World is Mine

ひとりになったはいいが、大半がカップル仕様のこのテーマパークのアトラクションにひとりで乗る気にもならず、キニアンはしばらく歩いたところで脚を止めた。
カフェにでも入るか、先輩たちから購入を強要されたお土産でも買うか、それとも。

「……部屋に戻るか」

しかし、キーはシェラかヴァンツァーが持っている。
とりあえず電話をするか、と携帯に手を伸ばしたところで、「──キニアン?」と声を掛けられた。

「……シェラさん」

何と言う偶然。
この広大なテーマパークの中で目当ての人物に会えるとは。
そうはいっても、自分たちがゴンドラへ向かうのは見ていたふたりだから、ゆっくりと追いかけてきたのかも知れないが。

「あれ、ひとり? カノンは?」
「……なんか、怒らせたみたいで」
「──また?」

目を丸くするシェラに、キニアンは「すみません」と神妙な面持ちで頭を下げた。
何だか、今はこの銀髪と菫の瞳を見るのも居たたまれない。
大きな身体を縮こまらせて俯いていると、「違う、違う」と笑われた。

「カノンを怒らせることが出来るキニアンは、すごいなぁって思って」
「え?」
「あの子、物分り良すぎて我が儘言わないから」
「……」

さすがのミスタ・KYも、まさか親に向かって「我が儘言ってるところしか見たことありません」とは言えず口を閉ざしていた。

「余程きみのこと、頼りにしているんだね」

ちょっと寂しいけど、と苦笑する美女のような美青年──外見の話だ──に、キニアンはあんぐりと口を開けた。

「……頼り? あいつが? 俺を?」

まさか、という口調に、シェラはくすくす笑った。

「我が儘ってね、自分にとってどうでもいい人か、すごく信用してる相手のどちらかにしか、言えないものだよ」

私の実感、と微笑んで隣の男を見上げる。

「それに、好きな人には『嫌われちゃったらどうしよう』って思って遠慮しちゃうんだよね。だから、だいぶ心を許してからじゃないと我が儘言うのが怖いんだ」
「……『どうでもいい人』の線が濃厚な気がするんですが……」

本気でそう言っているらしいキニアンに、シェラは大笑いした。

「きみってかなりの鈍感だね!」
「……」
「まぁ、私も人のことは言えないけど」

ぺろり、と舌を出す様子が可愛らしい。
本当に、とても四十過ぎた双子の子どもの親には見えない。

「──ちなみに」

それまで黙っていたヴァンツァーが口を挟んできた。

「俺の経験から言えば、銀髪紫瞳の男は意地っ張りだから、こちらから連絡を取らないと自然消滅するぞ」
「なっ! 誰が意地っ張りだ!」
「一般論だよ、一般論」
「嘘吐け!!」

飄々とした男に食って掛かる様子が確かに誰かさんと被って、キニアンは苦笑を浮かべた。
言いたいことも言わないのに勝手に怒られても参るが、両親にも言わない我が儘を自分だけに言うというのは、ちょっと気分がいいかも知れない。
それに、今のシェラを見ていても思うのだが、むきになって爪を立てようとする猫は、案外可愛い気がする。

「参考までに、ヴァンツァーさん」
「何だ」
「その『意地っ張り』の機嫌を直すには、やっぱり手土産とかあった方がいいんですか?」
「経験上、物よりはキスの方が効果的だな」
「……それはまだ、俺にはハードルが高いので」
「それなら、カノンには『可愛いもの』か『ピンク色』が有効だ」
「心得ました」

珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべ、キニアンはふたりに向かってお辞儀をすると小走りに走って行った。

「……何だ、経験上って」
「事実だろう?」
「あ、あれは、機嫌が直ってるんじゃなくて呆れてものも言えなくなってるんだ!」
「はいはい」
「──お前、むかつく!」
「お前の『むかつく』は、『好き』って意味だろう?」
「違う、馬鹿!」

頬を膨らませていたシェラだったが、ヴァンツァーがくすくすと愉しそうに笑っているから、怒っているのが馬鹿馬鹿しくなった。

「……お前は底意地が悪いな」
「どうして?」
「悩める青少年に、肝心なことを教えてやってないじゃないか」

あぁ、と呟いたヴァンツァーはふわり、とやわらかな笑みを浮かべた。

「でも、それは教えてもらっても、意味がないことだから」

自分で気づかないと、と言う男に、シェラも笑みを浮かべて頷いた。
そして、黒い頭につけられたネズミ耳を引っ張って、「似合ってるぞ」と言ってやったのだった。


『シー』に入ってすぐにある、西洋の街並みを模したメインの土産物売り場に脚を踏み入れたキニアンは、「さて」と軽く息を吐いた。
とりあえず御機嫌取りのための『何か』を買いに来たはいいが、何をやれば喜ぶのか皆目見当もつかない。

「……可愛いもの、ねぇ」

ぐるり、と店内を見回したキニアンは、ふと、ある一角に目を留めた。
長い脚で大股にそこまで行くと、思わず吹き出した。

「……『可愛いもの』か、『ピンク色』だったな」

完璧だ、と思い、手袋を外してそれを手に取る。
根拠なんてまったくないが、それでも、これはカノンが好きそうだ、と直感した。
悩みも、他のものを見もせずにそれを購入すると、キニアンはカノンの携帯に電話を掛けた。
無視されたらさすがにヘコんだだろうが、三コール程度で通話状態になった。

