──ほろ酔い気分のシェラを『落とす』のは、実に容易い。
眠くなると自分から擦り寄ってくるシェラだ。
気が大きくなるのか、常よりヴァンツァーのすることにも寛大である。
よくよく考えれば子どもができたときだって酔った勢いだったのが何とも情けないが、とにかく、酒が入っているとシェラは甘え癖が出る。
これをレティシア辺りに話して聞かせると、「酒飲ませねぇとオンナひとり落とせねぇのかよ」と呆れられて腹が立つので、己の精神衛生のために黙っているヴァンツァーだ。
──顔に似合わず、なかなか可愛い男なのである。
今もうとうととしてヴァンツァーの肩口に頬を擦り寄せているシェラ。
ヴァンツァーはその耳元に口を寄せた。
「──ベッドへ行くか?」
含ませられるものはすべて含ませた台詞だが、そんなものに気付かない今のシェラはこくりと頷いた。
善は急げ、とばかりにヴァンツァーはシェラを抱き上げた。
リビングのテーブルはそのままだ。
片付けている間に、きっとシェラは寝てしまう。
すでに寝息を立て始めているのだから。
さっさと寝室へ運び、ベッドに寝かせると、隣に滑り込む。
「シェラ」
呼んで唇を啄ばめば、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。
目の前にある秀麗な美貌を認識できているかは別として、シェラはうっとりと微笑んだ。
そうして、ヴァンツァーの首に腕を回したのである。
これが了承の合図なのか、ただ眠りに就きたくて無意識に人の体温を求めたのかは、はっきり言ってヴァンツァーにとってはどうでも良かった。
普段『馬鹿』だの『誑し』だの『節操なし』だのといった、およそ褒め言葉とは思えない『愛情表現』を受けているヴァンツァーにとって、無防備に微笑むシェラというのは酔ったときくらいしかお目にかかれないのだから。
いっそ感動しかけて呆けそうになったが、そこは『専門家』の意地があるのか、ヴァンツァーはシェラの耳や首筋に唇を落としながら器用に服を寛げていった。
──と、そのとき。
「「シェラ~~~~~!!」」
重なったふたつの声が、寝室の扉を勢いよく開けて入ってきた。
その瞬間、ぱっちりと覚醒するシェラ。
「ソナタ? カノン?!」
『母』の鑑と言おうか、酩酊状態にあったことなど微塵も感じさせない機敏な身のこなしで、ベッドに飛び乗ってきた双子を受け止める。
「どうした?」
ぽろぽろと涙を流している双子をあやしながら、涙の理由を問う。
「おばけのゆめみた~!」
ソナタがしっかりとシェラの服にしがみつくと、カノンも同様に抱きつく。
すっかりシェラを取られたヴァンツァーは、三歳児にやつあたりするわけにもいかず、ベッドから降りて扉へ向かった。
「ヴァンツァー?」
「片付け」
それだけ言って、寝室を後にした。
嘆息するシェラ。
これは、子どもたちと同じくらい、宥めるのが大変そうである。
「……シェラ、パパは?」
カノンが涙を拭いながら問い掛ける。
どうやら怖い夢を見たのはソナタだけで、カノンはソナタが泣いたことに便乗したらしい。
「パパは、リビングのお片づけしてくるって」
苦笑を禁じえないシェラである。
「パパは、いっしょにねんねしないの?」
「どうかな? 訊いてきてごらん」
ソナタはすでにシェラの腕の中で眠りかけている。
カノンはひとりでリビングへと向かった。
「パパ?」
とてとてとやってきた息子を、ソファに腰掛けて迎えたヴァンツァー。
どうやら彼はこのままここで寝てしまおうと思ったらしい。
本当に可愛い男である。
「パパ、おふとんでねんねしないの?」
「……」
澄んだ紫の瞳が見上げてくる。
まだ少し赤いが、子ども特有の青みがかった白目部分と合わせて、嫌でも純粋さを見せつけられる。
「……シェラと三人で寝ておいで」
「カノンね、パパもいっしょがいいの」
「……」
ソファによじ登ろうとするカノンを抱き上げるヴァンツァー。
「ソナタがおばけこわいんだって。だからね、シェラとパパとカノンでまもってあげるの」
「……」
まだ黙っている父に、カノンは「う~んと」、と首を傾げてからこう言った。
「シェラがね、こまったときとか、こわいときはパパがたすけてくれるよって」
「──シェラが?」
「うん。パパはね、つよいんだって」
泣いて赤くなった頬をにっこりと笑ませるカノン。
思わず、といった感じで苦笑するヴァンツァー。
──こんな子どもに慰められてどうする。
カノンを抱いたまま立ち上がる。
「今日は四人で寝ようか」
「うん!」
そうして寝室へ戻ると、ソナタを寝かしつけたシェラがにやりと笑って待っていた。
眉を上げるヴァンツァー。
ソナタとカノンを自分たちの間に挟む形でベッドに入る。
この人数で寝ても、キングサイズのベッドはまだ余裕がある。
「お帰り、末っ子」
「……せめて長男にしてくれないか?」
「うちにはできのいい長男が、もういるんだが?」
「──じゃあ、できの悪い末っ子は、甘やかして育ててくれよ……」
子どもたちの頭上でキスをすると、「カノンもする~!」という大きな声でソナタも目覚めた。
ファロット一家の一日はもう少し、続くようだった──。
END.