One Night Party

────ハズ、だったのだが……。

「うわあ! シェラ、すっごく綺麗!!」
「これは、また……」
「やっぱ、お前ちゃんと女っぽいよなあ」
「骨格も内臓も、男なんだがなあ」
「あら。骨格も内臓も女なのに、男よりも男っぽい奥さんを持った人の台詞とも思えないわ」

五者五様の感想を口にして、《パラス・アテナ》の内部は最後の客人を迎え入れる。
レティシアはシェラたちよりひと足先に船内に入っていた。

──ここまでは、良かったのである。

「だ、そうだが?」

シェラはそう言って自分の手を支える男の顔を覗きこんだ。
何とも楽しそうな表情である。

「地が出ているぞ」

対するヴァンツァーも、ほとんど表情を動かさないながら、雰囲気が明るく感じられる。
彼はシェラの前以外では、あまり感情や表情を表に出さないのだ。
これでも生き返った当初よりはかなりマシになったのだから、ひとえにシェラのおかげだろう。

「あら、失礼」

そうちいさく上品に笑う口許を、開いた扇で隠した。
その扇は、左肩から斜めに右腕までを覆う黒い羽根飾りと同じ原料で作ったものだ。
肌が露出する右肩には、羽根飾りを留めるように淡いオレンジの薔薇が数輪咲いている。
女性とは違い、シェラの身体に丸みはなかった。
豊かな胸はなく、細い腰の存在により、胸部と腰部の間にくびれが生まれているにすぎない。
それでも、すらりとした体型に沿うように作られた衣装は、これ以上ないくらいシェラの肌と姿の美しさを引き立てていた。
膝から下の部分を広げることで、動きやすさも追求している。
身体を覆う部分すべては深紅の天鵝絨で、実はその布地に幾分彩度の明るい同系色の絹糸で細かな刺繍がなされている。
目を凝らさなければ気付かないだろうそこにも、一切の妥協がない。
その眩暈を起こしそうな程に細かな刺繍のすべてを、人間の手が行ったのである。
深紅はシェラの肌の白さを余計に際立たせ、微塵も違和感を与えない。
素晴らしいのは、何も首から下の衣装だけではなかった。
シェラの見事な銀髪のひと房は、極細の金鎖に、極小ながら極上の宝石を散りばめた髪飾りで編まれている。
純白に近い銀髪が、肩に届くかどうか程度の長さしかないことだけが心残りである。
確認するまでもないが、どれもこれも本物だ。
最上質のものでもあった。
おそらく、今シェラが身につけているものだけで、高級住宅地に新築一戸建ての五、六件は買えるだろう。
色々な意味で、『シェラにしか着ることが許されない服』である。
──まあ、さすがにジャスミンならば買うことはできるだろうが。
しかも、二十代半ばといえば、女性ならばもっともその美しさを謳歌する時期だ。
元々肌はきめ細かでしみひとつないが、薄化粧を施した花の顔は、本当に生きているのか不思議になるほど非の打ち所がなかった。
リィが、生きているものの最高の美しさを体現しているのと、ちょうど対極にある美だ。
適度な初々しさと妖艶さを兼ね備える何とも蠱惑的な美女と化したシェラは、紫水晶もかくやという瞳で長身の男に微笑みかけた。
相手が男だと分かっていても、世の一般男性ならば飛びつきたくなるような色気だった。

「これなら、いかが?」

ヴァンツァーは諦めに似た吐息を漏らした。

「……だから、人前に出したくないと言っただろうが」

途端にシェラが呆れたように『女』の仮面を脱ぎ捨てた。
『舞台』の幕は上がっているハズなのだが……。

「言ってないぞ」
「察せ」

短く言うと、誰の目を憚ることもなく、シェラの赤い唇を啄ばんだのだ。

「──おい……」

底冷えのするような怒気を孕んだ声ですごんだが、そんなものを気にするようなヴァンツァーではない。

「今日のお前の仕事は、傾いた俺の機嫌を直すことだ。忘れるなよ」

先程シェラが口にしたのと同じ調子でそう言った。
当然の義務だ、とでも言いたいに違いない。
この男も『舞台』を意識していないのだろうか。
ファロットの中でも、最高の技量を誇るふたりなのに……。
ああ、それとも、これこそが『演技』なのだろうか。
だとしたら、実に息の合った、完璧な演技だ。

