「この前の授業参観、びっくりしちゃった!」
「あ~、あたしも!!」
「ソナタちゃんたちのママって、すっごい美人よね!!」
昼休み、カノンはソナタの教室へとやってきて一緒に昼食を摂るために妹の隣の席を空けてもらった。
いくらもしないうちに、わらわらと同級生たちに囲まれるのは、彼らの昼食時の常だった。
天使の美貌を持ちながら誰とでも気さくに話す双子は、高校に入った今や大変な人気者だった。
小学校、中学校の頃は大人びた態度と雰囲気に、話し掛けたくても話し掛けられない同級生たちがいたり、多少意地の悪いことをされたりもしたが、基本的に人気は高かった。
それが高校生になると、アイドル並みの騒がれようなのだ。
「うん。シェラは美人だし可愛いしお料理も上手だし苺いっぱいのケーキ焼いてくれるしお裁縫も得意だし運動神経抜群だし可愛いし可愛いし……ん~と、とにかく、可愛いの!」
とびっきりの笑みを浮かべるソナタの顔はその『可愛い』シェラとそっくり同じなのだが、彼女は自分の容姿が可愛いことは自覚しつつ、でもシェラの方がもっと可愛いと思っているのだ。
双子の兄はそんな妹を微笑ましく思いつつ、シェラが作ってくれたお弁当に舌鼓を打っている。
「いいなぁ。お弁当も、いつ見ても美味しそうだもんね」
「うん、美味しいよ」
あっさりと肯定するが、決して「食べる?」とは訊かないカノンだ。
シェラのお弁当を前に頷かずにいられるわけもなく、そうなってしまったら自分の食べる分が減ってしまうではないか。
ソナタにあげるのならばともかく、シェラの作った料理は誰にも譲る気はないのである。
また、華奢ではないにしろほっそりとした長身のカノンは、見た目とは裏腹にかなり食欲が旺盛だ。
もちろん育ち盛りなのでシェラもその辺りは考慮したメニューにしているが、重箱ちょっと手前のお弁当を毎日こしらえているのである。
今日も美味しかったよ、と言って空っぽの弁当箱を渡したときのシェラの嬉しそうな顔といったら、もうそれだけでご飯三杯は軽くいける。
「美人で何でもできるママかぁ……理想よねぇ」
ほぅ、とため息を吐くクラスメイトに、双子はこくこくと頷いた。
否定する要素は何もない。
本当に、ふたりといない素晴らしい産みの親だと思う。
シェラの子として生まれてきたことを、何よりも嬉しく、また誇りに思っている。
誰も信じてくれないので言わないが、別にシェラが男性であることを話しても構わないと思っていたし、シェラも止めていない。
ただ、『母』だと思わせておいた方が、たまの授業参観に可愛らしいワンピース姿で来てもらうことができて目に楽しい──蛇足ながら、シェラは今年四十路を迎える。
「羨ましいなぁ。うちのお母さんなんて、お料理全然ダメなんだもん。いつもお惣菜ばっかり!」
「うちも。外食ばっかりするからカロリー高いし、不経済だよ、って言ってるのにさぁ」
「カノン君たちは、外食とかする?」
「うん。みんな大好きだよ」
「そうなの?」
意外、と顔に書いている友人たちに、カノンはにっこりと笑った。
「外食すると、シェラが瞳をきらきらさせてシェフにレシピをねだるんだ。で、家に帰ったら早速再現して見せてくれるんだよ」
「もぅ、何を食べても美味しいの!! おねだりする可愛いシェラは見られるし、美味しいご飯は食べられるし、みんな外食大好きよ」
きょとんとした顔になるクラスメイトたち。
『それって外食好き』って言うの? と書いてあることは双子にも分かっていたが、そんなことはどうでもいい。
シェラが満足することが、何より重要なのだから。
「──っていうかさ、お前たちの父さんもかっこいいよな」
「え~、あたし知らない!」
「え?! 知らないの?!」
「やっばい美形だよ」
「っていうか、カノン君と同じ顔!!」
「で、もっと色気があるの!!」
「背高いよなぁ。百九十くらいあるのか?」
「え? あー……うーん、たぶん……弱、とか?」
答えるカノン。
これがシェラであれば身長、体重はおろか、胸囲、胴囲、腰囲に靴、すべての指の指輪のサイズまで完璧に諳んじることができるのだが、いかに彼が父に関心を持っていないかが知れる。
それでも彼は経営者としての父のことは非常に尊敬しているのである。
「……顔も綺麗だけど、身体のバランスもいいよな~」
運動部の少年が羨ましそうに呟く。
むしろぽーっとしている女の子の反応に近い。
カノンとソナタは、あの美貌に女性だけでなく時々男性も参ってしまうことをよく知っていた。
シェラに対する秋波ならば徹底的に蹴散らすが、正直父はどーでもよろしい。
