ふたりが食べているのは朝ご飯ではなく、昼ご飯だ。

「普段もそれくらいだから、別に何ともない」
「でも……」
「──じゃあ、また添い寝してくれる?」

寝起きでも標準装備の黒縁眼鏡の奥から、悪戯っぽい藍色の瞳が覗いてくる。
ポンッ、とシェラの頬が林檎色に染まった。

「な、ななな、だ、だってあれは!」

ヴァンツァーが離してくれないから!! と悲鳴のような声を上げる。
当の青年はくすくすと楽しそうに笑っている。

「……そんな可愛い顔したって、ダメなんだから」

ぶつぶつと口の中で呟くシェラ。
そうして、数時間前のことを思い出す。
玄関先で告白を受けたと思ったら、ガバッ、とヴァンツァーが抱きついてきたのだ。

──えええええっ?! 展開速っ!!

半ばパニック化した頭では何も考えることが出来ず、シェラは緊張のあまり彫像のように硬直して突っ立っていた。

こ、これはあれか? このままキスとかされちゃうアレか??
そ、それとも、それとも、このままここでアレをアレしてアレしちゃったりするわけか???
あー、ちょっと待って、それはまだ心の準備が、いや、嫌なわけじゃないんだ、嫌なんじゃなくて、やっぱりそういうものは順序というか、手順というか、順番というかそういうのがあってアレしたときにするものであって今はまだそのときじゃないというか何というかあああ、もう! 好きにして~~~~!!

「……ねむい……」
「──へ?」
「ねる……」
「え、ちょっ! だ、ダメだよ。寝るならちゃんとベッドで!」
「おや、すみぃ……」
「……」

すー、と寝息が聞こえてきて、おいおい、と思ったシェラだ。
何でこの人は立ったまま眠れるんだ。
家は隣じゃないか。

「ヴァン……────」

いや、待て。
もちろん叩き起こすことも出来るのだけれど、ほんの三歩程度の距離とはいえ、この真冬に暖房であたためられていない部屋に帰すのは忍びない。

「……………………」

頬に触れる黒髪のやわらかさと、耳をくすぐる美声を手放し難かったのも事実。

──お父さん、お母さん、お兄ちゃん、ごめんなさいっ!!

何のための謝罪だかよく分からないが、ぱちんっ、と手を合わせたシェラはほとんど屍と化した青年を寝室へと運んだのである。
細身とはいえシェラよりずっと長身で、鍛えられた身体はそれなりに重い。
一緒に倒れ込むようにしてベッドにヴァンツァーを寝かせたところまでは良かったのだが、すやすやと眠っている青年はシェラの服をしっかりと握り締めて眠っていた。

「……赤ちゃんじゃないんだから」

実は寝たフリをしていて、確信犯的なアレでこうなっちゃっているのだろうか? と考えてみたが、本人は無邪気な顔で眠っている。
また、普段の彼を見る限り、そんな腹芸が出来るとも思えない。
ふぅ、とため息を零して、いっそあどけないまでの寝顔を見つめる。

「……睫毛なが……」

鼻筋は通っていて、男にしては厚めの唇は、寒さのせいか少しかさついている。

「……『うるつやぷるん』、じゃなくなってるぞ」

きっと、それくらい忙しく、体調管理も難しいのだろう。
ちょんちょん、と指先で唇に触れると、薄っすらと瞼が開かれた。
起こしたか、と思って焦ったシェラに気づいたのか否か、ヴァンツァーは長い腕を伸ばしてシェラを懐に抱き込んだ。

「──ふぇっ?!」

真正面からきゅっと抱きしめられ、胸の辺りに頭を抱え込まれる。
あるかなしか、ほんの微かに香るだけの香水と、煙草のにおい。
ヴォーカリストなのに煙草を吸うのかな、と思い、少し心配になる。
それとも、あの美人なマネージャーだろうか。
もしかすると、この香水も彼のものかも知れない。
いい匂いだけど、ヴァンツァーにマリンノートは合わない気がするのだ。
どちらかといえばフゼア系の爽やかさの方が……そんなことを考えているシェラの頭上で、規則正しい寝息が聞こえる。

──なー

そこへビアンカもやってきて、もぞもぞと足元へ潜っていった。
間近で、それこそ唇が触れそうな距離で端麗な美貌を見つめていたシェラだったが、やがて彼の元にも眠りの精は訪れた。
そうして、目覚めたらあの状態だった、というわけだ。
起きてすぐは本当に混乱していて、思わず服を着ているかどうか確認してしまったほどだ。
幸か不幸か、きっちり服は着たままだった。

「……『好き』って……やっぱりそういうことも視野に入れてるのかなぁ……」

でもでも、いくら女の子に間違えられると言っても自分はしっかりはっきり男なわけだし、出るとこ出てないし、つくものついてるし、などとあれこれ考える。
それでも、憧れの人から『好きだ』と言われた喜びは相当なもので、ついつい頬が緩む。

