節分

今日は節分。
三歳になったファロット家の双子は、幼稚園から帰ってくるなりこう言いました。

「シェラ~! おにはそとふくはうちやったよ~!」

双子の通う幼稚園は送り迎えをしてくれるので、シェラはその間家事に没頭できます。
お迎えの時間になったので門まで迎えに来たシェラは、バスから飛び降りるようにして出てきた双子を抱きとめると、その薔薇色の頬にキスをしてやりました。

「そう。おやつ食べながら聞かせてね。ほら。その前に、先生に何て言うのかな?」

とても男性とは思えない美貌のシェラに、バスの前に立っている若い男性幼稚園教諭は真っ赤になってポケーっとしています。
初めてシェラを見るわけでもないのに、このありさまです。
この家の主人がいなくて本当に良かった。

「せんせい、さようなら!!」

元気なユニゾンで挨拶をすると、先生はシェラから双子に視線を落とし、「ソナタちゃん、カノンくん、さようなら」とお辞儀をしました。

「ご苦労様です」

にっこりとシェラに微笑みかけられ、余計に慌てふためいた先生は、挨拶もそこそこにバスに乗り込みました。
すぐに発車したバスを背に、親子三人は仲良く手を繋いで歩いて母屋まで向かいます。
もちろんシェラが真ん中です。
大人の足でも十分ほどかかる道のりですが、足腰を鍛えるためには必要な運動です。
ソナタもカノンも、これが当たり前と思っているので何も言いません。
むしろお散歩をしているように気分が良いのです。
これでシェラの次に大好きなパパがいれば最高なのですが、パパは毎日お仕事が忙しいので仕方ありません。
それでも、割と子煩悩なパパは定時で仕事をやめてきてくれるので、シェラはとても嬉しく思っています。

「で? 何をやったんだっけ?」

双子と一緒に手を洗ってうがいをし、ダイニングでおやつを食べながらシェラは訊きました。

「おにはそとふくはうち!」

シェラお手製のアップルパイを口いっぱいに頬張っていたソナタは、オレンジジュースで流し込み、口の中のものがなくなってから言いました。

「あぁ、今日は節分だね」
「シェラ、どうして、おにはそとふくはうち、っていうの?」

カノンが可愛らしく首を傾げます。

「あれ? 先生は教えてくれなかったの?」
「おうちのなかにいるわるいおにをだして、しあわせのふくのかみさまをまねきいれるんだって」
「うん。ちゃんと合ってるよ? 意味が分からなかったのかな?」

ふるふると首を振るカノン。

「だって、さむいのにかわいそう」
「え?」
「おにさんも、いっしょにおうちにいれてあげちゃだめなの?」

大きな菫の瞳をうるうるさせて見上げてくる長男の思いやり溢れる言葉に、シェラはいたく感動しました。
そして、カノンの頭を撫でると、双子に提案しました。

「うちは今年から『福は内、鬼も内』にしよう!」
「おにさんはこわくないの?」

ソナタが心配そうな顔で見上げてきます。

「大丈夫! 怖い鬼だったら、私とパパが退治するからね! でも、鬼さんとも仲良くできるといいね」

にっこり笑ってあげると、双子は安心したように頬を緩めて大きく頷きました。

──あああ、うちの子たちは何て可愛いんだ!! 本物の天使だ!!

シェラ母さん、結構本気で親馬鹿です。
しかし、双子が非常に愛らしいことも確かですので、仕方ありません。
そんなこんなで、夕方。
ヴァンツァーは昼間のいきさつを聞き、ひとつ頷きました。
その膝の上では、双子が炒った大豆の入った升を持って今か今かと待っています。

「別にいいんじゃないか? 地方によっては『鬼は内』というところもあるようだし」
「そうなのか?」

シェラはちょっとびっくりして目を丸くします。
ヴァンツァーは性格と反比例して、顔はもちろん、頭も非常に良いのです。
たくさん勉強していたので、いろいろなことを知っています。

