自分がデザインした深紅のドレスに身を包んだシェラを見て、ヴァンツァーは嘆息した。

「──本当に、行くのか?」

それを聞いたシェラも嘆息を返した。

「往生際が悪いぞ。男に二言はないという格言は、お前には当てはまらないのか?」

腰に手を当て、眼前の男の美貌を軽く睨んだ。
大体シェラに言わせれば、何がそんなに嫌なのか、まったくもって理解できなかった。
仕事を休むことについては『善処』させたから、そこに問題はないハズだ。
そこになければ、どこにも問題はないではないか。

「男らしく覚悟を決めろ」

そう語るシェラに向かってまたひとつため息を吐くと、ヴァンツァーは肩をすくめて駐車場へ向かった。
仕事をどうにか片付けて、昨日やっと免許を取りに行く時間ができたのだ。
もちろん学科も実技も一発満点でクリアし、その足で警察に向かった。
『お泊り』していた愛車を迎えに行くためである。
結局ヴァンツァーのエア・カーは、おびただしいまでの改造を施してはいるが法にはふれていない、ということでお咎めなしだった。
と、いうか、警察署の誰にも、彼の車を運転することはできなかったのだ。
運転どころか、エンジンをかけることすらできなかった。
ヴァンツァーも、それが分かっていたからおとなしく引き渡したのだろうが。
とにかく、運転できないものならば、警察官にとってその車は『ポンコツ』でしかなく、留め置く理由もなかった。
被疑者と同じで、いくら『物』でも、嫌疑もないのに拘留することはできない。
所有権は所有者に帰属し、引渡しを求められれば応じないわけにはいかないのだから。
悲しいかな、お役所仕事──話がズレた。
ともかく、ふたりは家の地下にある車庫へと向かったのだ。
と、何を思ったのか、ヴァンツァーは後部座席のドアを開けてシェラを振り返った。

「ヴァンツァー?」

何をしているんだ、と視線で問う。

「どうぞ」

一言そう言うと、長身美貌の青年は胸に手を当て、恭しく頭を垂れた。
何とも優雅な仕草である。
シェラはきょとんとして車の前に立った。

「ヴァンツァー……?」

他に何も言うことができなくて、相手の名前だけを口にする。
そんなシェラに向かって、ヴァンツァーは僅かに上体を起こし実に心臓に悪い笑みを浮かべたのだ。

「たまには、ハメを外して遊ぶのもいいんじゃないか?」
「……」

先日自分が言ったのとそっくり同じことを言われ、シェラは目を瞠った。
やっと、この男の言わんとしていることが分かったのだ。

「──悪くない」

嫣然と微笑むと、頭を下げたままの男を横目に、いつもとは違う席に当然のように乗り込んだのである。

One Night Party

シェラとヴァンツァーが《パラス・アテナ》の待つ宙港に着いたのは、予定時刻の五分前だった。
ちなみにこの《パラス・アテナ》、正規の手続きを踏んでここに来ているわけではなかった──いつものことなので、誰も何も言わないが。
五万トン級の船体の前には、すでにレティシアがいた。

「お。VIPのご登場だな」

相変わらず楽しそうに笑う男は、普段は絶対に着ないような服装をしていた。
真っ白な布地に、金糸で刺繍のしてある服だ。
おとぎ話の中の貴族が着るような、と言えば分かりやすいか。
まあ、彼らにとって貴族は実際に目の前にいた存在であったのだが。
デザイン自体はシンプルだが、その色調と彼の整った顔立ちから、全体に派手な印象を与える。
実を言えば、これはヴァンツァーがデザインしたものである。
自分で調達するのが面倒だったらしい外科医は、古くからの友人に『お願い』したのである。

「仕事が増える……」

と、ヴァンツァーに睨まれたことは言うまでもない。
しかし結局引き下がったところを見ると、実はヴァンツァーという男は人が善いのかも知れない──ただ単に、「断っても無駄」と判断したにすぎないのかも知れないが。
だがせっかくのヴァンツァーの服も、かなり着崩してしまっているのではあまり意味がなかった。

「そんな着方をするなら、俺の服でなくてもいいだろうが」

呆れように言う男に、レティシアは肩をすくめた。

「何言ってんだよ。イヤガラセのつもりで、こんな堅苦しいデザインにしたクセに」

レティシアが正しい。
本来ならばその人間に一番似合う服を描くのがヴァンツァーの仕事のあり方だった。
だから、レティシアの服を彼が好んで着るような動きやすいものからもっとも縁遠いデザインにしたのはわざとである。

「それより、まあお嬢ちゃん。随分可愛くなっちまって」
「お前に言われても、全然嬉しくない」
「大体ヴァッツ。お前差別もいいとこだぜ? 何だよ、お嬢ちゃんのこの格好」
「仕方なかろう? 本人がドレスに描き直せと言うんだからな」
「はあん。それでお前はそんなぱっとしない色の格好してるのか」

そう言って嘗め回すように見たヴァンツァーの服装は、レティシアが着ているものと同じような印象の服だ。
夜会服といったところだろうか。
ただし、こちらはきっちりと着こなしている。
本当に、貴公子然とした外見である。
レティシアのものとは違い、彩度の低い灰緑色の地味な色合いだったが、彼の美貌はそんなことで損なわれたりしない。

「一番目立つのはお嬢ちゃんでいい、ってか? 泣かせるねえ」
「色や形は関係ない。俺のデザインした服を着て一番人目を引くのがこれだというだけだ」

苦笑して顎でシェラを示す。
だから嫌だったのだ。
普通にしていてもシェラの美貌と銀髪は人を魅了するのに十分すぎるくらいなのだ。
それがわざわざ目立とうとしているのだから、その効果たるや尋常ではない。

「王妃さんとあの兄さんもかなりド目立ってたけど、やっぱお嬢ちゃんの勝ちだよなあ……」

何を隠そう、リィとルウの服も、ヴァンツァーのデザインである。
こちらはレティシアの場合と違い、シェラが頼んだのだが。
戦士の服装を、と注文したはいいが、仕上がりも、試着も何も見ていない。
実に楽しみだった。

「そんなわけあるか。元々の器量が違う」

リィの力強い美貌と、ルウの一種魔的な美貌の前には、どんなに容姿を誇る人間も敵わない。
自分など、あの人たちの足元にも及ばない。
シェラはずっと昔からそう思っている。

「いや、全然違うって」

レティシアは大仰に肩をすくめた。

「普通の格好してるならあっちにも分があるんだけどよ。ヴァッツの服じゃあ、ダメだ。全っ然、ダメだ」

シェラはその台詞を鼻で笑い、横の男に目を移した。

「何をしている。手を貸せ」

傲慢に言い切ったシェラに、ヴァンツァーは笑いを噛み殺して礼を取った。

「──これは失礼を」

それだけ返すと、シェラに向かって手を差し出した。
今日は『お遊び』なのである。
ダイアナの中に入るところから、それは始めなければならない。
そういう『舞台』を作ろうとしているのだ、自分たちは。

「今日のお前の仕事は、私を美しく見せることだ。忘れるなよ」

物騒な程の満面の笑みを浮かべて、シェラはその手を取った。
そして、『舞台』の幕が上がる──。  




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