ラヴストーリーは突然に・・・

ソナタは可愛い。
誰の目から見ても、文句なしの美少女だ。
学校の靴箱にラヴレターやプレゼントが入っていることなど日常茶飯事だったし、時々勇気ある少年たちが告白を試みたりする。
しかし、周囲の男たちが非常に見目麗しい上に有能なため、ソナタの男を見る眼は必要以上に肥えており、同年代のお子様など眼中になかった。
かといって、恋人を欲しているわけでもないので年上に興味があるわけでもなかった。
出来たら出来た、出来なければそれでいい、というのが彼女のスタンスだ。
ひがむ同級生の女子がいないと言えば嘘になるが、それでも、ソナタは裏表がなく明るい性格なので、友達の数は多い。
また、彼女の両親の仕事がこの世代の少女たちには非常にウケが良いらしく、あれやこれや質問攻めに遭うこともあったが、自慢の両親なのでありのままを話してやっていた。
そんな彼女でも、その日は生まれて初めての経験をした。

シェラに、おやつ用の買出しを頼まれたのだが、今日はソナタひとりであった。
今までであれば双子の兄と一緒に街を歩いていたのだが、カノンは数ヶ月前に同級生の恋人──蛇足ながらソナタのクラスメイトだ。更に蛇足ながら相手はバスケ部のイケメンエースである──が出来たので、最近はひとりで街に出ることも少なくない。
オレンジ、ピンクグレープフルーツ、苺にブルーベリーを買って、帰路につこうとしたときだった。

「──それ! その骨格!!」

道往く人がことごとく振り返るような大きな声に、ソナタも思わず立ち止まった。
何だろう、と声のした方を振り返ろうとして。

「この骨、ライン、──何て理想的なんだ!!」

ぶつかりそうな距離に突如として現れた人影に、ソナタは目を真ん丸にした。

──背後に立たれた気配に気づけないなんて、あり得ない……。

警戒していたわけではないが、それでも相手が気配を殺してもいないのにこんなに近づいていることに気づけないなんて、失態もいいところだ。
呆然としているソナタの肩をがっしりと掴んだその人物は、更に興奮した口調で言った。

「──まさに神の造形! こんなに綺麗な生身の骨を見たのは久々だ!!」

顔が綺麗とか、髪が綺麗とか言われた経験なら山ほどあるソナタだったが、『骨』が綺麗だと言われたのは初めてだった。
どんな人間がそんなことを言っているのか、と思って顔を上げると──。

「──……ふわぁ、びっじーん……」

思わず感嘆のため息が零れた。
まず目が行くのは、長い睫に縁取られた透明度の高い海のような碧眼。
短めに切られたさらさらの金髪と褐色の肌は、その人を金細工の人形のように見せていた。
ソナタよりもだいぶ背が高い。
カノンよりも長身だろう。
みすぼらしいほど華奢なわけではないが、細身の身体をジーンズとジャケットに包んだ男装の麗人。

「──って、あれ?」

首を傾げたソナタは、思い切って訊いてみた。

「あの、間違ってたらごめんなさい。もしかして──男の人ですか?」
「え? あ、うん」

きょとん、とした表情のその男装の麗人のような男性は、ソナタと目を合わせると碧眼を限界まで見開いた。

「うっわぁ、きみ、美人だねぇ!!」

ソナタにとっては言われ慣れた台詞だったが、ここまでその言葉が出てくるのが遅かったのは初めてだった。
顔よりも先に骨を褒めるのは、おそらく後にも先にもこの美人さんだけだろうと思う。
妙な人だなぁ、と思う反面、ものすごく興味を惹かれるのも確かだった。
ちょっと着眼点のズレた美人な青年は、興奮に頬を紅潮させ、碧の瞳を水面のようにきらきらさせたまま早口で話す。