むしろ、浮気するくらいの気概を見せてもらいたいものである。
『生活力』という意味では甲斐性十分なヴァンツァーだったが、なぜか『頼りになる』という言葉が似合わない。
もちろん、経済力的にも戦闘能力的にも文句のつけようのない父ではあるが、何とはなし、双子は頼みごとをするとき、ついシェラにお願いしてしまうのだ──もちろん、家庭内の一番の実力者だと知っての行動でもあるのだが。
子どもの言動で、家の中の力関係って知れるよなぁ、としみじみ思う双子をよそに、クラスメイトたちの白熱した会話は続いていく。
「え~、あたしも見たい~~~~!」
「もう、とにかく、ちょっと冷たい感じのすっごい美形」
「あ、でもわたし、笑ってるの見たことあるけど、気絶するかと思ったわ!」
「え?! うっそ、いつ?! いつ、いつなのよ!!」
「いいなぁ~」
「超二枚目だもんね。銀幕スターなんてメじゃないわよ!!」
「おれもああいう父さん欲しかったなぁ」
「兄さんでもいい」
「あ、それ分かる~!」
「私もあんなお兄ちゃんなら自慢しまくるのになぁ……」
「俺、美人な姉さん欲しい」
「むしろファロット家の人間になりたい」
「あはは、分かる分かる~~~」
「いいなぁ、ソナタちゃんたち。あんな綺麗なパパとママで」
美男美女かぁ~、と口々に騒ぐ同級生たちに周囲を取り囲まれた双子は顔を見合わせた。
彼らは余程、こう言ってやりたかったに違いない。
──シェラはともかく、父はすっごいヘタレた、ただの美形なんですけど……。
と。
これに関しても、言っても誰も信じてくれないであろうから胸の内に留めておく。
あんな末っ子体質で年上にからかわれて弄られまくっている美形なんてそうそういないから、見ていて実に楽しいことは楽しいのだが。
未来ある少年少女の夢をぶち壊すほど、双子は鬼ではなかった。
実際、あの父は黙って座っていれば、たとえ『ただの美形』であろうとも十分すぎるほどの眼福を与えてくれるのだ。
いっそ喋らなければいいのに、と思っている双子だった。
シェラにもいつも言われている。
──『動くな!』
──『無駄に触るな!』
──『余計なことを喋るな!!』
と。
ほとんどちいさな子どもに対する態度である。
昔はほんの僅か反省したような素振りを見せておいて三歩歩いたら忘れてまた怒られていた父だが、最近はふてぶてしくも聞く耳を持たなくなってきた。
そうして、「人の話を聞け!」と怒鳴られるのである。
「……パパって、お馬鹿なんじゃないかしら……」
クラスメイトには聞こえないようにソナタが呟けば、
「仕方ないよ。シェラが傍にいて、頭が舞い上がっちゃってるんだから」
しれっとカノンが返す。
「──そっか。そうよね」
「そうだよ。いくらプライツィヒ校史上最大の秀才とか言われてたって、眩暈起こすような量の単位取ってたって、法学・経済学・経営学の博士号を院に行かずに取得してたって……」
『所詮はお母さん離れできない坊やだもの』とはさすがに口に出すことが躊躇われた。
子どもは親の背中を見て育つと言うが、なるほど、自分の大人びた性格は父に似たのではなく、アレを見て育ったがために身についた知恵だったのか、と思ってしまう。
昔の話を聞くとまるで最高の狩猟能力を誇るシェパードのようだが、現在見る影もない。
──駄犬だ。
いや、むしろ彼は『限りなく犬に近い猫』なのかも知れない。
かなり飼い主に忠実に見えて、実は結構奔放だったりするのだから──つまり、いい歳して我が儘なのだ。
顔を見合わせた双子は、年齢に似合わぬ重苦しいため息を吐いた。
「「──何よりショックなのは、シェラが文句言いつつも傍にいるってことだよねぇ……」」
双子は、父のことも大好きなのだ──念のため。
「ねぇ、やっぱりお誕生日のときとか、ごちそうなの?」
「お弁当でもこれだけ美味しそうなんだもん。絶対テーブルに並びきらないごちそうだよ~」
「いいなぁ~」
「お呼ばれしたいね」
「うん!」
「ねぇ、ねぇ」
と、続いていた同級生たちからの言葉だったが、最初に掛けられた声に双子は同時に「「あ」」と呟いたまま固まっていた。
本日三月十八日。
もう少しすれば春休みだ。
そうして、三月が終われば四月がやってくるのは当然のことで……。
「「────四月一日誕生日なの、忘れてた……」」
双子は、父のことも、ちゃんと大好きなのである────念を押して。
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