そんなことを考えながら髪を乾かして寝室に戻ると、予想に反してシェラはしっかり起きていた。
ふんわりと重ねられた枕に背を預け、入室してくるヴァンツァーをじっと見ている。
意外そうな顔をしているヴァンツァーに、そっと右手を差し出す。
「ほら、早く来い」
「……」
藍色の瞳が瞠られた。
部屋の端に置かれた間接照明の淡い灯りでも、互いの表情は視認できる。
今のシェラは、何だか魔物のように見えた。
妖艶な、娼婦の顔。
今までに抱いたどんな女よりも、雄の血を熱くさせる雰囲気を纏っている。
薄暗い照明がそう思わせるのか、自分の願望がそうさせるのか、もしくは、本当にシェラがそんな表情を浮かべているのか。
どれかは分からなかったし、正直どれでもよかった。
抗うことなく、ヴァンツァーはその腕に身を任せた。
ベッドの端に腰を下ろし、シェラの腰を抱くようにシーツに手をつく。
細く長い指が、思うさま髪を梳き流してくる。
それを、目を閉じて享受するヴァンツァー。
「よくできました」
両手で頬を包まれ、顔を仰向かせられる。
満足げに、菫の瞳が細められている。
「それだけか?」
口端を吊り上げると、ヴァンツァーは視線を絡めたままバスローブの裾から露わになったシェラの太腿に手を這わせた。
「逸るな。──……みっともないぞ?」
後半は、ヴァンツァーの耳に吐息とともに流し込んだ。
そのまま耳朶に舌を絡め、吸い上げながら歯を立てる。
見えはしないが、藍色の瞳が眇められたことが感じ取れた。
短く、鼻が鳴らされる。
「随分と、可愛げがなくなったものだな」
「そんな時間は、もう終わったんだろう?」
耳に唇を寄せたまま笑う。
と、勢いよくシーツに押し付けられるシェラ。
ふかふかとした寝具に、スプリングの軋む音さえ吸収される。
「──……乱暴に、しないで……?」
打って変わって可愛らしく小首を傾げ、怯えた瞳でヴァンツァーを見つめる。
しかし、きっぱりと拒絶するのではなく、そこはかとない期待感をも滲ませる。
「……はいそうですか、と答える男はいないがな」
獰猛なまでの猛々しさと、毒々しいまでの妖艶さが入り混じった笑みを、藍色の瞳に浮かべて見せる。
「男の煽り方としては上々だ」
立てさせた膝に口づけを落とす。
「お前のおかげで、私もこんな小細工を使うようになってしまった」
深くため息を吐くシェラ。
「本当にな。赤くなって戸惑っていたお前を懐かしく思う」
「嫌なら、やめてもいいんだぞ?」
太腿の内側に唇を移した男の顔を上げさせる。
「──冗談だろう? 言いつけを守ったご褒美を、まだもらっていないのに」
伸び上がり、余計なことを言う口を塞ぐ。
「……お前、疲れた私を気遣うとかしないのか……?」
巧みな口づけに恍惚とした表情になりながらも、シェラはささやくように言葉を紡いだ。
ヴァンツァーは、実に心外だ、といった表情になった。
「起きたくても起きられないようにしてやろうという心遣いなんだがな」
「──可愛くないやつ」
早口にそう言うと、シェラは噛みつくようにヴァンツァーに口付けた────。
END.