「あぁ。鬼を祭っている地方や、名前に鬼がつく家ではそうしていると何かで読んだな」
「パパすっご~い!」
「すっご~い!」

目をきらきらさせている双子に微笑みかけると、ヴァンツァーはこどもたちを膝から降ろし、豆まきを始めよう、と言いました。

「は~い!!」

ぴったり重なった声で返事をすると、双子はちいさな手で豆をひと掴みし、「ふくは~うち!」と言って投げました。
次はもちろん「おにも~うち!」です。

「うちにはパパとシェラがいるからだいじょうぶね!」
「こわいおにさんやっつけてくれるんだもんね!」

きゃっきゃとはしゃいでいる双子は、升の中の豆をすべて撒いてしまいそうです。

「あ! 全部投げちゃだめだよ!」

気付いたシェラが慌てて双子を止めます。

「どうして~?」

ソナタが首を傾げました。

「幼稚園でしなかった? 豆を年の数だけ食べるんだ」
「ソナタみっつ!」
「カノンも」

言うなり豆を升から取り出し、ぱくっと口に入れました。
香ばしくて、とても美味しい炒り大豆です。

「シェラたちのぶんある?」

カノンが心配そうに升を差し出してきます。
ソナタはヴァンツァーに向けて。

「大丈夫だよ。ありがとう」

シェラが笑ってくれたので、双子は安心して顔を見合わせ、微笑みました。

「さて、次は恵方巻だ」
「えほ?」
「まき?」
「その年の縁起の良い方向に向かって、太巻きを食べるんだ」

シェラはキッチンへ行って太巻きを四本を持ってきました。
双子のはちいさめです。

「これ、そのままたべるの?」

ちいさいとはいえ、一本丸ごと渡されたのは初めてですから、双子は目を丸くしました。

「そう。食べ終わるまで喋っちゃいけないんだ」

ヴァンツァーが床に膝をついて説明してやると、双子は顔を見合わせました。

「しゃべっちゃだめなんだって」
「しーっ、だね」

コソコソと話し、口の前に指を持っていく姿も可愛くて仕方がない様子の両親の目じりは下がりっぱなしです。

「じゃあ食べるよ。今年の恵方は南南東だからあっちだよ。食べ終わるまで、しーっ、ね」

もう口をきいてはいけないと思っている双子は、こっくりと頷きぱくっと巻き寿司にかぶりつきました。

「おい──」

シェラの作るものは何でもおいしいので、いつものように「おいしい」と言いそうになったカノンの口が、ソナタの手で塞がれます。
ソナタは口の前に指を立て、大きな藍色の瞳で「めっ!」と訴えています。
そうだった、と頷いたカノンは、黙々と太巻きを食べることに専念しだしました。
それを見ていたシェラは、あまりの可愛さに「可愛い~!」と頭で思ったら、なんと口にしていました。
その瞬間、双子が勢い良く振り返ります。
その瞳はシェラを責めるようで、いたたまれなくなったシェラはヴァンツァーに視線を移しました。
クスクスと笑っているヴァンツァーが太巻きをぱくついているのを見て、シェラは吹き出しそうになりました。

──何て似合わないんだ!!

「おい……」

シェラの言いたいことが分かったヴァンツァーが呟くと、またもやクルッと双子が振り返ります。

「……」

反射的に押し黙ったヴァンツァーの肩が、大笑いしているシェラによってバンバン叩かれます。

「……」

そんなシェラの様子を、眉を跳ね上げて見ていたヴァンツァーですが、軽く息を吐くと再び太巻きに取り掛かりました。
似合わないと思われようが、シェラの作った料理を残す気はありません。
黙々と食べていた双子がほぼ同時に食べ終わり、次にヴァンツァーが完食しました。
おなかを抱えて笑っているシェラだけが、まったく進んでいません。

「シェラ~! はやくたべないとだよ!!」
「おしゃべりしちゃだめなんだよ~」

口々に言ってくる姿がまた可愛くて、怒っているような双子の頭を撫でてやり、

「うちのちいさな鬼たちは、何て可愛いんだ! 太巻きの代わりに食べちゃいたい!!」

と同じようなことを何度も考えながら、目じりに涙を溜めたシェラは太巻きにかじりつくのでした──。  




END.

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