公認会計士はもちろん、司法書士だろうと行政書士だろうと、目に付く資格は端から取っていったヴァンツァーだから、基本的に業務上必要な書類は自分で作成する。
それでも、年度末の決算では会計士を数名雇う。
ただでさえ多忙な時期にヴァンツァーの手はそれほど空かず、端末を操作するだけとはいえそれを確認する人間の眼はやはり必要なのだ。
しかし、人を雇ってすら、この時期のヴァンツァーの帰宅というものは常に比べたらずっと遅い。
さすがに日付が変わる前には帰ってくるが、家族揃って夕飯を食べることはできない。
三月が終わり四月に入ったからといって目まぐるしい日々が収束するかといえばそんなことはなく、むしろそれからの時期が大変なのだった。
それでも、新しい年度が始まったその日と翌日くらいは、前年度の労をねぎらう意味でも早々に帰宅することを社員に奨励していた。
例年、四月の最初の週末には、ファロット家で宴会を開くことになっている。
シェラは腕によりをかけて料理を作り、アトリエの面々と談笑しながら少々酒も飲む。
そうして、みんなで面白がってシェラに酒を飲ませて酔い潰れさせ、ヴァンツァーに追い出される、というのが恒例行事なのだ。
そんな行事にヴァンツァーはうんざりしていたが、シェラが非常に楽しみにしている手前「今年からやらない」とは言い出せない。
──所詮、惚れた弱みだ。
その上子どもたちは全面的にシェラの味方なので、多数決でも勝てない──父親の扱いなど、大抵どの家庭でもこんなものである。
──そして、四月一日。
ヴァンツァーがこの世界に生き返ったときにルウがでっち上げた個人情報では、彼の誕生日は四月一日ということになっている。
本来の自分の生年月日も、正確な年齢も知らないヴァンツァーだから、どんな設定でも構いはしない。
自分は、与えられた役柄をこなすだけだ、と思っていた。
だが、この世界に生き返ってから、誕生日のことを人に話すたびに不思議な顔をされたものだ。
理由が分からず訊ねても、
「そもそもそれが嘘なのか本当なのか分かんないよな……」
と困惑の表情を返されるのだ。
しばらくして、四月一日は『エイプリル・フール』というイヴェントの日なのだと知った。
何でも大っぴらに嘘を吐いても許される日だということだったのだが、それを知ったヴァンツァーは薄く笑ったものだ。
「なるほど。──存在そのものが虚構の俺には、ぴったりだな」
存在するはずのない場所に、存在するはずのない命があり、肉の衣を纏っている。
自分の生は、赤毛の女王の旦那である海賊王を生き返らせるために、仕立て屋が実験を行ったことによる産物だ。
それをどうこう言うつもりはないが、なかなかに皮肉が利いている。
誕生日のことでからかわれること──主にリィやレティシアを始めとする面々であり、同級生たちにはとてもではないが彼をからかうことなどできなかった──はあったが、その日帰宅したヴァンツァーはさすがに唖然とした。
エイプリル・フールには子どもたちも可愛い嘘を吐いてきた──とはいえシェラを騙すことなどできない双子だから、その矛先は必然的にヴァンツァーへと向かうわけだ。
幼い頃は「「パパきらい」」と声を揃えられてうっかりショックを受けてしまったり、その直後「「うそ、だいすきっ」」と抱きつかれてほっとしてみたり。
ある年など「「シェラだよ」」と言って差し出された真っ白い毛に菫の瞳の猫を見て、そんなわけあるか、と猫の首根っこを掴んだら、本当にルウに変身させられたシェラで、その後こっ酷く怒られたり。
怒られたままでは割りに合わないので耳と尻尾を残してもらってひと晩中可愛がってみたり。
我が子ながら頭の良いカノンとソナタは悪知恵まで働いて、最近はとんでもないことをするのだ。
どうやら、それが彼らなりの『誕生日プレゼント』らしい。
確かにサプライズだが、そういう驚きは本当に心臓に悪いのでやめて欲しかった。
「……また、今年も……」
感心したような呆れたような声音でため息を吐く。
ご丁寧にきちんとシェラの筆跡で書かれたメモ用紙をテーブルから剥がすと、ヴァンツァーは車庫へ入れたばかりのエア・カーに向かった。
「────『Dear John Letter 』、か……」
笑えない、と呟き、文面に書かれていた『実家』──まず間違いなくリィの元だ──へと車を急がせた。
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