World is Mine

『マジカルランプ・シアター』から出てきたふたりは、腹を抱えて笑っていた。

「ちょーさいこー!」
「まさか客席から『あった!!』の声が上がるとは思わなかったよなぁ」
「そーそー! しかも、『嘘です! ありません!』ってお客さんが言ったら、アシームが『嘘吐かれちゃったよ……嘘吐いちゃいけないんだよ』ってブツブツ言って目の前通って行ってさ」
「すごいよなぁ。アドリブだろ、あれ」
「今日は何見ても当たりだなぁ」

ふふふ、と機嫌良さそうに笑っているカノンに目を細めたキニアン。
と、カノンが立ち止まったのでつられて脚を止めた。

「どうした?」
「あれ」
「え?」
「あれ、乗る」

カノンが指差したのは、『カルーセル』──回転木馬だ。
このテーマパークの場合、乗るものは木馬ではなく、ランプの魔人やグリフィンなどの空想の動物たちだ。

「……ダメ?」
「いいけど……」

哀しげな顔でおねだりされては、頷く以外に手はない。
かくして、キニアンは十年以上乗っていないに違いない『カルーセル』へ、女王様のお供で向かったのである。

「せっかくだから二階ね」
「はいはい」
「アリス、ジニー限定だからね」
「……何でだよ」
「何でも。ピンクのジニー限定!」
「……」

ピンクはお前の担当だろうが、と思ったキニアンだったが、反対してまた機嫌を損ねるのも嫌だったので、大人しくついていった。
ここも待ち時間なく、すんなりと乗り場まで辿り着いた。
──そこで事件は起きたのだ。

「じゃあ、行ってらっしゃい」
「──は?」
「ちゃんとピンクのジニー乗ってね。で、ここで見てるぼくに、ちょー笑顔でブンブン手を振るの」
「ちょっと待て」
「安心して。携帯で写真撮ってあげるから」
「そういう問題じゃ」
「──だってメビテレーニアン・ハーバーで愛を叫べないんでしょう?」
「……」
「『All of Me』も歌ってくれないし」
「……」
「だから、ぼく、これで我慢する。ひとりでジニーに乗って笑顔で手ぇ振ってね」

にっこり微笑んでとんでもないことを強要してくる女王様に、キニアンは真っ青な顔になった。

「……冗談だよな?」
「ぼく、嘘とか冗談嫌い」
「……お前も、乗るんだろ?」
「『カルーセル』大好き──でも今はアリスひとりで乗ってきて」
「……」

絶望的な顔のキニアンに、カノンはダメ押しのひと言を投げかけた。

「──あー、ぼくって愛されてるなぁ~」

キニアンは、とても真面目な男の子なのだ。
しかも、カノンにはほとんどひと目惚れだ。
同級生だと分かってからは、自然と目がカノンを探す毎日。
付き合いだしてからは、ファロット家へもよく遊びに行くようになった。
家族仲の良い一家の中で、愛されてすくすくと育ったことも知っている。
──だからこそ、そのカノンが「みんな、ぼくのこと一番じゃないんだ」と言っていたことが、ずっと引っかかっていた。
愛されていることは分かっている、けれど、自分を大事にしてくれる人たちには、別に『一番』大切な人がいることも知っている。
それはそれで当然なのだし、哀しむことでも文句を言うことでもない。
──けれど、寂しいのだ。
『マーメイド・ラグーン』での一件でそれだけははっきりと分かったキニアンだから、逡巡の後に頷いた。
自分が何かをすることで、カノンが作ったのではない笑みを浮かべているのならばそれでいい。
犠牲とか、妥協とか、そういうことではなく、カノンの笑顔を見たいと思うのは自分の意思だ。

「……分かったよ。その代わり、カメラは禁止」
「え~?!」
「ひとりで乗るのだって死ぬほど恥ずかしいんだぞ」
「むぅ……」

唇を尖らせた女王様だったが、最終的には「分かった」と頷いた。
よくよく考えてみれば、この女王様に妥協させるなんて俺ってスゴいんじゃないだろうか、と自分を褒めてもいいところなのだが、このときのキニアンはそれどころではなかった。
割とちいさなお子さんたちに混じって、ジニー争奪戦を始めたのであった。


「ホントに手ぇ振るとは思わなかった。──顔引き攣ってたけど」
「……振らなかったら『もう一回』とか言うに決まってるからな」
「よく知ってるね」
「……一年以上見てれば十分だよ」

ボソッと呟かれた言葉に、カノンはきょとんとして首を傾げた。

「一年? 付き合って、まだ半年だけど?」
「────……」

ゆっくりと、しかし確実に緑の瞳が大きく見開かれて行き、素直な彼の顔には『しまった』とはっきり書いてある。
もちろんそれを見逃すようなカノンではない。

「何? 何で一年?」
「……は、半年」
「一年って言った」
「だ……半年の間違い」
「アリス、嘘吐いちゃいけないんだよ、ってアシームが言ってたよ」
「……」
「ねぇ、ねぇ、何で? 何で一年? 入学した頃から、ぼくのこと見てたってこと?」