「キス、か……やっぱり、『うるつやぷるん』にしといた方がいいのか、な……────」

ちょうどシャーミアンたちからスキンケアセットをもらったことだし、と思案し、卵を溶いていた手元から顔を上げると、じっとこちらを見つめてきている藍色と金色の瞳。
びくっ!! と肩を震わせたシェラだったが、どうにか卵入りのボールをひっくり返すことだけはしなかった。

「……な、なに?」
「邪魔だった?」
「そんなことない……けど」

対面式のキッチンで、カウンターに頬杖をついてこちらを見ている美青年。
正直やりづらいことこの上ないが、ビアンカと一緒になってまじまじと手元を見ている様子はどこか笑みを誘う。
いい年した成人男子だというのに、まるで少年のようだ。

「ねぇ、シェラ」
「はい?」
「『そういうことも視野に入れてる』って、『そういうこと』ってどういうこと?」
「──っ!!」

菫色の目を瞠り、真っ赤になって白皙の美貌を凝視するが、疑問でいっぱいの顔をしているだけでからかうような様子はない。

「……私、何か喋ってた?」
「うん。『うるつやぷるん』がどうとか」
「…………忘れて下さい」
「え、でも」
「今すぐ忘れて。忘れなかったらご飯抜き」

タイミング良く、『くぅ』というちいさな音が耳に届く。

「……忘れた」
「よろしい」

そうして、『忘れた』ご褒美の『朝』食後、シェラは多忙なアーティストに訊ねた。

「オフって言ってたよね? いつまで?」
「五日」
「え、明後日まで? それだけ?」
「うん。でも、丸々三日も休みって、そうそうないから」
「どこか出掛けたりするの……?」
「ううん。掃除」
「──掃除?」
「うん。普段やる暇ないから」
「……手伝おうか?」

トーストも焦がすような人が、掃除が得意なわけがない。
そりゃあ、多少『部屋に入ってみたい』という考えがないわけでもなかったが。
シェラが提案した直後、カトラリーがガチャリ、と大きな音を立てた。

「……だ、大丈夫。ひとりで出来るから」

浮かべられた笑みが引き攣っているように見えたのは気のせいだろうか。

「そう?」
「う、うん」
「じゃあ、大変そうだったら言ってね。夕飯はうちに食べに来ればいいし」
「ありがとう……でも、シェラはどこか行かないの?」
「え……──あっ!」
「なに?」
「な、何でもない」
「何か用事があるんじゃないの?」
「平気、平気」
「そう?」
「うん……」

食後にしばらくゆっくりしたあと、ヴァンツァーを見送ったシェラは大きなため息を吐いた。

──あとで連絡入れておこう……。

またもやすっかり実家に帰ることを忘れていたシェラなのであった。


「──どうかしたのか?」

電話を切ったあと、がっくりと肩を落としたことに気づかれたのだろう。
振り返り、女性にしては規格外に大柄で燃えるような赤い髪をした母に電話の内容を伝える。

「ははぁ。こりゃあ男が出来たな」

そう言ったのは、四十歳を超えてなお百九十を優に超える長身と鍛えられた細身の肉体を誇る美貌の父。

「何だ。それならうちに連れてくればいいのに」
「気に入らん男だったら門前払いにするクセにか?」
「そりゃあ、可愛い子どもの恋人だ。慎重に選ばないとな」
「たとえば?」
「わたしとの腕相撲だ」

えっへん、と大きな胸を張り、大真面目な顔でそんなことを言い出す妻に、男は大笑いした。

「あんた、そりゃあ無理ってもんだぜ!! 俺だって勝つ自信なんてないぞ」
「──よし。やるか」
「遠慮しとくよ」
「何だ、だらしないな」
「相手は俺じゃなくて、シェラの男だろう?」
「まぁ、そうだな」

両親も兄も、シェラの恋人──推定──が男だと信じて疑っていない。
というよりも、シェラ自身のことをまるっきり女の子だと思っているのだろう。

「ルーファス、──ルウ」
「なぁに?」
「休みはいつまでだ?」
「本当は明日まで」
「ふむ。わたしたちも明日までだ」

顔を見合わせると、三人は同時に口を開いた。

「「「──よし、行こう」」」


「……やっぱり、心配だなぁ」

ヴァンツァーが家に帰り、家族への連絡も済ませたシェラは紅茶片手にひと息吐いていた。
しかし、自分の家は大掃除も済んでいるし、テレビ番組も面白くない。
何より、今までずっと一緒にいた仔猫がいない静かさに落ち着かない。
本来は奔放な性格をした猫であるはずが、主人のいない寂しさからか、ずっと傍にいてくれた。
シェラ自身も、久々に独りきりでない数日を過ごすことが出来た。

「遠慮してたのは……家に入れたくないからかなぁ」

それはちょっとヘコむ。
そこまで信用されていない、ということだろうか。
でも、好きだと言ってくれたし、一緒の布団で寝た仲だし。

「そ、そりゃあキスだってまだだけど、それはっ────」

──ドンガラガッシャン!!!!
──うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!
──うにゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!