「おれ、ライアン。ライオネル・ハーマインっていって、美大で彫刻を専攻してるんだけど、おれのモデ──」

────ぐーーーきゅるるるるるるる…………。

自己紹介らしきものの途中で盛大に存在を主張したその音に、ソナタは美しい大学生──略して美大生──に向かってとりあえず言ってみた。

「……うち、これからおやつなんですけど、ケーキ好きですか?」

ぱああぁぁぁぁぁっ、と輝きを増した碧眼に、ソナタは毛並みの良い犬を拾った気分になって自宅へ青年を連れて帰ることを決めた。

──だって、ちいさい頃『知らない人について行っちゃいけません』とは言われたけれど、『知らない人を連れて帰って来ちゃいけません』とは言われなかったのだから。

「シェラ~。お腹空かせた人がいるよ~」

玄関が開く気配がしたと思ったら、大きな声がキッチンまで届いた。
早くおやつを用意しろという催促かな、とくすくす笑って娘を出迎えに行ったシェラは、そこに見知らぬ人物がいて目を瞠った。
それは、相手も同じ。
真ん丸になった碧眼が、次の瞬間きらきらと輝き出す。

「──何て綺麗な骨だ!!」

ずかずかと他人の家に上がり込み、ぽかん、としているシェラの肩に触れ、手を取り、頭の形や顎のラインをしげしげと眺める。
ここ最近危機管理が必要な生活から離れているとはいえ、元腕利きの行者であるはずのシェラが抵抗のかけらすら見せないというのは、驚きが大きかったこともあるが、まったく邪気というものを感じなかったことが一番の要因だった。
まるで、玩具を前にした子どものように純粋な興味しか感じない。
ソナタが背後に立たれたことに気づけなかったのも道理、この青年には、悪意や邪な感情など微塵もないのだ。
彼の心は、ただただ美しいものを目にすることが出来た喜びに溢れている。

「素晴らしい! 彼女といい、あなたといい、一日のうちにこんな綺麗な骨格に廻り逢えるなんて、おれは何てツイてるんだ!!」

おや、と思ったシェラである。

「……男性、ですか?」
「あ、はい。よく間違えられます」

苦笑する様子に、シェラも似たような表情を返した。

「私もよく間違えられます」
「え? この骨格で? そりゃあ男性にしては華奢ですけど、見れば分かるでしょうに」
「骨格だけで分かりますか?」
「もちろんですよ。おれは玄人ですからね──って、うわあああ! あなたも美人ですね! 彼女そっくりだ」
「……娘です」
「あぁ、お父さんですか」
「お母さんです──便宜上」
「……はい?」
「私が産んだ子ですから」
「……はぁ」

不思議そうな顔で首を捻っていた青年だが、またもや盛大に主張し出した腹の音に、シェラはくすくすと笑った。

「今ケーキを焼いているところなんですが、その様子だとお食事の方が良さそうですね」

男装の麗人にしか見えない美青年は、ふるふると首を振ってにっこりと微笑んだ。

「──いえ、『両方』でお願いします」

この答えに、ソナタはお腹を抱えて爆笑したのだった。


「ライアン──でいい?」
「どうぞ」
「美大生って、ご飯食べられないくらい貧乏なの?」

忌憚ない、というよりもあまりにもあけすけな物言いに、シェラは「こら」と娘を嗜めた。
そして、娘に代わって男装の麗人にしか見えない青年に向かって頭を下げた。
当のライアンは「あはは」と明るく笑っている。
金髪や褐色の肌と合わせて、本当にお日様みたいな人だなぁ、とソナタは思った。
これは女の子に非常にモテるだろうが、女どうしなのかそうでないのか、見る人が判断に苦しむだろう様子がまざまざと想像出来る。
自分とシェラが一緒にいるときがそうだ。
また、さっぱりしたタイプが好みの男の子にも好かれそうだが、その場合もまた性別の判断に苦しむところだろう。

「そこまで貧乏ではないんだけど、おれの悪い癖でね。創作を始めると、寝食を忘れてしまうんだ」
「彫刻、だっけ?」
「そう。もう、こんな綺麗な骨格に出逢えるなんて、奇跡かも知れない」
「女の人の骨格が好きなの?」
「いや。綺麗なものが好き。それにシェラさんは男性でしょう?」
「じゃあ、もっとずっと男っぽい体格の人も、綺麗な骨格なら好き?」
「うん」