意地悪く面白がっている様子はなく、純粋な疑問がその美貌には表れていて。

「………………桜」
「へ?」
「桜の、精だと思った……」

何語を喋ってるんだ、という顔で首を傾げるカノンに、キニアンは赤くなった顔を俯かせてボソボソッと呟いた。

「……入学式の前……お前が、妹と……桜の下に……」
「──あぁ、新入生代表の挨拶の打ち合わせに行ったときかな?」
「……桜の木の下にいるお前を……桜の精だと思って……」

どんどん語尾がちいさくなっていったが、カノンはとても頭の良い子である。
ポン、と浮かんだ考えをそのまま口にした。

「ぼくのこと桜の精だと思って、ひと目惚れしちゃったわけ?」

みるみるうちに、首まで赤くなっていく純情な高校生。
どんな夢見る乙女の妄想だ、と笑われるに決まっている。
精霊なんかいるわけないだろうが、とこの天才的な頭脳を持った女王様は言うに違いないのだ。
もう、メビテレーニアン・ハーバーに沈めてくれ、と額を押さえたキニアンだったが、思いがけずぬくもりを感じて顔を上げた。
女王様が、天使の笑みを浮かべて抱きついてきている。
作り笑いではない、本物の笑顔だ。
びっくりした。
不意打ちにも程がある。
何でそんなふわふわした笑顔を浮かべているんだ。

「ふぅん、そっかぁ」
「……何だ?」
「アリス、ぼくにひと目惚れしたんだぁ」
「……」

やはりからかわれるのだろうか、と覚悟したキニアンだったが、予想に反して女王様は機嫌良く笑ったまま。
その笑顔に見惚れていたキニアンだったが、はっとして周囲を見回す。
ちらちらとではあるが、通り掛かりの人がこちらを見ている。
それはそうだろう。
いくら夢の国とはいえ、おおっぴらに抱き合う人間などそうはいない。

「ちょっ」
「へへへ。そうかぁ」
「おい、って」

辺りを気にしながらカノンを引き剥がしにかかったキニアン。
正直、こんな風に甘えられるのは悪い気はしない。
いつも我が儘放題で意地っ張りな女王様だから、何だかんだ文句を言ってからでないと、手を繋ぐこともしない。
だから、たとえばこれがホテルの部屋であれば問題ないのだが──と考えてキニアンはブンブン首を振った。

──……それはまた別の意味でヤバい……。

あらぬ妄想がお友達の高校生。
天真爛漫な女王様の一挙手一投足に翻弄されている自分が情けなくて仕方ない。

「いーこと聞いちゃった」

よし、と顔を上げて身体を離したカノンは、「次は~」とキニアンの手を取って歩き出した。

「『ストーミー・ライダー』ね?」
「……はい」


ソーセージドッグが食べたい、という女王様の命に従い、『ストーミー・ライダー』へ向かう道すがらそれを購入。
「半分ずつね」と笑みを浮かべる女王様に、間接キスが待っていてドキドキのキニアン。
『間接キス』は、『キス』とはまた違った甘酸っぱいドキドキがあるのだ。
しかし、そんな淡い想いを抱いていられたもの束の間。
「いただきま~す」とソーセージドッグを頬張ったカノンを見て、キニアンは頭を棍棒で殴られたような衝撃を受けた。

──……ヤバい……それはヤバい……他意はないと知っているけどでもヤバい……。

即座にカノンから目を逸らし、頭の中に苦手な数学の公式を思い浮かべる。
彼の端正な顔は気の毒なくらい真っ赤になっている。

「──どしたの?」
「……何でもない」
「そ?」

おいし、と笑ってまたもやソーセージドッグを頬張り出した女王様を出来るだけ視界に入れないようにして、キニアンは呟いた。

「……全部食べていいぞ」
「えぇ~? こんなおっきいの入らないよぅ……」
「──……」

ソーセージドッグを手に上目遣いに見つめてくる女王様に、キニアンは、

──わざとか?! これはわざとか?! さっきから、俺は試されているのか?!

と煩悶したものである。
そんなキニアンはよそに、何だかんだ言ってひとりで全部食べ切ったカノン。
満腹のお腹を摩って「あはは、妊婦さんみたい」と笑っている。

「ほらほら、アリスの子~」

とキニアンの手を引き、きゃっきゃと笑って自分の腹部に押し当てる。

「────……」

思わずしゃがみ込んだキニアンであった。
女王様が上機嫌なのは望むところだが、これでは自分の身体がもたない。

「どうしたの? 疲れた?」

同じようにしゃがみ込んで顔を覗き込んでくるカノンに、キニアンは内心で嘆息した。

「……『ストーミー・ライダー』だったよな」
「うん。でも、疲れてるなら休む?」
「いや、平気だ」

立ち上がったキニアンは、今は少しだけ天使の割合が多めの女王様の手を引き、次なる目的地へと先を急いだ。

──さっさと頭を冷やした方が良さそうだ……。

頭の中でストームが起こっている少年は、明後日の方向を向いて舌を出している女王様には気づかないのであった。  




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