聞こえてきた大きな音と声に、すわ天変地異の前触れか?! と身構えたシェラだったが、それがどうやら隣人宅のものらしい、と気づくと心配になって家を出た。
インターフォンを鳴らすが、何の反応もない。
名前を呼ぼうとして、本名かどうかは知らないが、自分が知っているものは大声で呼んでいい名前ではないことに気づいて口を噤んだ。

「……どうしよう……何があったんだろう……」

やきもきしていると、ドアの向こうでにゃーにゃー鳴く声と、カリカリとドアを引っ掻く音が聞こえた。

「ビ──だ、大丈夫?」

黒猫のそれも呼ばない方がいいだろう、と判断したシェラは、半ば反射的にドアノブを回していた。
カチャ、とちいさな音がしてノブが回り、ドアが開く。

「あれ……開いちゃった」

何だかとても悪いことをしているような気になったシェラだったが、サスペンスなどだと家の住人が冷たくなっているのを発見して「きゃああああ!」な状況だ。

──うにゃあああ

ドアの隙間からビアンカが這い出してきて、シェラの足元に擦り寄る。
それを抱き上げ、爪を立てて服に引っ付いてくるお姫様を宥める。
やはり、何かマズいことになっているのかも知れない、と思い決意を固める。

「失礼します!」

断ってドアを開け、初めて隣人宅を目にした。
息を呑んだシェラは、わなわなと唇を震わせた。

「──なんっじゃこりゃあああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあ!!!!」

その叫びは遥か北極大陸にまで届き、永久凍土の氷壁をも瓦解させたという。

「──で? この有様は、一体何なんですか?」
「……」

リビングの真ん中で、黒縁眼鏡の青年が項垂れて正座をさせられている。
その前には腕組みして額に青筋を立てている天使のような美貌。
ビアンカはちゃっかりシェラの足元に座って、大目玉を食らっている主人の巻き添えを食わないようにしていた。
そんな黒猫の様子を恨めしげに見つめたヴァンツァーだったが、「聞いてますか?」とドスの利いた声が落ちてきて更にちいさくなった。

「あ……あの……片付け、を」
「ほぉう。お片付けですか。なるほど、なるほど。あれですか? この家は、空き巣にでも入られたんですか?」
「い、いえ……あの……」
「違う? あ、じゃあアレですね。家の中で台風が起きたんですね」
「……えっと……」
「だって、そうでもしなきゃ、こんなしっちゃかめっちゃかになりませんよねぇ?」
「……」

ひたすら恐縮するしかない青年は、ちらっ、とシェラを見上げて、消え入りそうな声で「……ごめんなさい」と呟いた。
うっかり『萌えーーーーーーーーっ!』とか叫びそうになったシェラだったが、どうにか眉をピクッとさせただけで自制すると、コホン、とひとつ咳払いをした。

「まったく。だから、手伝いましょうか、って言ったのに」
「……人に部屋触られるの苦手で」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう? これじゃあ、どこに何があるかも分からないでしょうに」
「──あ、そんなことないんです。これでも俺の中での秩序っていうのがあって──」
「──黙らっしゃい」
「……」

地獄の底から響いてくるような声に、ヴァンツァーは「ひゃっ」と首をすくめた。

「あなたの中でどんな秩序になっているかは知りませんが、この家の有様はもうカオスですよ、カオス。分かります? 混沌です。混沌の中に秩序があるのかどうかは知りませんが、洗濯物があっちこっちに散らばってたり、楽譜だのCDだのが散乱してたり、本は山積み、ゴミ箱は山、そこらじゅう埃だらけ!」
「……」
「そんなの、身体にいいわけないでしょう? ビアンカにだって悪影響です」
「……はい」
「こんな状態だから、ミルクの入ったお皿ひっくり返すんですよ」
「……ごめんなさい」

しゅん、としてしまっている超絶美形のアーティスト改め家事能力ゼロのただの美青年に、シェラはちいさくため息を零した。

「……私が片付けますから、ビアンカとうちにいて下さい」
「あ、で、でも」
「人に触られるの嫌だとか言ってる場合じゃないでしょう?」
「そうじゃなくて、それじゃ悪いし」
「いいですよ。家事は趣味みたいなものだから」
「でも……あ、じゃあ俺も」
「──却下」
「……」

みなまで言い終わる前にばっさりと切り捨てられ、ヴァンツァーはぐっ、と言葉に詰まった。

「勝手にものを捨てたりしませんから、ビアンカとうちにいて下さい」
「……はい」

説教がひと段落した青年は立ち上がってビアンカに「おいで」と手を伸ばし、ちいさな身体を抱き上げると部屋を出て行った。
誰もいないというのにきちんと「お邪魔します」と挨拶をして隣人宅のリビングへ向かうと、ソファに沈み込むようにして腰かける。
はあぁぁぁぁぁ、と魂まで抜けるようなため息を吐き、黒猫のお姫様に話しかける。

「……お手伝い、したかったのにね」

怒られちゃった、とがっくり項垂れる青年の様子など知る由もないシェラは、ひと通り部屋を眺めると「腕が鳴るぞ~」と半ば自棄になって気合を入れたのだった。




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