さっくりと焼きあがったタルトを幸せそうに口に運ぶ青年。
こうして甘味を嬉しそうに食べているところを見ると、本当に女性に見えてしまう。

「わりと筋骨質な体型とかも好き?」
「大好き。おれ、骨と筋肉にはちょっと煩いよ」

ということは、と頭の中で考えたソナタであった。
きっと、父を前にしたらきゃーきゃー言って喜ぶに違いない。
四十を超えても、本当に顔と身体は綺麗な人なのだから。
ケリーやジャスミン辺りに引き合わせても面白そうである。

「でも、コート着てたのに、好みの骨格かどうかなんてよく分かったね」
「分かるよ。──服が透けて見えるから」
「「──へ?」」

同じ顔をした親子は、同じように目を丸くして口をぽかん、と開けた。

「あぁ、もちろん比喩だけどね。レントゲン写真みたいに、骨格だけ浮き上がって見えるっていうか……」
「すごい眼ですね」

シェラだとて人体に精通した玄人の暗殺者であった。
服の上からでも急所や関節は正確に把握することが出来る。
しかし、その能力をこの世界に生きる、特別な訓練を受けたわけでもない青年が身につけているというのだから、才能というものは存在するらしい、と思った。
しかし、褒められたというのに、美貌の青年は大袈裟なため息を吐いた。

「でも、だからこそ、すごく疲れるんです」
「どういうこと?」

ソナタがもうひと切れおかわりを要求する片手間に訊ねる。
ライアンはその秀麗な眉間に若干皺を寄せて話し始めた。

「だってさ、ひどいんだよ最近の人の骨格! 骨盤は歪んでるし、背骨は曲がってるし、O脚だったり肩の高さ違ったり頭が傾いてたりもうひどい人になると顔面の造作まで歪んできちゃうくらい骨格が曲がってるんだよ!!」

わなわな、とフォークを握る手に力が入っている。

「──骨格の歪みは性格の歪みだぁぁぁぁぁっ!!」

はぁ、はぁ、と息を荒くしている美青年に、特殊な人材なら見慣れたふたりもぽかん、としている。

「……もう、おれ、そういうの見て創作意欲ズタボロにされちゃって……試験も近いのに、何も作れなくて……でも作らなきゃって思ってでも作れなくて……」

拳を握って叫んだかと思ったら、がっくり項垂れてテーブルに『の』の字を書いている。

「……そんなときに、きみを見つけたんだ」

ちらっ、とソナタに視線を流した。
ソナタはシェラの血をしっかり受け継いで、極度の面食いである。
シェラはまだ「人間、顔じゃない」と口では言っているのだが、ソナタははっきりきっぱり「綺麗な顔好き~」と公言して憚らない。
しかも、ヴァンツァーの血もきっちり受け継いで、気に入ったものには重度の『構いたがり』を発揮する。
そんなソナタに向かって、毛並みの良い金色の大型犬が、上目遣いに餌を要求してきている。

「シェラの骨格も好きなんでしょう?」
「ひと目惚れしたんだ」
「私に?」
「きみの骨格に」
「顔は?」
「綺麗だと思うよ」
「骨とどっちが?」
「骨格が綺麗だから、顔も綺麗なんだよ」
「性格は?」
「骨格が美しい人に、性悪はいない。おれの持論」
「──お手」
「わん」

差し出した手に『ぽふっ』と両手が乗せられ、ソナタはしばらくその手をじっと見たあとでシェラに視線を移した。

「──シェラ。ソナタこの人欲しい」

ちょー面白い、と藍色の瞳をきらきら輝かせている。
『これ買って』とでも言うような口調だが、内容的には『これ飼って』が正解かも知れない。
何はともあれ、シェラは眼の中に入れても痛くない愛娘に訊いてみた。

「モデルになるの? 恋人になるの?」

ソナタは手を乗せた状態のままのライアンに訊ねた。

「モデルになるの? 恋人になるの?」

美貌の青年はにっこりと笑って答えた。

「──『両方』でお願いします」

なんと、出逢って三時間目の出来事だった。




END.

ページトップボタン