──百歩譲って、ここまでは良しとしよう。

が、そんなことより、こんなふたりのやりとりを見せられた周りの人間こそ、気の毒だった。

「──キング。だから言ったじゃない。人選が最悪に間違ってるって……」

ルウが苦笑してケリーを見つめると、

「おれも言ったぞ。食あたりを起こすって」

と、生真面目な様子でリィも続けた。
もちろんこのふたりは怪獣夫婦が好きだったので、この『船上パーティ』に参加することには大乗り気だったのだが。

「何か、あれね。ここまで来ると、からかう気も起きなくなるわね……」

ダイアナにまで言われる始末だ。

「飲む前に酔っ払いそうだな」

ケリーは喉の奥で笑ってルウの肩に腕を回している。

「いやあ、シェラは素敵な美人だな」

ただひとり、ジャスミンだけは感心したように頷いている。

「──女王。あんた、女の趣味がいいのは間違いないが、褒める程度にしておけよ」

言われたジャスミンは首を傾げた。

「どういうことだ?」

ケリーはわざとらしく肩をすくめると、妻に忠告するように言ったのだ。

「口説きに入った瞬間、殺されるぞ」

何とも無茶苦茶な言葉のような気がするのだが、一同急に黙り込み、次いで真剣に頷いたのだ。
ただ、レティシアだけが、喉の奥で笑っていた。


「おい、黒すけ」

声を掛けられ、ヴァンツァーは顔を上げた。
視線の先には、白を基調とした戦装束に着替え、豪奢な金色の頭には銀とエメラルドの宝冠を載せたリィがいた。
彼と相棒の本来の正装とは趣が違ったが、ヴァンツァーの描いたこの服も、彼に良く似合っていた。
腰には伸縮自在の、何とも便利な彼の剣。
相棒と彼にしか扱えない、特別製だ。
金色の戦士の両の瞳と額の宝冠の石は、まるで同じ色彩、力、輝きを宿している。
ヴァンツァーが知るどんな宝石も、この見事さには敵わない──緑柱石ではない、他の色ならば話は別だが。

「何だ」

彼は、どんちゃん騒ぎで煩い娯楽スペースから逃れ、防音効果抜群の部屋に来ていた。
実のところ早く帰りたいのだが、ここは宇宙空間だ。
飛び出した瞬間蒸発する。
やはり銀色が何と言おうと、宇宙船を買っておけば良かった。

「何をしているんだ? まだパーティは終わらないぞ?」

僅かに首を傾げる相手に、ヴァンツァーはほんの少し──主観だ──眉を顰めた。

「俺は玩具にされるために、ここへ来たわけではない」

初めから乗り気ではなかったのに、ここへ来るなりダンスだピアノだと注文をつけられた。
ピアノの場合はあの仕立て屋を引き込んで歌わせたから、自分のピアノなどどうでもよくなっただろうが──これも主観だ。
『舞台』の幕は、上がってすぐに引き下ろされた。
そもそもワルツを踊った時点で、自分の『仕事』は終わったハズだった。
あの銀色をもっとも美しく見せる、という注文には十分応えたのだから。
そこに立っているだけでも十分美しく見えるに決まっているのだ。
あれ以上に何を望むというのか。
ピアノだって弾く気はなかったのに、

「いいじゃないか。減るものでもない」

と銀色が後押しをするからいけないのだ。
そうでなければ弾いたりしなかった。
実に深刻な面持ちでそんなことを考えるヴァンツァーに、リィはこう言った。

「シェラは楽しそうだぞ?」

その言葉に長身美貌の青年は懐疑的な顔になる。

「……どういう関係が?」
「だって、シェラが楽しければ、お前も楽しいだろう?」

深くため息をついたヴァンツァーだった。

「何だ、それは」
「違うのか? シェラが機嫌良く笑っていれば、お前の眉間の皺が減るっていうじゃないか」
「──……誰がそんなことを……」

思わず頭を抱えたくなったが、あながち誇張でもないので否定はできない。
否定はしないが、絶対に肯定もしたくなかった。
間違って頷こうものなら、この金色の狼や仕立て屋やレティーに遊ばれることは必至だからだ。

「誰って、シェラだよ」
「…………」

だから、リィの口から思いがけない名前が出てきて、ヴァンツァーはつい瞠目してしまった。
数瞬とはいえ、思考回路も麻痺した。

「さっき言っていたぞ? お前の機嫌が悪くなったら、にこにこ笑ってキスすれば直るんだって」

ひどい頭痛がした。

「──……飲ませたな?」

意識してか否か、かなり声が低くなる。
あの銀色は、さして強くもないのによく飲む。
むろん、自分が強くないことは知っているから無茶な飲み方はしないが、知り合いの中にいればそのタガも外れるというもの。

「人聞きの悪いことを言うな。シェラが自分で飲んだんだ。しかも赤、白ワイン合わせてたった五杯だぞ?」

その程度の量、止めるわけないだろうが、と言いたいらしい。
腰に手を当てて肩眉を上げているその様は、何だか楽しそうにすら見えて余計に苛立ちが募る。

「あんたにとって喉の渇きを癒すのにすら満たない分量でも、あれには十分すぎるくらいだ」

短く、しかしそれはそれは深く吐息を漏らし、ヴァンツァーは腰を落ち着けていたソファから立ち上がった。

「何だ。やっぱりあっちに行くのか?」

そんなリィの笑いを含んだ声に、ヴァンツァーはゆったりと微笑を返した。

「──傾いた機嫌を直してもらいにな」
「……」

瞬きすらも忘れて立ち尽くすリィの横を通り過ぎ、ヴァンツァーはおそらく泥酔状態にあるだろう同居人の元へと向かった。  




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