「どこにいる?」
『……あのさ。普通、その前に言うことがあるんじゃないの?』
「だから、どこにいる?」
『……『マーメイド・ラグーン』』

返ってきた言葉に、キニアンはまたもや吹き出しそうになった。
本当に、『可愛いもの』が好きらしい。

「今行く」
『いいよ、別に』
「迎えに行くから、待ってろ」
『……』
「返事」
『……分かった』

そうして、五分後に目的地へと辿り着いたキニアンは、そのただでさえ無愛想な顔を、更に顰めたのだった。
何のことはない。
遠目でも分かる銀髪の周りに、三人ほどの男たちの姿があるというだけ。
しかし、仲良く話しているというよりは、明らかにナンパの雰囲気がある。
年頃は同年代、修学旅行の類かも知れない。
まさか『夢の国』に来てまでナンパをする人種がいるとは思っていなかったが、顔だけなら極上の天使を放っておける人間はそうはいないだろう。

「──待ったか?」

懸命に何事かを話し掛けている青年たちは綺麗に無視して、キニアンはカノンに声を掛けた。
自分たちよりずっと長身で、しかも無愛想な男の出現に、青年たちは若干たじろいだ。

「……彼氏?」

問われたカノンは、じっとキニアンの顔を見た後でふいっ、と顔を逸らした。

「知らない」
「……お前なぁ」
「知らないったら知らない。ぼく、この人たちと遊ぶ!」

キニアンは、柳眉を吊り上げて立ち上がったカノンの頬を軽く叩いた。
赤くなるほどの力で殴りはしないが、訓練以外では親にも手を上げられたことのないカノンはびっくりして菫の瞳を真ん丸にした。
それは、周りにいた青年たちも同様だ。
思わず、といった感じで顔を見合わせている。

「いい加減にしろ。気に入らないことがあるならそう言えよ」
「……」
「あてつけで他の男を誘うな。傷つくのはお前なんだぞ」
「……」

唇を噛み締めて頭上から落ちてくる言葉を聞いていたカノンだったが、やがて瞳に大粒の涙を溜めて泣き出した。
ぎょっとした青年たちは、「どうする?」といった感じで顔を顔をつき合わせている。
キニアンはカノンの肩を引き寄せると、「そういうことなんで」と告げた。
すごすごと去っていく青年たちの姿が見えなくなると、キニアンは深くため息を吐いた。

「……アリス、ぼくのことなんか好きじゃないくせに」

ぐすん、と鼻を啜って、カノンは目許を拭った。

「は?」
「ぼくのことなんか、どうでもいいくせに……」
「何だ、それ?」
「……みんな、ぼくのこと、……一番じゃないんだ」
「……」

妹が自分ではなくライアンを頼ったことが余程ショックだったのだろうか。
はらはらと大粒の涙を流す天使に、キニアンはとりあえず周囲にあまり人がいないことを確認して、その身体を引き寄せて背中を叩いた。
されるがままになっているカノンに、キニアンはごくごくちいさな声で呟いた。

「……好きだよ」

勢いよく上げられた顔は涙のせいで真っ赤になっていて、キニアンは大きな手でその頬を拭ってやった。

「素直じゃなくて、意地っ張りで、すぐ怒る癇癪持ちの女王様が……──好きだよ」
「……」

ぽんぽん、とふわふわの頭を叩いてやると、カノンは「ふぇぇっ」と泣き出した。
声を上げて泣くのが嫌なのか、キニアンの胸に顔を押し付けている。
しばらく背中を叩いてやっていたキニアンだったが、ようやく涙が止まったのか顔を上げたカノンに、手にしていたものを渡してやった。

「……何、これ」
「やるよ」
「……」

袋の中から取り出したものに、菫の瞳が真ん丸になる。

「──……かわいい……」

心からの言葉だと分かるそれに、キニアンはちいさく口許を笑ませた。
カノンの手には、ピンクのマカロンでネズミを形作ったキーチェーンがあった。
金色のチェーンの所々に、ネズミの耳型のアイスクリームやパール、大きなハート型のクリスタルがついている。
マカロンとアイスクリームにつけられたピンクやブルーのクリスタルストーンがきらきらと輝いていて、可愛らしさの中にも華やかさがある。

「好きだろう、こういうの?」
「うん……可愛い」

キーチェーンを手にしたままふわっと微笑む様子に、キニアンはほっとして胸を撫で下ろした。

「くれるの?」
「やるって言っただろう?」

見上げてくる瞳がきらきらと輝いていて、『可愛いもの』と『ピンク色』というアドバイスが的確だったことに「さすがだな」と思った。

「──ありがとう」

にっこりと微笑む天使に、「この顔に弱いんだよなぁ……」と内心呟いたキニアンだ。
すぐ怒る女王様だったが、幸せそうに微笑むと本当に天使のようなのだ。
カノンは「これならつけられるかな」と言うと、携帯を取り出してキーチェーンをストラップ代わりにした。

「ちょっと無理があるんじゃないか?」
「平気。ここに輪っか通しておけば、──ほら、可愛い!」

嬉しそうな顔でマカロンのネズミをじゃらじゃらさせているカノンに、キニアンは言った。

「携帯、重くならないか?」
「いいの! 携帯につけておくのが、一番よく目に入るの!」

余程気に入ったのだろう。 にこにこしながらずっとマカロンネズミを眺めている。

「やったぁ……ちょー可愛い……」

頬を染めて携帯を握り締めている様子に、キニアンは苦笑した。
きっと、どれだけ我が儘を言われても、どれだけ癇癪を起こされても、自分はこの笑顔のためなら何でもするのだろうな、ということが分かってしまったのだから。  




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